第4話

「ふぇっ!」


(少女か……兎かとおもって楽しみにしていたのに)

 培養室にいたのは、ピンク色のジャンパーを着た幼女だった……。

 少女は、まん丸な目をおおきくみひらき、私をみつめている。

(私……子供が苦手なのよね。幼さという誰でも一度は手にできる資産に甘えて理不尽な利益を傍受している忌むべき生物であるような気が……。猫だって、人の施しを得るために毛づくろいをしているわ)

 その手には……一輪のアタマオハナバタケがあった。


「ア、こら!」


「ア、ごめんなさい……」


「手かゆくない? 一本程度なら問題ないとおもうけれど、アタマオハナバタケは集団で危機にさらされると、毒の紛を花弁から放出するのよ」


「まゆか、手、だいじょうぶだよ」


(この子は……まゆか、という名前なのね。愛らしい目をしているけれど、栄養不足なのでしょうね、にごっているわ。それに、髪もほつれている)


「その花どうする気だったのよ?」


「あのね、ママがお酒で怒るから、花飾りを作りたいの……」そういうと、まゆかはシュンと目をふせた。


(酒、か。よくみれば目の近くに痣があるわね……。深掘りしない方がよさそ)

「ふーん……最近はあんまり花が自生していないものね。だから、この花をとりにきたのか」


「白くて、とってもかわいいお花なの。あの……」

 少女は花をぎゅうとにぎりしめ、私のことを上目づかいでみあげた。


「勝手に抜いてごめんなさい。持ち主さんがだれかわかんなかったから」


 仕事の邪魔だから帰りなさい――すぐにでもそう言いたかった。だが、すき間からはいりこむわずかな風に、花たちは頭をゆらすだけで……。あきらかに今日も新生児はできていない。今、目のまえにいる少女が、深夜のうちに生成され、一日で成長した赤子である可能性を無視すれば。まぁそんな可能性よりも狂った猿に鉛筆をもたせて小話のひとつでも作らせる方がまだできそう。

 つまりは、レポート内容は今日もほぼ白紙で、暇を持て余すことは容易に見て取れた……。


「まぁいいわ……この花は死滅量をおぎなうため自己増殖をするから、問題はないでしょう。数本持って帰れば?」


「……」


「なによ、まだなにか用事? サインならあげないわよ。転売されたら悲しいもの」


「ねーねーあなた何歳? お花、育てるのが好きなの? まゆかも手伝っていい?」


「は?」(コイツ、私のことガキだとおもっているの?!)


 私の剣幕に押されたのか、少女は胸のまえでパタパタと手をふってあわてた。


「あ、あれ……たかさ的に同い年くらいかとおもったんだけど」パタパタパタ……


「わ、私は成人よっ! たしかに背は低いけれど……これから鬼成長予定だしっ!  それに、このあふれでる大人フェロモンで気づかないの?!」


(……よくみれば、顔はけっこう歳いってる)「え、えっとー、じゃあ、おばさんは……」


「は?」(やべぇひさしぶりにマジギレ寸前っ!)


「ご、ごめんなさい! え、えっと……お姉さんは」


「キレイなお姉さんと呼ばなきゃ答えない」


「……キレイなお姉さんはお花のけんきゅうしゃさん? ってやつなんですか?」


 おちつけー私ー。

 こんなクソガキにキレるなんて人生の時間の無駄遣いだ……。

 すーはーすーはー、深呼吸……。

 うん、おちついた!


「新生児創成プロジェクト、アタマオハナバタケ担当の博士よ。今はアタマオハナバタケの幻想鋳造機能を利用した、生命体生成に着手しているわ」


「へ~。……すごいんですね」


(ア、コイツ私のことバカにしてる。というか、わかっていないでしょうね。まぁ……平日の朝っぱらから働かずにブラブラしている私のことなんか、ニートか不審者にみえるでしょうね。まぁいいや、仕事しーましょ)


 薬箱を手頃の場所におくと、ロッカーからジョウロをとりだした。


「これからおしごと?」


「そうよ」


「みていってもいいですか?」


「えぇ」


 帰ってくれー。

 私はジョウロに水をくみ、薬箱のアンプルをとりだし、混ぜ入れた。


 ジョロロロ……

 触葉薬を投与する様子を、まゆかはとなりでしゃがみこみ、ボーッとながめていた。


(学校に……いく年齢よね?)

「学校はどうしたのよ」


「お金がなくて、いけないの」


「まぁ……私といっしょね」

(せっかくだから、私の仕事の意義についておしえてあげようかしら?)

「じゃあ、保健体育で子供の作り方も習っていないわよね」


「ア……それはしっています!」


「えっ!」(しめたっ! 口頭で説明させて顔真っ赤にさせちゃおっ♪)


「コウノトリさんが運んでくるのっ!」


「……ぷっ。そうねっ! コウノトリさんは働き者だものね」


「あるいは桃から生まれるともきいてますっ!」


「竜宮城からもやってくるかもしれないわねっ♪」


「りゅーぐーじょー?」


「オトナがいくテーマパークのことよっ!」


「そうなんだ……でも、コウノトリさんは皆、死んじゃったんでしょう?」

 少女はあわれみながら、そういった。


「……えぇ、そうよ。もう、コウノトリさんは絶滅しちゃったから、まゆかのお友達を作るには、別の方法が必要なの」


「別の方法?」


「そうよ、その一つがこの花よ」


「花? 花がお友達を作るの?」


「フフっバカげているとおもう? そうよ、これはバカげている研究……いいえ、バカげている泥遊びなのよっ! 泥団子に命を吹きこもうとしているんだから」

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