第21話 敢え無く散る野盗

「橋のところに何やら人が。軍や傭兵のようには見えません」


 目を細めて見てみると、確かに不審な人影が見える。

 まともな身なりではないところから察するに、野盗か何かだろう。

 こんな白昼堂々、街道のど真ん中で往来する馬車の待ち伏せとは、肝が据わっているというか、愚か具合が甚だしいというか。

 とにかく、このままでは橋を通れない。


「どうする団長さん。今は連行する余裕ないし、やっちゃうかい?」


 同じく身を乗り出して様子を窺うカイン。なにやら物騒なことを言っている。


「後でなんて説明するつもりだ」

「どうとでも言えるさ。どうせ欲に溺れて人を襲うような連中だ。野盗なんて慈悲を掛けるだけ無駄だよ。つけあがるだけでこちらに利はない」


 野盗に対して苦い思い出でもあるのか、カインは殊更露悪的に言う。まぁ、行商人は野盗の主な標的だ。商人の立場からしては奴らが怨敵であることは違いない。


「すぐに戻って報告できるならまだしも、放置すれば面倒事になる。後始末に時間も掛かるしな。だから殺生はなしでいこう」


 そう言うと、カインは鼻を鳴らして「了解」とだけ言った。


 改めて彼我の距離を目測で測る。


 すでにお互い視認できる距離だ。向こうもこちらに気づいている。それでも向かってくる様子が無いのを見るに、奴らはあの橋に関所を敷いているのだろう。通行人から不当に徴税する小賢しい類の野盗だ。


 普段なら交渉の余地ありな相手だが、今は時間が惜しい。


「カイル、一緒に来てくれるか」

「あいわかった」


 カイルと共にキャビンから降りると、幕間から身を乗り出したミーティアに呼び止められる。


「ねぇ、行ってどうするの?」

「通さないと殺すと脅す。従わなければ死なない程度に痛めつけてくる」

「おぉー……。なんていうか、野蛮だね」

「その方が手っ取り早いしな。まぁちょっと数は多いが」

「私も手伝おうか?」

「下手に魔法使って橋が壊れるといけない。待っててくれ」

「そう言うなら……て、え、ちょっ」


 ミーティアが焦った声を出す。

 その原因は、荷台からハルモニアさんが飛び出したからだ。使用人の服装のまま乗車していた彼女は、スカートの裾が地につかないよう着地すると、俺とカイルを見て一礼した。


「わたくしもご一緒させていただきます」


 何を言い出すかと思えば。確かに同行するとは言っていたが、流石に荒事にまで付き添われるのは困る。なにも皇子だってそこまでは望んでいまい。


「いや、待っててもらった方が良いんですが」

「エルザ様には拒否権はないとお伝えしたはずです」

「邪魔しないって話でしょう」

「邪魔になどなりません。それより早くいたしましょう。日が暮れてしまいます」


 ハルモニアさんはすたすたと俺の脇を抜けて野盗の方へ歩き始めた。

 なんて勝手な……。俺とカイルは無言で目を見合わせると、足早にハルモニアさんに駆け寄った。


 ただ歩いているだけなのにハルモニアさんは妙に足が速く、あっという間に野盗との距離が縮まる。

 表情が窺えるほどにまで近づくと、長身の男が揺れるような足取りで向かってきた。


 しかし、ハルモニアさんも臆することなくそのまま接近する。

 人一人分の間を空けて肉薄すると、彼女は男の顔を見上げてこう宣った。


「退けば見逃しましょう。退かなければ皆殺しです。どちらを選びますか?」


 ちょっと好戦的すぎやしませんかね……。


 無論、皆殺しするつもりない。こういう手合いにはそれくらい言った方が脅しとして有効なのは確かだが、それにしてもアンタが言うのかよとは思いました。というか口に出てた。


