第7話

 これは……ユニコーンという絵本のなかの幻獣で……、


 金色にかがやくうつくしいつばさをもっていて……、


 ゆうがに羽ばたいて空をとぶんだって……。


 それから頭には角も生えていて……。

 この角はとっても価値がある物で、悪い漁師さんは高値で売るためにつかまえていたみたい……。

 角を分解して水にまぜて飲めば「げどく」する力があるんだって……。


 でね……パパが帝都にいるんだけど。




(帝都……!)

私は少女の滲んだ眼を直視できなかった。

(……お気の毒に。

 帝都は今この星で最も危険な場所とよんでいいわ。軍需都市であり、世界中から技術を結集して新兵器を開発している。その目的は……もちろん、灰によって弱りきったこの星の王座に君臨するためだ……。わずかな物資と資源、それから富を独り占めにするためだ……。

 そのため、その脅威を危険視した世界各国から、日夜空爆をしかけられている。

 ……まぁ、危険度に応じた給金がもらえるのはたしかね。まゆかの父親が、兵士ならば、相当な額をもらえるはず)




 まゆかの独白はつづく……。




 私はパパに会いにいきたい……。

 この、翼をもったユニコーンにのって。

 そして、帝都からぬけだすの……。

 ママがこっそりみていた雑誌に、帝都のシロクロ写真があった……まゆかと同じくらいの子どもが、血をながして死んでいた。

 私はパパにそんなとこいてほしくないっ。だから……ユニコーンのつばさでにげてしまうの……。

 どこにいこうかな。

 争いのない、どこか平和な……たとえば。

 古城の横の青色の湖。夜に風をうければ、虫の鳴き声とともにせせらぎを作り、水面には……忘れ去られた月が反射している……。


 ユニコーンは、対立をもとめない、平和の象徴ともいえる幻獣なんだって、きいた。



 そこまで話すとまゆかはスケッチブックを閉じ、探るような目で私をみつめた。


(カメムシしかできたことないのに、ユニコーンなんてムリよ……。それに……このちゃちな翼で、このおおきな体を支えることができるの? 墜落しちゃうんじゃない? もしも本当に空を飛べるなら、私はユニコーンの馬主になり、借金をチャラにするわ……。ムムム、熱病に侵されているとしかおもえない戯言だわ! 子どもは昼間でも夢をみている生き物だけど、それを覚ましてやるのが私の役目だというの?)


 ジー……っ


(すごいみてる。期待しているから慎重に言葉を選びましょう……)


「ム……そうね。馬は高貴でプライドの高い動物ときくわ……。乗ろうとしても蹴飛ばされてしまうんじゃないかしら?」


「で、でも、動物さんなら、仲よくなれるはずっ!」


「フフっそうねっ! 今まゆかは、プリンによって懐柔され、私の手のひら上で愛らしく尻尾をふっているものねっ」


「まゆかに尻尾はありませんっ!」


「さて……馬の機嫌をとるためには何を与えればいいのかしら? 伝説の幻獣様も、大本は馬なのだからやはりニンジンを食べるのかしらね~?」


「ゆゆゆユニコーンがニンジンで満足すると思えません!

 きっと、幻の木の実とか……聖なる水とか……きっとそんなのですっ」


「リンゴとおしっこってとこかしら?」


「も、もうっ! ちがいます~っ!」


「あなたねぇ……餓死しそうになっているユニコーン君が、すがるような目でニンジンを見つめていても『ユニコーンはそんなの食べないっ!』ていえるの?」


「……うぅ」


(泣きそうだわ……子供は簡単に論破できるけれど、核兵器『泣きわめく』を持っているから厄介ね。このまま帰らせるとPTAからクレームが来るわ)

「わ、わかったわ! じゃあ、今度いっしょにニンジン作る? 裏で昔、畑をやっていたのよ!」


「ユニコーンにあげるニンジン?」


「ユニコーンはムリだってば~」


「えーん、ユニコーンみたいよ~~」


 ついにまゆかは泣き出した……。


「ヤブ医者! ヤブ医者! わーん」


(あ、何かしらこの胸の奥からわき上がるゾクゾクは……。子ども、しかも幼女の泣き顔をみていると、悟りを開いた菩薩の気分に浸れるわね……)


 ばたんっ!


「博士っ! キノコ狩り、終わりましたーーーっ! なぜゴミ箱と呼ばれたこの開かずの部屋にいるのですか! そして、なにやら子供の泣き声が聞こえるのですが、ついに犯罪に手を染めちゃいましたっ?!」


 その時、助手君が研究者に帰ってきた……。助手君は、私と、泣いているまゆかをみくらべ、しばらく目を点にしていたけど、やがてスッと携帯電話に手をかけた。


「あ、スミマセン、警察でしょうか?」


「ちょっと待って助手君! 誤解されそうだけど、これはちがうのっ!」


「わぁ……とってもかっこいいお兄さん♡この方が研究所の助手さんなのですか?」


「あんたも急にメスの顔してんじゃないわっ! 助手君は私の物なんだからねっ!」


 誤解を解いたり後片付けをしていると、すっかり陽はくれてしまった……。

 まゆかの家は森の近くだというけど、暗くて危ないので、助手君が車で送ることになった。


「ごめんね、まゆかちゃん。古くて乗り心地も悪いだろうけど、すこしだけ我慢してね」

「いえ! 助手さんが運転していると、まるで白馬にでも乗っている気分になります♡ずっと乗っていたいですっ♡」

「ハッハッハッ、うれしいこといってくれるなぁ。じゃあ博士、送ってきますので、おとなしくいい子に、余計なことせずに待っていてくださいね……」


 ブロロロロ……

 車のテールランプが遠ざかってゆく……。


(……助手君、あぁ言っていたけど、ラボに帰ってすぐに晩ごはんを食べられたらうれしいだろうな。よしっ、私が作りましょうっ!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る