第14話
ぶるり……。
まだ朝は遠いようだけれど、私は寒気に目をさました。
なにやら胸騒ぎがするのだ……。
なにか、得体のしれないものが、研究所に紛れこんでいるような……。
きぃぃぃ……
不気味をすいこみ、鉛のような重みをかんじる扉をあけ、
私はカーディガンをきて、薄闇のなか、ひとりで実験室へおとずれた……。まだ、夜の気配につつまれた気だるげな森が、さらさらと木の葉を揺らし……かすかな音を鳴らしていた。
実験室にはわずかな青い月灯りが残っていた。
そして、光は「ソレ」を照らしていた。
「?!」
実験室に繕った花壇の土の上に、一匹の小型生物が倒れている。
アタマオハナバタケは、月明かりをうけて、かすかに発光をしていて、その小型生物の体の輪郭を青く彩っていた……。
破れたぬいぐるみ……遠目で得た感想はそれだった。人の両掌をひろげた程度の大きさのぬいぐるみである。けれどぬいぐるみとすこしちがう点は、その破れたすき間から、綿ではなく、青色の液体が漏れ出ていることだ……。
ともかく、私はゴム手袋を装着して、その肉塊を拾いあげた。
(小型のげっ歯類……。昔生きていた種類の者だろうか? 図鑑ではみたことのない個体だ……。皮膚の至る所が、風船が破裂するように、乱暴に、ちぎれている。この青色の液体はなんだ……? 一般的な生物であるなら、臓器や血液をそこから漏出するけれど……この生き物には、それが含まれていない?)
やがて、朝の陽ざしがおとずれる。
アタマオハナバタケが初めて哺乳類を生成した初めての朝だった。
(信じられない……本当にあの新種のキノコで生物を作り出したというのか? 今までの私たちの研究はなんだったのだ?)
部屋にもどった私は政府に報告するためのレポート作成にとりかかった。
(タイトルは……まゆかをみていたら童心に返りたくなったわね。
『てんさいハカセちゃん、おてがら! きょう、あたまおはなばたけが、いのちをつくったよ』
よし、これでいきましょう!
ロリコンの政府のオジサンたちもこのロリロリ感あふれるタイトルにはニッコリね!
でも……あれを生命と呼ぶには不完全かしら?
ナイフで切れ目をいれて内部を確認したところ、……あのネズミの仲間には、臓器がなかった。もちろん、心臓も血液もなかったわ……。皮膚と毛皮で作られた、ぬいぐるみ……そう呼ぶ方がしっくりくるわ)
「おはようございますっ博士! 今日はやけは早く活動なされてたんですね」
「助手君、アタマオハナバタケが生き物の生成に成功したわ……見た時には死んでいたけれど」
「うそっ!」ガーン
「といってもぼくはもう騙されませんよっ! ……どーせまたカメムシでも作ったんでしょう?」
「フッ……」やれやれ……
「え、ウソっ?! マジですか? まさかとはおもいますけど、まゆかちゃんが作った新種のキノコジュースに効果があったんですか……」
「そう、そのまさかよ……。あーぁ私の博士としてのプライドが音を立てて崩れ落ちちゃうなー。ショック」
(プライドって、んなもんあったんかぃ)「それで、なにができたんですか? ぼくにもみせてください!」
「ネズミの仲間よ……新種か旧来種かはわからないけれど、現存の種ではなかった。今、サンプルとして生成体は……リス型ロボットの宅配便で、生物研究科に送付してあるから、もうここにはないけど……写真なら撮ったわ♪はいっデジカメ♡」
「ん~どれどれ? あれ? これってぼくの寝顔じゃないですか? いつの間に撮ったんですか?」
「?! ……っ! バカ! それじゃないわよっ! もうちょっとあとのやつ」
(やばっ……秘蔵の写真を見られちゃったーーーーっ)ぷしゅーーーーー←恥ずかしさのあまり、博士ちゃんは蒸気機関車になっているぞっ?!
「へへへへ変なことに利用しているんじゃ、ないんだからねっ! あくまで研究のサンプルとして……」
「はぁ……そうですか。ネットに流出とかしないでくださいね」(だいじょうぶかな? 呪いの儀式のために撮影したとかなんじゃ……)
「あ、これですか……フムフム。へー、すごいじゃないですかっ! 汚らしいネズミ……ですかね、これ。ただれた紫色の傷痕があるけれど、これは吐しゃ物によって腐敗したのかな?」
「いいえ。ネズミ君の内臓はほとんど作られていなかった。胃袋も小腸も確認できなかったから、食事および消化をしたとは考えにくいわ……。そもそも、動くこともなかったのかも。
花から『無機物の皮と肉が排出された』……それだけのことなのかも。
この傷痕は、細胞の結合が未遂に終わった跡かもしれない」
(こんなにカモカモいっていると、カモメの群れがびっくりする……かもしれない)
「なるほどですねっ……! ともかくこれは世紀の大発見ですよっ! これから更に改良を重ねて、人間の生成に成功すれば……」
「ヴぇへへへへ……お金がザックザックもらえて、借金返済! 夢の優待生活を送れるかもしれないわねっ♡」
「ヴぇへへへへ……海洋卵保存研究所のイルカのきゅーたろー君にエサでもあげにいきますか?」
「夢がないわね……。私は世界中からイルカを買い取って、博士ちゃん水族館を作るわよっ♪」
「ハッハッハッ……博士小さいから、ボールにまちがわれてリフティングされちゃうんじゃないですか~?」
「いったな~コイツ~♡」
あははははっ……
あははははっ……
「あ、あの~イチャイチャしているとこ悪いんですけど」
「あ、アラ、まゆかじゃないっ! きたならきたといいなさいよっ」アセアセッ……
私はまゆかにアタマオハナバタケのことを説明した……。
「え~すごいっ♡まゆかってば天才?」
(自分で自分のこと天才っていうヤツ、ちょっとひくわ……)
「え、えーっと、まぁそうねっ! まゆかのおかげよっ! ありがとう」
「エッヘンッ!」
「それでね、これからのことだけれど、アタマオハナバタケが新生児生成をしている瞬間を確認しておきたいのよね」
「え、かんしカメラ? とかつければいいんじゃないの?」
「昔……歩くのがめんどくさくて、政府に嘆願書を出したことがあるんだけど『すこしくらいは歩いて健康的な生活を送りなさい』ということで却下になったのよ」
「そうなんだ……」
「じゃあ助手君かまゆか、お願いねっ♪」
「えー、まゆか無理だよっ! ママに怒られるもんっ」
「ぼくだって無理ですっ! だいたい、あの新種のキノコを採取しに行くの、どーせぼくですよね? その後、夜も働けと?! 労基が黙っちゃいませんよっ
だいたい博士のほうが暇でしょう?! 博士がやればいいじゃないですかっ」
「ナ……私が暇ですって?!」
「そうですともっ」
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