第6話

 私は研究所にまゆかをつれて帰り、書類の整理をしていた……。


「えっほえっほ……」


(子供は元気ね……)

 ぜぇぜぇ……

(い、息が切れているわ。やっぱり私は軍師のような頭脳仕事が向いているわね)

 疲労がピークに達していた私は、書類保管庫のすみっこでうずくまり、まゆかが働く様を監督していた。

 こぼれおちる汗のしずくが、窓からさしこむ光にてらされ、まぶしくかがやいている……。

(あぁ……ガキと花はいいなぁ。ボーっとしててもパンとお薬もらえるんだから。私もぼーっとしてても、お酒や栄養ドリンクもらえたらサイコーなんだけどなー)


「ちょっとお姉さん! まゆかばっか働いてるよ~っ! すこしは手伝って!」


「いやちょっとね……腰が限界なのよ」


(これだからオバハンは……)


「若い時はね……ア、今も若いけれど。鋼の強肩を持つ大型新人だと騒がれていたの。でも灰の戦いで腰に矢をうけてしまって」


「あのー……お姉さんが政府に提出したレポートのコピーを読んだんですけど」


「あら? 私の文才がうらやましくなったのかしら?」


「いえ……なんていうか、書いてあること、年増のおばさんが必死に女子高生っぽく振舞おうしているような印象をうけて……」


「そそそんなことないわっ! 政府のクソジジイは私のレポートを読んで、かわいいね♡とか、オジサンのキノコも研究してみるかい?♡って返信してくれるものっ!」


「えー……クソジジイと文通してよろこんでいるんですか」


「私はアイツらからのラブレターを焚火の燃料にしているわっ! 本当はトイレのちり紙にしたいけど、アイツらの使ったインクに汗が混ざっているとおもうと怖くて使えないの!」


「そんなことはどうでもいいよっ! それよりもまゆか的にびっくりなのは……こんなテキトーなレポートでも研究者名乗れることだよっ! これならまゆかの絵日記のほうがまだましだよっ!」


「ひどいっ! いいわっ、ちょっと待ってなさい。私はこれでも昔は『植物学会の異端児』として名声をあびたのよ! 当時のレポートがあったはず……えぇっと」


 レポートのタイトルは「地雷系ハニワサボテンのトゲを使った、ツボ押し健康生活」だ……。どこにしまったかな~。

 ……うん、わからん。

 書類保管庫はまさに紙のジャングル……。

 昔、探すのが困難であることの例えに「砂場でコンタクトレンズを見つけるようなもの」というのがあったけれど「博士ちゃんの家からお目当ての物を探すようなものby博士ちゃん」も新たな例えに入れておいてほしいわね……。


 これではどこに何があるのか、わからないわ!

 ウン……まゆかがいる間に、不要な物は処分しないとだめね。

 とりあえず、この大きな段ボールは邪魔だからどかして……。


 グキッ!




「お姉さん……だいじょうぶですか?」


「え、えぇ……まだ起き上がることはできないけれど、まゆかが湿布を貼ってくれたからだいぶラクになったわ」


「ギックリ腰?」


「いえ、腰がまゆかとの出会いを歓迎しているのよ♪」


「……すごい悲鳴でしたよ。とてもではないけれど、女性が出すものとはおもえない、とっっっても汚い悲鳴……」


「私は淑女よ。淑女がそんな汚い悲鳴あげるわけないわ! きっと、とてもかわいらしい声だったはず。あ、待ってこのお腹の具合だと……」


「どうしたんですか?」


「クスクス……ねぇ無学なお嬢ちゃん? あなた、成功する淑女が絶対に欠かさない習慣ってなにか知っている?」


「え……なんだろ? よく、お昼寝を挟む人は成功者に多いって聞きますよね。昼ご飯を食べおえた後は、血糖値が急降下して集中力が下がっちゃうから、その対策で!」(血糖値スパイクっていうんだよ~♡)


「そんな三流起業家の通説を信じていてはダメよっ! いい? 真の成功者はね……いついかなる時も、三時のおやつを忘れないものなのよっ♡」


(なにコイツ……)


「クスクス……まゆか。この部屋をでて台所に……ええっと、さっき来る時に通ったからわかるわねっ! そこの冷蔵庫に牛乳プリンがあるからとってきて」


「牛乳プリン?! すごいっ! まゆかたべたことないっ」


「フフ、政府のタヌキどもが送ってくるのよ! さぁ早く持ってきなさい! 私がおいしく食べてるとこ、特別にあなたにみせてあげる♪」


「へぇ~、おばさん? そんなこといっていいんだ~?」


「なにっ!」


「おばさん、あんた今うごけないのよ? あんたの生殺与奪とプリンちゃんの権利はまゆかがにぎっているわけ」


「……ばぶばぶ」


「急に赤ちゃんのまねをして憐れみを乞おうとしてもむだよっ! さぁ~て、プリンちゃんは私が全部食べちゃお~かな」


「ま、待て!」

 とびらのほうに駆けていくまゆかに、私は必死に制止をかけた……。

 すると……不気味な笑みをうかべてまゆかは、ふりかえった……。


「どうしても食べたい?」


「たべたいっ!」(プリンのためなら恥も外聞も取り繕ってられないわっ!)


「じゃあお願いしなさい」


「私にもプリンを食べさせてください……」


「よくいえましたっ♪いいこいいこ」


(これじゃあどちらが年上なのか、わからないわ……)




 こうして、三時のおやつを終えたあと、私たちはお絵描きをすることになった。

 アタマオハナバタケに生成してもらう動物は……どんなのがいいか? お絵描きのテーマは、そんなテーマであった……。

(いや、普通に人を作りたいけれど……。まゆかにすっかりほだされてしまったわ)

 そんなことを思いながらも、クレヨンとエンピツを使って描いた。


 まゆかには絵心があるのか、色と線はすくなかったけれど、夢に迷いこんでしまったような、幻惑性があった。この色合いの海におぼれ、すいこまれてゆけば、世界の深淵にもぐりこめそうな……。


「それは、なに?」


「え、これはね……」


 まゆかの描いた動物は、馬によくにていて、そして、翼をもっていた。

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