第17話 作戦会議

 夕餉を終え、空が月夜に満ちた頃。

 順々に入浴を済ませると、ちょうどミーティアとカイルが屋敷にやってきた。二人は転居までするつもりはないらしく、所持品は必要最低限。友達に家に遊びに来たくらいの気軽さである。


 今日はもう遅いので泊まるとのことで、二人も順に入浴した後は寝間着に着替えていた。伴って、いちおう部屋割りもしてある。ミーティアはアリアーレの隣で、カイルはカインとユーリスのちょうど真ん中の部屋だ。


 就寝前に、作戦会議というほどのものではないが今後の方針について話し合う為、全員で客間に集合する。


「さて、今後の方針についてだが、まずは目的の再確認からだ。俺たちの目的は、次期皇帝の首を付け狙う帝国傭兵を探し出し、これを捕らえること。相違ないな?」


 首肯が返ってくる。俺はさらに続けた。


「目下の目標はメラン、アーテル、ノワールと呼ばれていた三人の身柄確保。今朝の戦いからも分かっている通り、一筋縄ではいかない相手だ」


 言うと、件の記憶が脳裏に呼び覚まされたのか、ミーティアが苦い顔をした。


「アーテルって奴、一番やばかったよね。なんであの炎の中を突っ切って来れるのよ」

「あの小僧は正しく狂人であった。世俗の尺度で測ることは出来まい」


 まるで慰めるような色でカイルが語る。

 メランが放った魔法【燃ゆる大地の裁き】は、当たれば間違いなく全身を焼かれて焼死していたほどの火力があった。その火力を維持したまま、ミーティアによって跳ね返された火の中を突貫してきたのは確かに普通じゃない。


 すると、カインが負けじとミーティアを指差した。


「自分が負けたからってわけじゃないけれど、ノワールって女もかなりの使い手だよ。特にあの戦棍メイスは驚異的だ。当たれば即死。掠っても重傷。少なくとも剣で防ぐのはお勧めしないね。団長さんが使っていたくらいの大物じゃなきゃ衝撃で吹っ飛ばされる」


 それは顕然たる事実だ。実際、カインは壁に叩きつけられて行動不能となっている。


「そしてメランの火力は言わずもがな。体感でしかないが、あいつはグリード並みかそれ以上の魔術師だと思う」


 俺の言葉に顕著な反応を示したのは、グリードと同じ魔術師であるミーティアとアリアーレだ。

 特にアリアーレの反応は真に迫るものがあった。


「グリードさんより強いんですか、あの人」

「あくまで感覚の話だ。あいつの方が格上だって言うわけじゃない。そもそもグリードは滅多に本気出さないしな。でも、あの場にいたならわかるだろう?」


 眉根を寄せ、苦慮を見せるアリアーレ。

 魔力の扱いに長けていない俺ですら、メランの魔力操作が卓越していたことはわかった。同じ魔術師である彼女たちは、俺よりも早く肌でそれを感じ取っただろう。それほど奴の使った魔法は威力、質共にずば抜けていた。

 ミーティアがアリアーレの背を撫でながら言う。


「史上二番目の速さで『高位魔術師ハイメイジ』となった魔術師、グリード・アヴァリティア。魔術師界隈じゃものすごい有名人。それと同じくらいって言われると、ちょっと怖気づいちゃうよね」

