第11話 勧誘

「断られた」


 短く告げたその言葉に、仕事中のアリアーレが足を止めた。


「と、言うと?」

「グリードから返事が来た。『断る』だと」


 俺は便箋から取り出した手紙をアリアーレに向けて差し出した。


 手に取って読むまでもないそれを見て、アリアーレは眉を下げて苦笑する。まぁそういう反応にもなろう。何故なら手紙には、指で描いたような『断る』の一言が、紙一枚を贅沢に使ってでかでかと記されているからだ。


 グリードからの手紙を四つ折りにし、懐にしまう。

 親しき中にも礼儀ありの精神で文章をしたため、皇都にいるグリードへ勧誘の手紙を出したのが、今から五日前のこと。


 そして今日の朝、返事が届いたと思ったらこれだった。

 まぁ、あいつも今は別の仕事に就いている。それを捨ててこいとは言えない。


「勧誘ノルマが一人増えたな」

「それについては問題なしです。四人誘ってあるので」

「そんなに?」


 訊き返すと、アリアーレは洗い物を始めながら答えた。


「二人というのは最低人数で、人材は大いに越したことはありません」

「それはそうだが。勧誘、随分と早いな。まだ五日しか経ってないのに」

「協会でソロ向けの依頼を受注していた三人に声を掛けました。後は魔術師の人を一人。こっちはたまたま見つけたエルザさんの知り合いです。本当にたまたま」


 含みのある言い方をするアリアーレ。はて、魔術師の知り合いとな。

 グリード以外に思い浮かぶ顔は特にないが誰だろうか。まぁ口ぶりからして向こうは俺のことを知っているようだが。……アリアーレみたいなことを言い出す奴だったらどうしよう。そうなったらもう恥も外聞も捨てて泣き叫ぶぞ。雨が降ってぬかるんだ地面に四肢をついてうぉんうぉん泣きながら腕をだんだんと叩きつけてやる。泥に塗れながら号泣し、全身で悔しがる大の大人を想像してみるがいい。覚悟しておけよ。

 名も知らぬ魔術師に対し、俺も覚悟を決めておく。ホントに要るか、その覚悟?


「いちおう顔合わせにこれから集まる予定なんですけど、時間空いてますか?」

「特に予定はない」

「じゃあ一緒に行きましょう。協会の応接室を借りてるんです」


 俺はまだ明るい窓の外を見て訊ねた。


「仕事はもう終わりか?」

「今日は早番です。そーだ、聞いてください。朝の仕込み作業手伝ってたんですけど、その時爪割れちゃって……ほら」


 目の前に差し出された細い指を凝視する。

 確かに人差し指の爪が、ほんの少しだけ欠けていた。言われねば気づけぬほど小さいが、アリアーレくらいの年頃にとっては重大事項なのだろう。唇を尖らせて不服そうにしている。

 なんて返したらいいのか俺にはわからないので、結果、ぅぁんとかぉぅんみたいな相槌になった。


 と、後ろから妙に軽薄な男の声が響いた。

 店内を満たす喧騒の中、何故その声の主に意識が向いたかと言えば、その男がアリアーレの名を呼んだからだ。

 首を半分捻って振り返り、横目にその男を見やる。


 仕事終わりの若い傭兵だ。ぱっと見はちょうど二十歳くらい。

 男は下卑たような目で店内を見渡した後、つかつかと俺の横まで歩いてくる。当然ではあるが俺のことなど気にも留めず、男は親しげな様子でアリアーレに声を掛けた。


「待ちきれなくてね、迎えに来たよ」

「こんにちはユーリスさん。洗い物終わったら上がりなので少し待っててください」

「もちろん。君の為なら太陽が七千回上っても待つよ」


 約二十年か。結構待てる男だなコイツ。

 などと、ぼけぇっと考えていると、不意にアリアーレから名を呼ばれる。


「そうだ、ちょうどいいのでご紹介します。この方がお話していたエルザさんです」


 そう振られたので、俺はユーリスと呼ばれた男を見上げる。

 ユーリスは眉を上げて俺を見ると、品定めするような目つきをし、一瞬嗤った。


「ユーリス・エルクレゴ。この度は勧誘をどうも、エルザサン」

「エルザだ。よろしく頼む」


 差し出された手を取り握手を交わす。


 口角が上がってにこやかにしているが、彼の目はまったく笑っていない。まぁ態度から察するにアリアーレに気でもあるのだろう。そんなことで敵視されるのは堪ったものではないので、こちらもできるだけにこやかに心掛ける。


