第15話
そこからしばらくの間、助手君は自分と私の一日のスケジュールを解説し始めた……。気のせいかな? すこしずつまゆかの顔色が青ざめていった……。
「ねぇ、どうおもう、まゆかちゃん?」
「ハイ……えと、なんていうか。博士ちゃんって一日のほとんどを寝ているか、あるいは助手さんの仕事を増やしているか……いずれかなんだなぁと」
「そうなんだよ~。どーせなにかしたらぼくの仕事が増えるだけだから、ずっと寝ていればいいのにね……」やれやれと助手君はため息をつき、窓の外に咲く落葉樹に目を向けた。「あーぁ、植物は働き者だなぁ。毎日一生懸命に二酸化炭素をすって、それから人の心をおだやかにしてくれる」
「……わかったわっ! それならこのカードゲームで決めましょうっ♪」
私は懐にかくしていた対戦用のカードゲームのデッキをとりだしたっ!
「わぁ~なにこれかわいい♡」
まゆかはカードの絵柄をみて、よろこんでいる。
ウサギやカメやタヌキやら……かわいらしい動物たちがデフォルメ化されたイラストが描かれている。
「これで三人の総当たり戦をして……一番負けた人が徹夜をして、アタマオハナバタケを見張りましょうっ!」
「なるほど……おもしろそうっ」
(フフフ……まゆかが食いついてきたわね。このゲームには必勝法があるの……。私の優勝はいただきねっ)
「ジーッ……」
「ん? なにかしら、助手君?」
バッサバッサ……
助手君は、目にもとまらぬスピードで、私の白衣をバサバサと上下にふりうごかした……。
バララララ……
「……博士ちゃん、それなぁに?」
「……え、えっとこれは、その」
「まゆかちゃん、このゲームに応じる必要はないよ。博士は、こうやって、白衣にカードを忍ばせ、不正勝利しているんだっ! ぼくはもう何度もこの手法にやられているっ!」
「うげ……」(ドン引き……)
「なぜ、助手君知っているの?!」
「この前、博士の白衣を洗濯した時、びしょぬれになったカードをみて博士が泣きわめいていたじゃないですかっ! それをみてしばらく経ったあと……名探偵のぼくの頭にピーンっときたのですっ……おそらく、ぼくと勝負する時もこうしてカードを隠していたのだとッ!」
「ぐぬぬぬ……」
「さぁ……このことを警察に通報してもいいんですかっ!?」ビシッ!
(助手さん! さすがに身内のカードゲームの不正くらいで、警察はうごかないかとっ! でも、指をさすお姿がとても素敵だわっ!)キラキラ~
「うぇぇえん、だってだって、助手君にどうしても勝ちたかったんらもぉん……。
はかせ、わるくないもん……」ひっぐひっぐ……
「博士ちゃんが泣いた?!」
「うぇーん……ごめんなさーい……もうしにゃいからぁ……けいしゃつ、よばにゃいでぇぇ……」
(自業自得なのに泣いて被害者ヅラしている。こんな痛い大人にはなりたくない……)
「泣いたらなんでも許されるとおもっているんですか?! 助手さんはそんなに甘くないよっ博士ちゃん!」
「……ッ!」たじたじ……
(……ってめちゃめちゃ効いてるしーーーッ!)
「ま、まぁ……今回だけは許してあげましょう。ただし、カードゲームダメですっ」
(コイツ、ちょろいわっw)ケロリ
「えへへへへ……やったぁ♡じゃあ~じゃんけんで決めよ~♡」
「わかりましたっ! やりましょう!」「え、まゆかも?!」
「じゃんけん……――」
(クソが……なんで研究所の主である私が、こんなクソ寒い夜に一人で花の見張りしなきゃならねーンだ……タリィナな。助手の鼻にでもネギ突っ込みにいくか?)
夜。
闇のどこかでフクロウが鳴いている。
朝方のうちにアタマオハナバタケへの新薬投与は完了している。
今回の触葉薬は、前回から薬材にわずかに変化を与え……エルフが住んでいたとされる河川域の雫をすこしまぜた。……もう、なにも残っていないけれど、彼女たちの涙が周辺の空気にしみ込んでいるといわれているの。
なにか……新生児に変化があるカモメ。
携帯式の小型チェアに腰かけた私の下半身は、もふもふの毛布に覆われていた。
(ふぁ~あ、眠い。この毛布は助手君のふるさとの特産品の毛布で……とても暖かいわ。防寒に優れているのはいいけれど、眠くなるのが欠点ね)眠気を払うため、私はぎゅーっとほっぺをつねった。
アタマオハナバタケ……すごく光っているな。
闇に包まれた培養室に光の海が広がっているみたい。
そういえば、空を覆う灰の量がすくなくて、月が見えていたころはもっと光っていたわね。
今は……大気は灰に覆われて、月をかくすフィルターになっている。
光量は減ったけれど、それでもキレイ。
開けておいた天窓から夜風が入り込み、花弁がゆらゆらゆれている……。
ゆらゆらゆらゆら……
花弁の数をかぞえてみる……
すこしずつふえ、色はにじんでいき、輪郭はとけていく……
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