「グリードさんの話は兄からも聞いてます。酒癖と性格は悪いけど、魔術師としての腕は間違いなく皇国一だって。……勝てますかね?」


 アリアーレの沈んだ声が、全員の肩に重くのしかかる。

 今朝の戦いは、厳密に言えば敗走だ。カイルが道を崩落させて追跡を防いだから逃げられただけで、あのまま戦い続けていて勝てたかどうかはわからない。


 いや、わからないどころか、おそらく死人が出ていただろう。

 少なくとも向こうはそのつもりで刃を向けてきていた。


 場に満ちる漠然とした倦怠感。

 俺はそれを霧散させようと、両の手を強く叩き合わせた。


「戦う前から沈んでどうする。別に古代竜を相手取ろうって話じゃないんだ。やり方さえ考えれば十分勝機はある」


 特にアリアーレを元気づける為に嘯いたが、その言葉に嘘はない。

 今朝の戦いだって、こちらも万全に準備していれば状況は違っていただろうと思うのだ。


 そもそも向こうは敵地での隠密行動中。不意の接敵の可能性も視野に入れた上で動いていたはずだ。


 であれば、接敵を想定していない俺たちが遅れを取ることは至極当然のこと。

 さらには狭く視野の確保できない地下水路という環境で、最も身軽に動けたアーテルが誰に対しても優勢を取れるのも必定だ。


 要は負けて当然。敗走でも、欠員が出ていないだけよくやったと言える。


「やり方って、どうするつもりだい?」


 ソファにふんぞり返るカインが、背もたれに首を預けて天井を仰ぎながら言った。それが人に物を訊く姿勢か。

 俺も上体を思いっきり反って答えてやろうかと思ったが、当然そんなことはせず普通に言う。


「奴らが地下水路に入った経路は、おそらくキヴァニアとロクサの間にある排水口からだ。協会から貰ってきた地図と馬鹿みたいな設計図からして、候補は三つ。川に繋がる二つと、山の麓にある一つだ」


 あらかじめ机に広げておいた地図と設計図を眺め、ミーティアが小首を捻って呟く


「三つなのこれ? 三十か所以上ない?」

「設計図の方で見ればな。実際に生き残っている出口はその三つだけだ。地殻変動の影響でほとんど崩れているらしい」

「なるほどね~……このどっかから侵入して、遠路はるばるキヴァニアまで来たと」

「俺たちに見つかって逃げられた以上、奴らも一旦は撤退するはずだ。それを狙う。地図の有無によっても変わるだろうが、接敵した場所から一番近い入り口でも移動に四日から五日程度は掛かる。地上ならその半分以下だ」

「つまり、伏撃ふくげきというわけであるな?」


 カイルの確認に首肯でもって返答をする。


「え、三か所に二人ずつとか言わないよね?」


 信じられないような表情で見てくるミーティア。まだ何も言ってないんだからそんな目で見ないで。ああくそ可愛いな。よくない性癖爆発してる。


「そんなわけあるか。あたりを付けて、全員で奇襲を仕掛ける」

「どこから入ったのかわかるんですか?」


 アリアーレに問われ、俺は説明しながら地図の上に重しを置いていく。


「団長……ジル・クライヴに現在の検問の配置状況を詳しく聞いておいた。おおまかにはロクサの街と、周辺にある三つの主要な街道。まぁこれは聞いた通りだな。重要なのはここ、河川を二つ横断するロザリンド街道だ。川にある二つの入り口を使うにはここの検問を越える必要があるが、山の麓にある入り口なら街から迂回して到達できる。使っているのはおそらくそこだ」

「根拠がそれだけだと薄いねぇ」


 いつの間にか身体を起こしていたカインが思慮顔で呟く。


「そうか。川の入り口は海に近い位置だ。高潮一つで増水して使えなくなる。文句あるか?」

「検問を越える苦労をしてまでそんなリスクは侵さないというわけだね。まぁ納得できるかな。合格」


 片目を閉じ、俺を指差しながら色気溢れる声で言ってくるカイン。なんだこいつやかましい……。ついぬるぬる踊りだしてしまいそうなほどムカッと来ちゃった。ムカムカっ。

 さて、気を取り直す。


「山の麓の入り口なら最速でも五日は掛かるが、向こうの脚が想定よりも早いと仮定して、俺たちは明後日の朝にキヴァニアを発つ。各自、武器の手入れ等の準備は済ませておいてくれ」

「馬車の手配はどうする? 私そんなに準備する必要ないし、やっておこうか?」


 ミーティアの提案は大変ありがたいが、ここは丁重にお断り願う。


「いや、手配は俺がやっておく。ミーティアはアリアーレの準備を手伝ってやってくれ」

「ん、りょーかい」

「それとユーリス」


 輪に入らず黙ったまま窓際の壁に背を預けていたユーリスが、胡乱な目つきでこちらを見る。


「次は頼むぞ」

「……言われなくてもわかってるよ」


 心の底から不服そうに、というか不貞腐れたようにそう吐き捨てて、ユーリスは部屋を出て行った。

 ユーリスを見送った皆の視線が、閉扉と共に俺に向かう。


 ただただ俺を見ているだけの若干少女一名を除き、どうにかなんないのアレ、みたいな総意をひしひしと感じる。やめろ、そんな目で俺を見るな。勝手に恋敵として憎まれてるだけだぞ俺は。被害者だろ俺。

 いやホント、どうしろと言うのだ……。むしろ俺が助けて欲しいわ。

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