第3話
というわけで、今日の朝、私と助手君は別行動となった……。
といっても……助手君っていらない説はある。
薬の調合は昨夕のうちにやってるし。
材料調達のほとんどは業者とリス型ロボットがすませてくれるし、培養室は徒歩でもいける距離だし。
助手君の主な仕事は、部屋の掃除とか白衣の洗濯とか料理とか……、研究所の助手というより、家政婦と呼んだほうがいいんじゃないかしら?
私は慈悲深い淑女であるから、たとえ能無しの穀つぶしであろうとやさしく迎え入れてやるのだ……。決して「顔がいいから眺めていたいから」ではないわ……っ。
(今日の
車がないのは……すこし不便ね。その点では助手君って必要? 助手君ではなくタクシー君と呼んであげようかしら?
……うん、でも、灰が強くなるのは夕刻からみたいだから、今日はマスクだけでいいかな?
というわけで、私はコートをきて、倉庫から薬箱をとりだし、培養室へ出発した。
一歩歩くごとに、こまかな灰と雪が、靴の下でくだけていく……。
靴音が響くほど、森はとっても静か。寒いから虫のすがたもほとんどみえない。
(つまらない景色だ……。もしもこの森でデートをしたら、会話に困るだろうね。
ホラ、あそこのミノムシ、今にも風に飛ばされそうだよ~。 ホントだ! まるで俺の会社での立ち位置みたいだな! アッハハハハ……。
……こんな会話をしてなにが楽しいというの?)
ふーっ。
さみしい……。
森の草木は私の小言をただ黙って受けとめてくれる優秀な聞き手だが、返答が風の音ばかりでは飽きてくる……。
そうだ……助手君がおやつにとキャンディをくれたのだった。これを舐めながらいきましょう~。
ズリュリュリュ……
そうして、飴を口に含んだ時、ふいに、大きなものが地を這う音をきいた。(先ほどの効果音は、決して私が飴を舐める音ではないわっ! 淑女は粛々と上品にふるまうものなのだから)
木の影で、巨大な縄のようなものが、這いずっている。
音を立てないよう、慎重に草むらをかきわけると、息絶えた小動物に、一本の巨大な蔦がからみついていた。
(肉食蔦植物のアンリバイル・エルグ。
あいかわらず、大きな腸のような見た目をしている……。
食事中ってとこね)
アンリバイル・エルグは、灰の戦いのあとに見られるようになった植物だ……。
灰を吸引した蔦植物が不規則な進化をくりかえした結果、巨大化した。そして、筋肉が発達し、移動できるようになった。足の獲得はできなかったため、ミミズや蛇のように、這って移動する。食事は、死肉にからみつき栄養を吸収するようになった。
だが、残念なことに、獲物をしとめる手段が、己の体で締め付け、窒息させるしかない。脳も所持していないため、自発的に狩りを行うこともない。だからこうして、森の影にひっそりと忍び、朽ちた死骸にむらがり、ほそぼそと食事をして生きる地味ーな植物……それがアンリバイル・エルグだった。
(そのグロテスクな見た目と動きから毛嫌いする者も多いが、私はけっこう好きだな……。のんびりノロノロ、できることをコツコツ、そんなむりしない姿が、私と似ているからカモメ)
彼らに目はないが、熱源を感知できるらしい。私の存在に気づいたのか、エルグは、奥の草むらへゆっくり後退した……。
(そうだ……触葉薬に小型動物の肉材を混ぜた、栄養液があったわね。
えーっと……)
ガサゴソ……ガサゴソ……
私は薬箱の蓋をあけ、中身をあさった。
!
パンパカパンパンパーン!
(あった~! 青色の液体の栄養液~! やっぱりドラ〇もんボイスでいうと、テンションが上がるわねっ!
んー色だけみるとおいしそう。美容液によくにてるから、まちがえて使いそうになったのよね。
これを小型動物の死肉にまいて……と)
後退していたエルグは、臭いにつられたのか、死肉にふたたび絡みついた……。
薬液を吸収しおわると、私のほうに頭部? をむけ、小刻みにうごかした。
(きゃ~可愛い♡お礼をいっているわ!
あら、エルグ君……こっちに近づいてきてるわね。でも、あなたに絡みつかれると、私の体から栄養が抜かれてしまうから……。ごめんなさいね~たくましく生きるのよ!)
ちょっと良いことがあったので、培養室に向かう私の足どりはとても軽くなった。
それでその少しあと、培養室に到着したんだけど……。
(あれ……)
培養室の壁はガラス張りで外からでも内部をみることができるのだけど、なにやら花畑のかたすみに、ピンク色のおおきなものがうずくまっていた。
(まさか! 新生児が生成されたのかっ!)
私は大急ぎでかけより、培養室の戸をあけた。←予算の都合上、培養室に鍵はかけていません。昔、イノシシに花を荒らされたことがあるとか……。
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