第12話 結成

 協会に着いた後、アリアーレが手続きを済ませるまで俺はエントランスの一角に腰を据えることにした。ちなみにユーリスもアリアーレについて行ったので、ここにはいない。


 現在、俺は独りぼっち。

 そんな俺のすぐ近く、依頼書が掲載されている掲示板の前でたむろする二人組の傭兵の会話が、ふと、耳に入ってきた。


「聞いたか。帝国の傭兵団が東の国境守備隊を襲撃したって話。噂では国境を抜けた少数の傭兵がすでにロクサの街まで来ていて、潜伏しているらしい」

「ロクサって、キヴァニアの隣町じゃないか。もうそんなところまで?」

「ああ。皇子がこの街に来てからまだ六日。いずれは口伝していくことだがこうも早いとな。おそらく皇都にも帝国の間諜かんちょうが潜んでいるのだろう」

「クライヴ傭兵団がしばらくキヴァニアに滞在すると聞いたが、それが理由か?」

「そうかもしれんな。本来ありえないことだが、情報流出の速度を考えれば正規軍の者を近衛にはしておけまい。寝首を掻かれる恐れがある」

「間諜は軍内部の者ということか?」

「でなければ次期皇帝の護衛に外部の傭兵団をあてがうことなどあるまい」

「たしかに」


 なかなか気になる話をしていたので聞き入ってしまったが、そんな俺に声を掛ける者がいる。手続きを終えて戻ってきたアリアーレだ。


「エルザさん、準備できたので行きましょう」


 言われ、立ち上がる。

 アリアーレの背後に控えているユーリスの視線が、店の前の時よりも鋭く冷たくなっている。敵意から昇華して殺意にまで及んでいそうな勢いだ。


 協会までの順路と今ので、流石に彼も気づいたらしい。

 アリアーレが向ける笑顔の質が、俺と彼とではまったく異なるものであると。

 彼からしてみれば、お前さっき恋人じゃないって言ったよな、くらいには思っていそうである。


 しかし、それ自体は嘘でも虚言でもない。

 故にそのことで俺にそんな目を向けられても困る。俺ではどうしてやることもできないのだ。


 教会内の階段を上り、二階の応接室へ。

 中に入ると、すでにユーリスの他三名は到着していた。ユーリスと同年代の男に壮年の男、それから見知った顔の魔術師の女が一人。


 その顔を見て、確かに俺の知り合いだ、と思った。

 魔術師の女ミーティアが、俺を見て小さく会釈する。


「その節はどうも」


 五日前、熊の脅威から救った女性である。

 あれ以来話していなかったこともあって、自然と話題はその方向へ進む。


「ミーティアさん、でしたか。その後、大丈夫でしたか?」


 どういう距離感で話して良いものか判断が付かず、少し言葉を詰まらせながら訊く。

 あの時は緊急事態だったこともあって馴れ馴れしくしてしまったが、そのままの態度を貫くのは何となく変な気がしたのだ。

 それは向こうも思ったようで、ぎこちなく返事が変えてくる。


「え、ええ。おかげさまであの二人も今はもう回復して復帰しています」

「それは良かった」


 特に会話は続かない。しんとした空気が流れる。


「とりあえず座ってから話さない?」


 若い男に言われ、各々着座する。長方形の机を挟んで二対二と一対一で対面する座席配置で、俺とアリアーレが並んで座り、俺側の一人席にミーティア、アリアーレ側の一人席にユーリス、正面に見知らぬ若男と壮年が座る。


 さて、何から話せばいいのやら。

 勧誘を完全にアリアーレに任せてしまっていたせいで、俺は彼らのことを碌に知らない。唯一面識のあるミーティアでさえ、言葉を交わしたのは先日の一見で数言のみ。とても既知と言えるほどの間柄ではない。