 が、逆効果になってしまったようだ。露骨に怪訝な顔をされた。俺はいつになったら笑顔が上手くなるんでしょうねぇ。まったくエルザくぅん、君は笑顔を作らなきゃって意識してるから駄目なんだよぅ。楽しい嬉しい面白いに触れて自然と出た笑顔ならもっと素敵になるものさぁ。俺の頭の中で勝手に喋るお前は誰なんだ。


 パチン、とアリアーレが両手を叩き合わせたことで、俺とユーリスの意識は彼女へと向く。


「ハイ終わった! じゃあ着替えてくるので、お二人は外で待っててください」

「わかった」

「了解だよ、アリアーレちゃん」


 厨房の奥へ消えていくアリアーレを見送り、俺とユーリスは微妙に距離を開けて外に出る。

 外に出てアリアーレを待つ間も、その絶妙な距離感は保たれたまま。


 道行く人を舐めるように見ているユーリスのことを、俺も舐めるように見つめる。

 比較的軽装で扱う武器は背に携える長剣。装備の使い込まれ方を見るに、それなりの年数、傭兵としての活動歴はあるように見受けられる。


 ユーリスは人を眺めながら流れでこちらを見、敵意の滲む目を向けてきた。

 印象だけで語るのは好まないが、ここまで露骨ならもう確定で良いだろう。


 先の彼の様子なら入団自体はしてくれそうだが、動機は間違いなくアリアーレだ。というかそれだけだろう。彼女に入れ込むあまり、まだ見ぬ他の団員との交流を蔑ろにされては困る。


 傭兵団を運営するに当たって最も気を払うべきは、団内の人間関係だ。

 特に痴情のもつれというのは、団崩壊の原因として最もよく聞く話である。


 人間関係というのは些細な要因で容易に拗れ、またそれによる周囲への影響も馬鹿にならない。当事者だけが傷を負うだけならまだしも、わざわざ組織内で人間関係を拗れさせるような奴は、他の全員を巻き込んで破滅するのが常だ。


 これは直感にすぎないが、彼にはそういう雰囲気があるように思う。


 クルトの団にいた時は、そういうものは彼が上手く執り成していた。そもそも俺とクルト以外、皆中年と言える年齢だったのでそういった面倒は起きようがなかったのも大きい。たまにグリードが余所様で騒動を起こすことはあっても、全員から制裁を加えられるという特別鎮圧法でもって秩序は保たれていた。保たれてるか?


 しかし、あんなものはグリードが相手だからできた方法だ。

 当然、ユーリス相手に同じ手段は取れない。

 だが、いきなりそんなことを言えば反感を買うのは必至。逆にそれ自体が不和の原因になりかねない。

 故にまずは、当たり障りのない無難な話題から。


「ユーリスくん」

「敬称はいらないよ、エルザサン」


 こちらを向きもせず、嘲るような声色でユーリスは言った。

 別に俺からは何もしていないのにこういう態度を取られると、さすがに少し腹が立つ。が、持ち前の鉄面皮でそんなことはおくびにも出さない。


「ユーリ」

「で、アンタはアリアーレちゃんの恋人か?」


 俺の声を遮ってユーリスがそんなことを訊いてきた。エルザポイント一点減点。十点減点でタコ殴りの刑。今決めたそう決めた。

 向こうからその話題を振って来るなら、忠告くらいはしておこう。


「……違う。懸想するのは自由だが、節度は保ってくれ」

「なるほどね。違うなら良いんだ。よろしく頼むよエルザサン」


 手を払いながら興味を失ったように言うユーリス。もう俺の話を聞く気はないようだ。減点しておこう。タコ殴りまであと五点。


 しばしして、私服に着替えたアリアーレが店の中から出てきた。

 それに気づいたユーリスが大仰な手振りで彼女を出迎える。


「私服姿の君も素敵だね」

「ありがとうございます。……そろそろ時間ですし、行きましょうか?」

「だね。時間は有限。大切にしないと」


 アリアーレの手を引いて勝手に歩き始めたユーリスの後ろを、俺は少し離れてついていくことにした。

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