 一瞬唖然とした表情を見せた野盗は、せきを切ったように噴き出す。


「はっ、はははははっ! 嬢ちゃん、オモシレェこと言うなァ。傭兵雇って気でも大きくなったか?」


 顔を近づけられて威圧されても、ハルモニアさんは身動ぎ一つしない。それどころか煽り皮肉るように続ける。


「どうやら才も知性も欠いた能無しの愚物に言葉は通じないようですね」

「粋がるねぇ。その綺麗な面ぐちゃぐちゃになるまで嬲られるのがお好みか?」


 嗜虐的で品定めするような下卑た目つき。ハルモニアさんは酷く不快そうに顔をしかめた。


「おまけに品性もない。まさに愚物と愚物の交わりが生んだ史上最底辺の愚物」

「……家政婦風情が身の程弁えろよ」


 あまりにも攻撃力の高い口撃に、野盗の表情が一気に変わる。ハルモニアさんの顎を掴み、眉根に幾重もの皺を作った。

 隣でカイルが脇差に手を掛けた。いつでも介入できる構えだ。


 すると、ハルモニアさんは男と睨み合ったまま、俺たちに向けて言った。


「エルザ様、カイル様。手出しは無用です。わたくしが邪魔にならない理由をお見せしましょう」


 それだけ言うと、ハルモニアさんの右足が男の頬と側頭を殴打した。


 一切の予備動作なく放たれた回転蹴り。


 しなる竹のように宙を舞い地面を削りながら転がった男は、痙攣したまま気を失っている。それを見ていた他の野盗連中も呆然としていて動けないでいた。


 地の伏した男も、格闘の心得くらいはあっただろう。

 しかし、彼女の蹴りは反応一つ許さなかった。


 それは後ろから見ていただけの俺たちも同様であった。


「マジかよ」

「予備動作がない。戦い慣れておるな」


 驚嘆するばかりの俺と、冷静に分析するカイル。

 ハルモニアさんは両手でぱっとスカートを左右に払うと、眼前の野盗を索然さくぜんと流し見て、聞き逃すことを許さないはっきりとした声で告げた。


「顎を殴られたのでそれをそちら側の総意と見做します。よって皆殺しです」

「つ、掴んだだけだろっ!」


 野盗の中からものすごく筋の通った反論が返ってくる。

 が、ハルモニアさんに慈悲はなかった。


「女の顔に触ったのなら殴ったのと同じです。処します」

「この……っ! なめんなよ、クソアマ――ッ!」


 一番近くにおり、真っ先に覚悟を決めて向かってきた野盗が、振り上げられたハルモニアさんの爪先に顎を打ち抜かれ天を仰いだ。


 そこからはもう、地獄絵図。


 足技を主体として戦うハルモニアさんは、開戦早々に修羅と化し、襲い来る野盗を次々と葬っていく。

 いや、葬ると言っても命までは奪っていないのだが、誰も彼も一撃で沈んでいく様が、傍目にはそう見えてしまう。


 野盗の中で幾人か、ハルモニアさんを無視して俺たちの方に来た奴もいる。

 しかし、乱戦の中で舞い踊るハルモニアさんが、路傍の石を蹴って飛ばし、そういう奴らまで仕留めていくものだから、もう言葉が出なかった。


 さほど時間も掛からず、二十人ほどいた野盗が一人の残らず地に伏せた。

 そのほとんどが気を失うか、微睡みの中でぴくぴくと痙攣している。


 戦い――というより一方的な蹂躙を終えたハルモニアさんは、大して乱れてもいない呼吸を整え、着衣の乱れを直す。

 そのまま俺たちの方へ戻って来ると、静かに一礼して言う。


「邪魔者はいなくなりました。先を急ぎましょう」


 なんとなく、俺もカイルも背筋を伸ばした。

 この人には逆らえない。逆らっちゃいけないと全身の細胞がガンガンと警鐘を鳴らしている。


「そうですね、ハルモニア様」

「そうであるな、ハルモニア殿」

「……なんでしょう、その胡乱な呼び方は」


 じろりと、片眉を下げるハルモニアさん。もといハルモニア様。

 その目には出立前、彼女が一瞬だけ見せた粗野な雰囲気が宿っていた。おそらくこっちが本性なのだろう。とっても怖いね。


 戦々恐々としながら三人馬車に戻り、無事開通した橋を渡って馬車の運行を再開した。

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