第20話 道中

「何それ非常食?」


 出立直前。

 キャビンに乗り込み、俺の正面に座ったミーティアの第一声である。

 胡坐を掻いた俺の足の中にすっぽりと納まり、さっき適当に取ってきた草や木の実をもしゃもしゃと食べている野兎を見ての言葉だ。


「違う。懐かれたから連れて行くだけだ。山で逃がす」

「ふぅん。警戒心ゼロだねこの子。おバカちゃんなのかな」


 草を一本指で摘まんで、野兎の目の前で揺らすミーティア。前傾姿勢で身体ごと揺らしているので俺には別のものが揺れて見えますね……。


 俺の視線が揺れる物体(詳細不明)に釘付けになっている間、野兎は垂らされた草を呑気に頬張っている。確かにこれは警戒心解けますねぇ。男なら誰だって。まぁこの野兎はメスなんですがねぇ。


 次いで、当然のように身体を密着させながら隣に座ったアリアーレが、同じように草を揺らし与える。


「可愛いですね。これがこんがり焼けてお皿の上に乗るんだから驚きです」

「可愛いって言った直後に言う言葉じゃないでしょ。人格分裂してるのかい?」


 食堂の店員としての率直な感想にカインから直球の突っ込みが入る。

 ちなみに食堂の方の仕事は一週間ほど休みをもらったらしい。急な一週間の休みもすぐ取れる職場、イイネ。


「だって毎日見ますし、解体された兎肉。特に感慨とかないですよ。カインさんだって元商人ですしよく見ますよね?」

「見るけどさ。というか勝手に『元』にしないでくれるかい。僕はまだ現役で商人だよ」

「傭兵やってるのにですか?」

「今はわけあって休業中なのさ。とはいえ収入がいないと困るから傭兵になったってだけだよ。戦いの心得も多少はあったしね。まぁ現実は知っての通り、アリアーレちゃんに誘われるまで雇われ仕事で食いつないでいたくらいの実力なわけだけど」


 カインは小脇に置いた袋からもう一つ揚げ物を取り出し、太刀を抱いて沈黙しているカイルに差し出した。


「そう言えば、カイルさんはあれだけ強いのにソロだったんだよね。どうしてか聞いても?」


 揚げ物を受け取り、カイルは一口頬張る。咀嚼して飲み込んだ後、カインの顔を一瞥してから答えた。


「東洋の顔立ち故に忌避されることがしばしば。加えてそれがしの東洋剣術は対人戦を想定し磨き上げられた技。魔物との戦いを常とする傭兵団の要件には合わないのだろう」

「カイルさんほどの腕なら対人も対魔物も区別ないと思うけど。よっぽど見る目がない団に行き当たったんだね」

「そうは思わぬ。某の剣術は手数に劣る故、群れ成す魔物相手には向かぬのである」

「そうかなぁ? 石造りの通路を崩壊させるほどの抜刀術を見る限り、そうは見えないけれど……」


 カインは怪訝そうに眉根を寄せる。彼の疑問に対し、カイルは端的に解説した。


「抜刀術は一意専心の大技であるが、振るわれる剣閃はあくまで一方向。多方向からの多勢を相手に有効な手立てではない」

「あぁ、なるほどね。まぁ単に火力が欲しければ魔術師を雇うか」


 納得したようにカインが呟き、カイルは視線を荷台の外へ戻した。


 カイルは殊更強調しては言わなかったが、おそらくそれ以外にも理由はある。


 ヴァリアント皇国は単一民族国家であるが故に、東洋人を初めとした異なる文化圏の人間に対して排他的な者が多い。表立って排除しようという動きこそないものの、他民族はどうしても敬遠されがちにはなる。


