第23話 SIDE:OTHERS 誰だって最初は

 エルザとアリアーレの微笑ましいやり取りを存分に堪能してから、カインは仲間の姿を探し始めた。団長さんもちゃんと首長っぽいことできるんだねぇ、などと内心感心しつつ歩いていると、ほどなくして驚くほど景色に馴染んだユーリスの後ろ姿を補足した。


「やあやあユーリスくん。お疲れ様。作業は順調かねぇ」


 間延びするような声で仲間の名を呼びながら、カインは地べたにしゃがみ込んで作業をしているユーリスの背に労いを投げた。


「見てわかることをいちいち聞かないでくれないか」


 ユーリスは強く突き放すように言う。

 彼が行っているのは、通路上に敷き詰めた魔晶から遠隔操作用のつるを延長させる作業だ。相当量の魔力が必要となる関係上、起爆は魔力集積に長けたミーティアが担当することになっており、彼女の待機場所までつるを伸ばす必要がある。


 一応、最短直線距離で繋ぐことも可能ではあるのだが、キントラノオ科の植物はこのあたりの植生には見られない為、それが原因で奇襲に気づかれる可能性がある。故に少々迂回しつつ、土や落ち葉で隠しながら伸ばしているのだ。

 ユーリスの背中から覗き込むように見て、カインは鼻を鳴らした。


「まぁ面倒なだけの単純作業だし、順調もクソもないか」

「手伝いもしないなら消えてくれないか。鬱陶しくて敵わない」


 まるで当てつけのように言い、ユーリスは溜息を吐く。苛立ちで手元が狂ったのか、籠手を脱ぎ捨てて乱暴に地面に叩きつけた。

 そんな態度にももう慣れてしまったカインは特段苦言を呈すでもなく、魔晶をまとめて入れた麻袋をユーリスの足元に置いて言う。


「ここ、置いて行くよ。ミーティアさんたちが魔法を撃ち込んだ後、これを使って追撃して分断を狙う」


 麻袋の中で淡く光る魔晶を見て、ユーリスは頭の中に熱が宿るのを確かに感じた。


「……俺じゃまともに戦えないっていうのかよ」


 抑えきれずに吐き出してしまったという風な言葉。

 彼の漫然とした苛立ちは、背後で聞いているだけのカインにも伝わってきた。


「舐めやがってふざけんなよ……俺だって戦えるんだ」

「まぁそうは言ってもね。僕も君もまだ不甲斐ないところしか見せてないわけだしさ、お互いコツコツ行こうよ。アリアーレちゃんみたいにさ」


 如何にカインとて、明らかに思い詰めている人間を殊更煽ろうと思うほど腐った性根はしていない。

 だから、カインはあくまでも励ますつもりでそう言った。先程のエルザとアリアーレのやり取りを受けて、僕らもくあろうと伝えようとしたのだ。


 ただ、ユーリスにとってカインという男は致命的なまでに相性が悪かった。

 身を焦がすほどの憤懣ふんまんを見せながら立ち上がったユーリスは、カインの胸倉を掴んで強引に引き寄せる。


「一緒にするなよ、俺はお前とは違うんだ! ちゃんと戦える。戦いさえすれば、あんな女に無様に負けたりしないんだ!」


 まるで炎でも宿っているかのように赤く染まった目を見て、カインは酷く冷静になった。

 傍観者のような気分で、カインはユーリスの姿を注視する。

 手入れのされた髪、シミや出来物一つない端正な顔、胸倉を掴む滑らかな手。

 そして彼が抱える鬱屈の正体に、気づいてしまった。


 こう見えてカイン・ローグは恐ろしいほどに用心深い。

 商人としての顧客や同業者、果ては友人に至るまで、その人が信用に足る人物であるかどうかありとあらゆる手段を持って調べ上げる。


 だから団の勧誘を受けた時、真っ先にアリアーレのことを調査した。調べはすぐについた。彼女はつい一年前にキヴァニアの学校を卒業し、商界でも名士であるクルト・マクギネスを兄に持つ類まれな才女だった。


 団長であるエルザに至ってはもっと簡単だった。彼はクルト・マクギネスの団の元構成員で、十一年前、当時民間人の身でありながら皇都で起きた事件の対応に当たった人物であることが分かった。徹底して家名を名乗らない理由も、出自を調べた限りでは個人的に納得できるものだった。だから信用した。


 ミーティア・コメットに至っては、この街で最も大きなハーレイ傭兵団に十年以上所属しているベテラン魔術師だ。団員の中では最も容易く、且つ豊富な情報が得られた。見てはいけないであろう個人情報については、見てしまった後に滅却処分したほどだ。