 なので、とりあえず自己紹介をすることにした。


「エルザです。すでにアリアーレの方から説明は受けていると思いますが、新たに傭兵団を結成する為、皆さんに声を掛けさせていただきました。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」

「つまらない前置きはいいよ。どうせ入るつもりで来てるんだから。それより条件の話しましょうよ」


 机をトントンと指先で叩きながら、若い男が煩わしそうに言った。

 他の面々も彼の言葉に異論はないようだ。黙っている者と、首肯する者がいる。


「僕はカイン・ローグ。まずは団としての当面の方針と報酬の割合について聞かせてよ」


 そういえば決めていなかった。が、まぁクルトの団と同じ方針でよかろう。


「まずは実績を作る為に協会側が斡旋している依頼を受けていく予定です。報酬は歩合制で一人当たり最大で八パーセント。当面の間は協会からの支援を受けつつの活動になりますが、団が軌道に乗ればゆくゆくは余裕も増えましょう」

「安月給の間、ソロの仕事は受けて良いの?」

「構いませんが連絡はください。現状、二人欠けると団の仕事が受けられなくなりますので」

「じゃあ依頼中に発生した装備品等への損害補償は?」

「団で受けた依頼の場合は基本的にすべて補償しますが、ソロで受けた依頼については自己負担となります」

「基本的に、って言う部分は、特に明言してくれないのかな?」


 カインの指摘に一瞬言葉に詰まる。

 クルトがそのあたりどう決めていたのか、正直あまり覚えていない。どれだけあいつに寄り掛かりきりだったのか今更ながらに実感する。


「そうですね……妥当性の認められない行動の結果生じた損害について補償しない、と思っていただければ」


 少々具体性には欠けるが、「基本的に」という言葉に内包される意味合いは、つまるところこういうことだ。


 損害をすべて補填すると言ってしまうと、それはすなわち個人の身勝手を許すことと同義になる。団の金で直せるからと武器を粗雑に扱ったり、団の金で買えるからと魔晶や備品を大量購入されたりしては堪らない。


 そうならない為に、命令違反や独断専行による損害まで補填することはないと思ってもらえればいい。


「ちょっと曖昧だけど、ま、悪くないね」


 少し引っかかる様子を見せたが、おおむねの部分で異論はないようだ。


 カインは満足そうに頷くと、卓上の羽ペンを手に取り申請書に署名した。隣に座る壮年の男に渡そうとすると、一瞬の間を置き、ペンを受け取る。なんの間だったんだろうと署名を見れば、どうやらカイル・ロードという名前らしい。なんかこの二人名前似てるな……。


 どうやらカインも同じことを思ったようだった。


「へぇ、カイル・ロードって言うんだ。名前、僕と似てるね」

「そうであるな」

「似た名前の者同士、よろしくどうも」

「うむ」


 次いでミーティア、記入済みの俺とアリアーレを飛ばし、ユーリスが署名する。


「じゃあ、これからよろしく頼むよ、団長さん」

「よろしくお願いします」


 机越しに握手を交わすと、カインは眉を下げて言った。


「それと、僕らは一緒にやっていく仲間になるんだから、その仏頂面は直した方が良いんじゃないかな? 笑ってみてよ」

「……」


 言われるがままニコッと笑うと、部屋の空気が一気に冷えるのを肌で感じた。


 当のカインに至っては、握った手から動揺が伝わってくる程だった。誰だ「うわっ」とか言ったのは。ユーリスか。ユーリスだな。ユーリスに決まっている。てか声がもうユーリスだった。五点減点。タコ殴りの刑と行きたいところですが、今俺が百点減点されたので相対的に加点九十点です。相対評価だったことを今知ったよ俺。前もって知れ。