 排他的なきらいは皇都から西側に行くほど強くなっており、田舎の方ではいまだに他民族の侵入を拒む村落も存在している。

 彼がキヴァニアにいるのも、そのあたりが理由なのだろう。


 キヴァニアは学区ということもあって皇国で最も若者が多い街。

 古今東西、若者とは新時代の象徴であり、悪しき因習とは無縁の存在だ。

 カイルのような異邦人が傭兵として活動するには、他の街より幾らか馴染みやすいはずだ。


 次いでカインは、ユーリスに話題を振る。


「ユーリスくんはどうしてソロだったんだい?」

「別に、前の団を抜けたばかりだっただけだ。理由なんてない」

「なんだ、面白みのない話だねぇ」


 白けたように言うカイン。その無神経な発言にユーリスは苛立ちを見せる。

 しかし、ユーリスからこれと言って反撃がなかったことから、カインも彼から意識を外し、次いでこちらを見た。


「でもやっぱり、一番気になるのは団長さんだよね。以前まで在籍していたのは、規模は小さいのに打ち立てた功績はクライヴ傭兵団に勝るとも劣らない、あのクルト・マクギネスの傭兵団だ」


 興味津々という内心を隠しもせず、今が好機だとばかりにカインは訊ねてくる。


「実績は申し分なかったよね。引く手あまたでもおかしくないのに、どうしてソロで活動なんか?」


 いかにも詮索しますという態度はいささか気になるが、別に隠すことでもないので素直に答える。


「単に世渡りが下手なだけだ。運よく交渉の場につけても慣れてないからうまくいかない。クルトがいた時は全部あいつに任せっきりだったから」

「あぁー……なんとなく想像できるね。実際交渉下手だったし、任せっきりっていうのは良くなかったかもねぇ」


 片眉を上げ、一人うんうんと頷きながら言うカイン。

 それが詰っているように聞こえたのだろうか、アリアーレが横から庇い立てしてくる。


「エルザさんはそういうのちょっと苦手なだけですもんね。あと兄がそういうの得意ってだけです。適材適所ですよ、適材適所。ね?」


 こちらを見ながら、アリアーレはぎゅうぎゅうと体を寄せてくる。圧が強い。


「そだな。あと暑いからちょっと離れような」

「いやです」

「いやかぁ」


 曇りのない目で真っ向から断られる。困った。このままだとユーリスくんに熱っぽい目で見られちゃう。ほらもうこっち見てる。あいつ初対面の時はチャラそうだったのにいつの間にかデフォルトで不機嫌無口なキャラになっちゃってるから。アリアーレはもう少し周りのことおもんぱかろー?


 まぁ、ユーリスからむき出しの好意をぶつけられていることくらい、アリアーレも自覚はあるはずだ。それをわかった上で、彼女にも彼女なり処世術というのがあるのだろう。ならば強くは言うまい。お前の処世術、俺の負担デカいよな。言ってんじゃねぇか。


 キャビンに漂うよくない雰囲気をいち早く察したミーティアが、話の軌道を修正する。


「カ、カインくんはそういうの得意そうだったよね。流石はローグ商工会の息子って感じで!」


 誉められたことに気分を良くしたのか、浮かれた声音でカインは言う。


「まぁね。けどまぁ、あんなのは取るに足らないお為ごかしだよ。お互い分かった上で演じた即興劇エチュードみたいなものさ」

「ん、どういうこと?」


 小首を傾げたミーティアが問うと、カインは得意げに鼻を高くする。


「皇子様は最初から僕らに話を吹っかけるつもりだったんだよ。だから回りくどい言い方で、人手不足を匂わせるような口ぶりをしていたのさ。まぁ、実際人手不足ではあるんだろうけれどね。情勢を見れば近衛を頼れないというのも本当だろう」


