第13話

(博士として……いいえ人間としての尊厳を奪われ一日が経った……。まゆかはドンびいた目をしていたからもう来ないと思っていたけれど、暇なのだろうか? 今日もノコノコとやってきた……)


「で? まゆか、そのビンに入っている『禍禍しい紫色の液体』はなにかしら?」


「はいっ! 実は、昨日何者かにまゆかの作ったサンドイッチを食べられたじゃないですか?」


「そうね『何者かにまゆかの作ったサンドイッチは食べられてしまった』わ」


 昨日、お昼ご飯の時間、まゆかは助手君にお手製サンドイッチをふるまおうとしたけれど、紛失していることに気づいた。もちろん私は疑われたけど「吊るされていたから不可能」と私は吊るされながら気高く反論した。では、助手君が? しかし助手君は昨日、長時間にわたり蜂と格闘していた。こうして容疑者不在のまま……事件は迷宮入りして本日に至る。


(いったい誰が犯人なんだっ?! 許せないわっ……純粋無垢な少女の作った真心たっぷりのサンドイッチを食べるなんて)


「実はですね……昨日家に帰ってバスケットの中を確認すると……あの動くキノコさんが入っていまして……」


「ま、まさか?」


「おそらくコイツが真犯人とみて、まゆか、キノコさんをミキサーにかけてジュースにしちゃいましたっ♡」


(ジュースって色ではないわコレ。これと泥水どっちか飲めといわれれば、即答で泥水と答えるレベルでヤバい色をしているわっ)


「あ、あなたけっこう鬼畜なことするのねっ! あのキノコ君、昨日窓辺でホクホク気持ち良さそうに日なたぼっこしていたのに……こんな変わり果てた姿に」


 気のせいかな?

 液体なはずなのに、筋肉に血液が流れていくように、ピクリピクリと、かすかに波打っている……。


「えーっ♡だって~まゆかのサンドイッチ食べるなんて許せないんだもーん。それとも」


 まゆかは、ギロリと目を見開き、こわい顔で私を睨みつけた……。


「え? 博士ちゃん、キノコさん以外に犯人の心当たりがあるの? え? オイコラ」


 ブンブンブンっ!!!(必死に首をふる音)


「だよね~♪まゆかのサンドイッチ食べるやつなんて~ミキサーで粉々になってもしょーがないよねー」


「そ、そうだよね~あ、アハハ~」汗だく


「ミキサーかけている時……断末魔の悲鳴がどこからかきこえたの……。キノコさん、反省したのかな?」


「近所のおじさんがカラオケでもしてたんだろう。ところで、そのジュースは飲むのかね? 私見では……毒物の可能性がうかがえるけど」


「いちお、砂糖は入れておきましたが……さすがにまゆかも飲もうとはおもいません。助手さんもお腹を壊したことですし」


「ム、そうだね」


「あのキノコ料理は、ぼくのように『特別な訓練』※1 を受けている者でなければ即死ですよ……」※2


「そこでですねっ! このジュースをあのお花に与えてみてはいかがでしょう?」


「あのお花? アァ、アタマオハナバタケに?」


「はいっ! このキノコさんは新種の物で、まだお花さんにあげたことはないんですよね? もしかしたらユニコーンができるかもですっ!」


 やれやれ、寝言は寝ていえと一蹴したいところだ……。アタマオハナバタケの動物生成の材料となっている『触葉薬』の媒体は、政府と高等研究機関により認可された保証付きの物だぞ?(今までカメムシくらいしかできてないけど……)そんなたまたまみつけた『新種のキノコ』を媒体にした物で生成できるわけないだろ……笑える。

 といってやりたいけど、せっかくまゆかがアイデアを出してくれているから、というのは建前で、PTAからのクレームが怖いので……。


「そうね! せっかくだから投与してみましょうっ♪」


「わぁ♪博士ちゃんありがとう♡大好き」なでなで~


「ちょ、ちょっと! 私を子供扱いしないでっ! 

 コホン……でもこのままの状態では拒絶反応を起こすかもしれないから、一日預けて成分解析と調整をさせてくれる? それから培養室から被験用のサンプルの花をもってきて。ア、毒の粉に配慮して、数本だけ……そうよ、少量から試しましょう。失敗してすべての花がダメになったらおしまいなんだから」


「わかりましたっ! わ~なんだかいってること科学者って感じ♪博士ちゃんがなんだか本物の博士に見えてきましたっ♡」


「私は本物の博士よっ! 今までなんだと思っていたの?!」


 こうして私はまゆかの作ったキノコジュースを投与することになったのだが、これが人類再生の一手になると、この時はまだ思ってもなかった……。



※1 助手君は博士ちゃんの手料理を食べるという特別な訓練を受けています。

 

※2 博士ちゃんの余談→この話、助手君はいないのかな? とおもった読者もいるでしょう。これは叙述トリックの一種かもしれないが……――。コミュ障で存在感がないから、私がいないと空気といっしょね。御覧なさい? このページの助手君のセリフはここだけよ? これが空気でなくてなんというの?

 でもね……一つ言えることは「人間は空気がないと生きられない」のよ。

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