 握手の為に浮かしていた腰を据え、カインはかなり気を遣って言う。


「ま、まぁ、団長さんには笑顔よりも威厳が必要だよね、うん」

「笑うと不気味なのは子供の頃からなので気にしないでください」

「子供の頃からそんなに……難儀な人生だね」


 これぞ苦笑いの極地みたいな顔でカインが俺を見てくる。そんなに憐れむな、惨めになるだろうが。

 冷え込んでしまった空気を変えようと、俺は殊更強く咳払いをする。


「これもアリアーレから事前にお伝えしていると思いますが、申請書の提出と共に魔物討伐の依頼を受けることになっています。協会からの指定日は明々後日。それまでに各自で準備しておいてください。今日はもう解散していただいて結構です」


 そう告げると、まず壮年のカイルが立ち上がった。

 終始、寡黙な武人然としていた彼は、全員にしっかりと会釈をしてから退出していった。隣ではユーリスが依頼の準備を口実にアリアーレをデートに誘っている。ミーティアを見ると目が合った。なにやら言いたげにしていて、立ち上がる様子はない。


 必然的に、次いで立ち上がったのはカインだった。

 彼は退出する前、振り返って俺を見ると、「そうだ」と思い出したように言った。


「団長さん。個性的な笑顔のせいで言い忘れてたけど、その距離を感じるような喋り方も直そうか。良かれと思ってなんだろうけれど、貴方みたいな人の礼儀正しさは距離と壁を作るだけだよ」


 すぐに返事をしなかったのは、図星を突かれたからではない。

 能面のような仏頂面による慇懃無礼いんぎんぶれいさをせめて和らげようと、礼儀には常々気を付けているのだが、なるほど、事も過ぎればそういう印象も与えてしまうのか。

 俺は自戒しつつ、普段通りにカインへ声を掛ける。


「……わかった。よろしくなカイン」

「いいね。もう仲間なんだからこれからも積極的に砕けていこう」


 そう言ってカインは今度こそ部屋を出て行った。

 と、手に何かが触れる感触がある。

 見ると、アリアーレが俺の手を掴んでいた。


「あの、これから依頼の準備に出掛けようって話になってるんですけど、一緒に行きませんか?」


 それって君一人が誘われている話では?


 そう思いユーリスの方を見ると、彼は冷た過ぎる目でこちらを見ていた。もしも視線が質量を持っていたのなら、俺の顔面は塵芥が如く吹き飛んでいるだろう。それくらい力強い目だった。だから俺を睨むな。はっ倒すぞ。

 せっかくの誘いではあるが、ミーティアのこともあるし、ここはお断りさせていただいた。


「すまん。ミーティアと話がある。二人で行ってくれ」

「……そうですか。わかりました」

「悪いな」

「いえ……」


 しゅんと眉を下げ、名残惜しそうに指を絡めてくるアリアーレ。そろそろユーリスの視線が質量を帯びそうなので早く行ってほしい。緊張からか恐怖からか手汗も掻いてきたし。なんとなくこいつ手汗悦びそうで怖いよぉ……。クルトぉ……。