 仲間の中で、カイル・ロードとユーリス・エルクレゴの二人だけが、何の情報も得られなかった。商人としての少なくない伝手をすべて頼ったのに、彼らの経歴だけ何一つ判然としなかったのだ。


 それでもカイルは傭兵としての確かな実力を見せつけた。腰元にいた太刀で仲間を守らんとする気骨溢れる姿を示したのだ。


 故にカインの中で、たった一人、ユーリスだけなのだ。

 未だ信用に足る『何か』を示してくれていないのは。


 別になんだっていいのだ。

 たとえそれが『恋路』という、ともすれば詰られかねない不純な動機であったとしても、傭兵団の仲間として一緒にやっていけると思えるような『何か』を彼に示してほしかった。


 けれど、わかってしまった。

 目の前で激昂している同い年の青年に向け、カインは冷水のような言葉を浴びせる。


「……君、戦ったことないんだな」


 ユーリスの目が、大きく揺らいだ。

 同時に力の抜けた手を、カインはゆっくりと払いのける。


「少なくとも何年も経験を積んだ傭兵じゃないね。その分だとアリアーレちゃんに次ぐ新米じゃないのか? その年季の入った防具はどうしたんだい。誰かから譲り受けたのかい?」


 問うも、返ってくるのは沈黙のみ。

 ユーリスの身体は傭兵とは思えないほど綺麗だった。

 身に着けた防具や携えた長剣はどれも傷ついていたから、誰も、気にも留めなかった。


 入団した日、カインはエルザと握手をした。その時の彼の手は分厚く、硬く、そして傷ついていた。

 それは彼が歴戦の傭兵たる証であり勲章だ。

 しかし、ユーリスには『それ』がない。

 身に着けた物だけが古臭いだけの、まるで張りぼてだ。


「ユーリス・エルクレゴという傭兵について調べても何も分からなかったのは、そもそも過去に傭兵だった経歴が無いからだ。馬車の中で言っていた前の団を抜けたっていうのも嘘なんだね?」


 なおも返事はない。

 されどその沈黙は、言葉を弄するよりも雄弁であった。


浅慮せんりょだと言わざるを得ないよ。経歴の詐称は仲間の生死に直結する問題だ」

「……騙してるつもりなんかない。俺は本当に戦える。戦えるんだ。足手纏いの無能なんかじゃない……っ!」


 奥歯を強く噛みしめ、震える声でユーリスは言う。


「伯父さんが言ってくれたんだ、俺は強いって。グラディオールのような英雄になれるって……何も知らないくせに、偉そうなことを言うな!」


 ユーリスは激昂する。どれだけの熱をもってしても、カインの心を揺らすには値しない。


「偉そうなのは君だよ。戦えない癖に戦えるとうそぶいたりして。君はその愚かで空想じみた夢の為に仲間の命を危険に晒しかけているんだぞ」

「だから戦えると言っているだろうが!」

「剣ダコすら出来ていないのにふざけたことを抜かすな。恥を知れ」


 我知らず内にカインも苛立っていたのだろう。普段とは異なる強い口調でユーリスを非難した。

 お互いがそうなると、ユーリスも遂に我慢が利かなくなる。


「この――っ!」


 背に携えたままだった長剣に手を掛け、今にも切りかかろうとするユーリス。

 彼ほど熱に溺れていなかったカインはすぐに冷静さを取り戻し、ぱっと後退して距離を取った。


「正気かい? まさか抜く気じゃないだろうね」


 冷や汗が流れる。今ここで仲間割れするのは、考えられうる最悪のパターンだ。

 しかし、ユーリスは柄を握ったまま振るえるばかり。そして今にでも泣き出しそうな弱々しい声で、吐き出すように言った。


「俺を、否定するな……っ。俺だって役に立つんだ……!」


 掠れる声で吠えはしたものの、彼は終ぞ剣を抜くことはなかった。

 怒りに飲まれても理性が勝ったか、単に度胸がなかったか。

 あるいは、膿を吐き出すようにして語った言葉が、彼の嘘偽りない本音であるか。

 いずれにせよ、ユーリスは最悪の事態に発展しなかったことを安堵した。


「君の思いはわかった。でも、嘘を吐いていたことは報告しないといけない。いいね?」

「……」


 柄に掛けた手がだらりと重力に沿って垂れる。

 無気力な様子で作業に戻ったユーリスの姿から肯定の意を汲んだカインは、背を向けてエルザの元へ向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る