 カインの言う情勢というのは、おそらく皇国軍内部にいると噂されている帝国の間諜のことだろう。近衛に敵の手の者がいるとなれば、頼れないという言葉も符合する。


「……普通に頼んでくればよくない?」


 ミーティアの率直な疑問。きたきたと言わんばかりの表情で、カインはこれまた気持ちよさそうに答えた。


「向こうにも立場がある。軽々しく下手したてに出れば足元を見られかねない。それだけならまだしも、万が一僕らに主導権を握られては敵わない。たとえ団長さんと面識があり、僕らの身辺調査を済ませていたとしても、そういう懸念は必ず残る。あくまでも僕らが下で向こうが上という構図は維持しなければならないのさ」

「だから進んで下手に出たってこと?」


 反対側に首を傾げたミーティアに、カインは指を鳴らして憎たらしく笑う。


「正解。団長さんから動く気配が微塵もなかったから、代わりに僕がね」

「俺は向こうから言い出してくるのを待ってたんだ」

「こちらから言い出すつもりはない、って態度を汲めないあたり、やっぱり団長さんは交渉下手だね。かなり分かりやすい方だったよ、皇子様のあれは」


 まだまだ経験が足りないねぇ、と表情に張り付けて俺を指差すカイン。鬱陶しいことこの上ない。その指いつか折ってやるからな。覚悟しろよ、この虫野郎!


「なんか私も下手って言われてる気分なんだけど?」


 隣で、不服顔のミーティアがカインを睨みつける。

 俺とミーティアは結果として同じ意見だったわけなので、当然、カインの言葉が突き刺さるのは俺だけではない。

 半目で睨まれてたじろぐカイン。慌てて言い訳を口にする。


「ほ、ほら、団長さんは団長って立場があるわけで、そういう才能も求められる立場なわけだろう? でもミーティアさんは魔術師として雇われてるわけだから、そういうの必要ないでしょ。適材適所、適材適所だって。ね?」

「なぁんかカインくんって自然体でデリカシーないよねぇ」

「それな」


 ミーティアから上がった非難がましい声に、俺はすかさず同調しておく。


「ちょ、団長さん。それなって何さ!」

「お前の言葉は節々に人を舐め腐った感じが滲み出てる。ナチュラルボーンクズって感じだ」

「そっちの方が酷くないかなぁ!?」


 大げさな反応をするカインに、なんと俺の隣からも追撃があった。


「素でそういう人なんだなぁっていうのはすぐにわかるので特に気にはならないですけど、今みたいな『俺会話回してるぜ』感はちょっとアレですよね」

「アリアーレちゃんまで!? ていうか何、会話回してる感って!」


 少しだけ棘のある物言いをするアリアーレ。発言を真似られたのが気に入らなかったのだろうか。

 真相はわからないが、ちょうどいいので俺もついでに棘を刺しておく。


「個々人に話題振って盛り上げているように見せて、実は自分が喋ってる時が一番気持ちよくなるような奴だよな、カインは」

「今この瞬間に関しては絶対に君らの方がデリカシーないよね!?」

「失礼な。俺の半分はデリカシーで出来ている」

「じゃあもう半分は何かなぁ?」

「水分」

「じゃあアンタは百パーセント水だよ!」


 カインの全力全開突っ込み。これには反駁はんばくの余地もない。

 そして、何故か隣から嚥下えんげ音が聞こえてくる。俺が水だと言われてそんな音が聞こえてくるのは何故なんでしょうねぇ。怖いので詮索はしませんが……。ひえぇ、この子こっち見てるぅ。


「エルザさんが水かぁ……」

「怖いことを耳元で呟くな」

「飲みたいです……」

「……」


 絶句し、助けを求めるように正面のミーティアを見る。


 彼女は唇をきゅっと結び、ほんの微かに首を左右に振った。どうやら俺は見捨てられたらしい。ひでぇ、ひでぇよ。もうミーティア・コメットじゃないよ。ミーティア・ヒトノココロナイットだよ。語呂悪いなぁ。


 仕方ないので、馬車の揺れに合わせて自然に身体を引き剥がした。

 しかし、馬車が急停止したせいですぐに再密着してしまう。

 何事かと前方を見やると、ちょうど振り返った御者と目が合った。

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