 あまり露骨な拒絶するのも憚られるので、手を軽く握り込むことで拘束から逃れる。

 それを終わりの合図と受け取ったのは、アリアーレも観念して立ち上がった。


「じゃあ、また」

「おう」


 これが今生の別れみたい表情で俺を見ながら退出していくアリアーレ。

 そんな悲しそうな顔で立ち去られると、悪いことなんてしていないはずなのに良心が痛む。今度買い物にでも付き合ってあげよう。


 さて、残るは俺とミーティアである。

 彼女の方へ向き直り、率直に問う。


「何か話したいことがありそうですが」

「え、あっ……私は違うんだ……」


 戸惑うように呟かれた言葉はどうやら口を突いて出たものらしく、ミーティアはしまったと口元を抑えた。

 ただ、その言葉の意味するところは分かったので、改めて。


「すまん。堅いよな」

「う、うん。そっちのほうがいいかも。楽だし……」


 それで気が抜けたのか、ミーティアはふぅと息を吐いて背もたれに体重を預けた。


「じゃあ改めまして、私はミーティア・コメット。今はハーレイ傭兵団で魔術師やってます。って、それは知ってるか」

「いや、名前は知らない」


 そう言うと、ミーティアは「えっ」と眉を上げた。


「あの時うちから依頼受けてたんじゃないの?」

「あれは嘘だ。君を落ち着かせる為の」

「……あぁー、なるほどぉ……」


 羞恥に顔を赤くするミーティア。視線を逸らし、照れ隠しで笑いながら、ぱたぱたと手うちわを扇ぐ。


「そっかそっか。そうだったんだ。はぁー、はずかしぃ……」

「なにがだ?」

「いや、私すっごい取り乱してたでしょ。なんか思い出したら今更恥ずかしくなってきちゃった」

「別に恥じる事じゃないだろう。仲間を守ろうとしてたんだから」


 その言葉にミーティアは照れ笑いして頬を掻いて見せた。


 実際、恥じる事はない。錯乱した状態にあっても仲間を背にして守ろうとしていたのなら、つまりそれが彼女の本性ということだ。ならばそれは誇るべきことで、何ら恥じる必要性はない。


 命あっての物種。故の我が身優先。


 その前提を自ら投げ捨て、仲間の為に命を賭せる。


 そんな勇敢な人間を、どうして嘲られるだろう。


「胸を張るべきだ。なかなか出来る事じゃない」

「そ、そかな……じゃあ誇っちゃおうかなっ」


 恥を打ち払おうと努めて快活に振る舞うミーティア。そう、それでいいのだ。


「それで、ハーレイ傭兵団の方は、退団するってことでいいのか?」


 問うと、ミーティアは眉間に皺を寄せて唸った。

 協会に登録された傭兵団は、書類上は協会の下部組織という扱いになる為、毎月定額の税金を支払う義務が生じる(税金を支払うことで協会が行う各種支援を受けられる仕組み。ソロの場合は少し安くなる)。税金の金額は傭兵団の構成人数や実績から算出されており、その関係で同一人物が異なる団に所属することを協会は禁止している。

 協会に登録していない傭兵団ならば問題ないのだが、今回の場合はアウトだ。


「アリアーレちゃんと話した時は、数合わせの為に出向って形で入団するって話だったんだよね。お礼できてなかったからそれも兼ねて。そんな感じで受けたんだけど……でも人数ギリギリだもんね。私もいた方が良いよね?」

「まぁ、いてくれれば助かるが、アレのお礼で団を抜けろとは言えない」


 それは流石に重すぎる。お礼を受ける側が重荷に感じるのは、もはや精神的拷問と変わりない。

 それはミーティアもわかっているようで、ぷふーっと息を吐いた。


「だよね、そこまでされるとエルザくんも重いよね。どうしよっか?」

「まぁ人員の勧誘はやめたわけじゃないから、予定通り出向って形で大丈夫だ。実戦経験のある魔術師がいない方がキツイ」

「アリアーレちゃんは経験ないの?」

「学生時代に授業で戦ったことがあるとは言っていたが、授業と実戦は神酒しんしゅとドブ酒くらい違うと昔の仲間がよく言っていた」

「変な例えだね。なんとなくわかるけど」


 グリードの例えはいつだって変。本人が変だからそこは仕方がない。

 だが、彼の言っていたことは知らずとも理解できる範疇だ。そもそも学校で教えているのは魔物の倒し方ではなく魔法の扱い方である。教師という絶対的後ろ盾がある中で、相手を選んで戦うことで学生たちの成功体験を育むのが目的だ。


 実戦にはそんなぬるま湯は存在しない。

 教師などおらず、相手も選べない。時には、己の力量を遥かに上回る強大な敵と戦わねばならない時もある。


「魔術師の先輩として、どうかアリアーレを導いてほしい」

「大役だね……気合い入れないと」

「頼む」


 言うと、ミーティアは両腕でガッツポーズをして見せた。

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