第8話 遭難者
魔法使いにとって鉱物や植物というのは、魔法の触媒として非常に馴染み深いものである。
俺は魔法使いではないが、グリードに付き合わされてよくそういうものの採集に付き合っていたので、この手の知識はそれなりにあった。
たとえば魔晶には天然物と人工物の二種類がある。
天然物の場合、長い時間を掛けて鉱石の性質を変化させるため、魔力の総含有量が多くなる。魔力の多さはそのまま魔法の規模や持続力に直結する為、魔法使いが普段使う杖には大抵天然物が使われる。
人工物は場合、短期的に魔力を流し込むことで魔晶を作り出せるのだが、その分魔力の総含有量が少なく、また、魔晶自体の強度も落ちるので、刻んだ術式によっては数度の使用で砕け散る。土竜の竜に使ったグリード製の魔晶がその例である。
植物の場合はまた違う用途があるのだが、植物ごとにまったく別の活用法があるので一概に説明することができない。が、大抵は術式内の魔力の流れを安定させるために使われる。
こういった物は魔法使いにとっては日用必需品と言えよう。
となると、需要があるなら供給もあるのではないか、という疑問が湧く。
鉱石などは用途も広いので、依頼など出さずとも、市場ですぐに買えるのではないかと。
ところが、触媒として使用する鉱石は未加工の方がよく、加工品を取り扱うことが前提の市場ではあまり流通していないのだ。
鉱石然り植物然り、魔法使いにしか売れない物になど、薄利多売主義の商人は手を出さない。
では厚利少売主義の商人から買い付ければいいかと問われると、実はそうでもない。魔法の触媒というのは
触媒というのは個人によって使いたい素材が異なるのが常だ。
故に、購買側で結託して買い付けることも現状では難しい。
では、それを解決する為にはどうすればいいか。
学生たちは考えた。
たとえば、俺のように団向けの依頼を受けられないソロ活傭兵向けに依頼を出せばいいのではと。
学生が商人から触媒を買い付けられない理由は、その価格の高さにある。
要は利益を得られるよう設定されている価格だから手が出せないのだ。
しかし、利益を考慮しない仕入れ原価ならば、その限りではない。
さらに言えば、今現在俺がそうしているように、この手の依頼は報酬金の安さから大量受注される傾向にある。故に一件ごとの報酬が相場より低くとも、あまり気にはされない。気にしていられないと言った方が正しいかもしれない。俺たちソロ活傭兵は仕事選べる立場にないの。……学生にイニシアチブ取られてるの悲しすぎるだろ。
だがまぁ、そのおかげで学生側は、依頼の報酬を相場よりも低く設定できるのだ。
とはいえ、これはどこでも通用するような方法ではない。
学生の依頼者が多いキヴァニアだからこそ成り立つ、少々異例な関係性と言えよう。
さて、キヴァニアを出てから、馬車を走らせて一時間ほどの地点まで来た。
切り立った崖によって渓谷化している鉱山地帯。魔物が出る上、川の水深が深く、流れの速い渓流もある為、原則として学生の侵入は禁止されている。それも学生の依頼が多い一つの理由だろう。自分で触媒の採集に行けないのだ。
途中、魔物の討伐依頼を受けたらしき傭兵団を見かけた。おそらくキヴァニアに拠点を置く者たちだろう。数日野営をしていた様子なので、魔物と遭遇する心配はあまりしなくていいかもしれない。
地図を頼りに道幅の狭い崖を降り、渓谷を沿って下って行く。
川沿いをしばらく進むと、少しそれた場所に洞窟の入り口が見えた。
人の手が入っていない為、それなりに大きい筈の入り口は草木が生い茂っていてほとんど隠れた状態。光が差して中からでも入り口が分かりやすくなるよう、軽く伐採しておく。
使い捨ての発光する魔晶(約一時間持続)を使って視野を確保。大剣は邪魔になるので入り口付近に隠しておき、狭い洞窟内をゆっくりと進んでいく。
石や砂礫で出来た不安定な段差を恐る恐る下り、さらに奥へ。
すると、岩が重なってしまってそれ以上進めない場所まで着いた。行き止まりだが、天井や壁面を見るに、ここが目的地で相違ない。
依頼書にあった内の一つ、黒水晶の採集場所だ
「手の平より大きい塊を三つね……」
何ともあいまいな基準だが、まぁ大は小を兼ねる方式で自分の手の平を参考に物色していく。成人男性の手の大きさを舐めてもらっては困る。水晶だってほらこの通り鷲掴みだ。……まあまあ重いな。
高温多湿の閉鎖空間での肉体作業ということで、もうすでに蒸し風呂並みに熱い。あまり長居していると危険だ。
予備で二つ、計五つの水晶を素早く採集し、来た道を引き返す。
洞窟というのは進むのも大変だが、なにより脱出する時が最も大変で、ここの体力計算を間違えると容易に死ねる。体力が尽きてしまえばもうそこで終わりだ。腰を据えても高温多湿の空間では休憩にはならず、どんどん衰弱してやがて臨終。誰にも発見されないまま白骨化ルートまっしぐらである。ちゃんと洞窟探検家雇おうね。
汗だくでようやく戻ってくると、入り口で見知った顔とばったり顔を合わせた。
「あ、エルザさん。んなとこで何やってんすか?」
「アマナか」
ジル・クライヴ傭兵団の若輩くんこと、アマナ・ガブオットーくんが、にこにことにやにやのちょうど中間の奇妙な笑顔を浮かべていた。
「つか汗やば。もしかしてなんかの採集依頼っすか?」
「黒水晶を三つな」
「あー。学生の依頼書っすか。相場よりだいぶ低いっすよね、アレ。ちなみに俺らは遭難者の捜索っす。何人か崖から落ちちまったみたいで」
「あぁ、野営してた奴らか」
そう言えばいたなと思いそう言うと、アマナは「そっす」と短く返した。
「そだ。探すの付き合ってくれません?」
「悪いが他にも仕事受けてるんだ。というか、団長に無断で手伝わせようとするんじゃない」
「んなこと言わずに、同衾した仲じゃないっすか」
冗談めかして言うアマナ。人聞きの悪い。お前の寝相が悪すぎてたまたまそうなっただけだろうが。
だが、遭難となれば生死に関わる。ただ無下にするのも目覚めが悪い。
「まぁ、わかった。採集のついでに気を払っておく」
「話が分かるっすねぇ。じゃあこれ、遭難者見つけたら空に撃って知らせてください」
アマナから手渡されたのは、遭難者捜索に際し協会が支給している信号弾用の魔晶。魔力を流し込むと、指向性を持たせた方へ滞留する煙と光を放つ。
「遭難した奴らは川に落ちたっぽいんで、下流に向かって捜索中っす。ここらの渓流、ずいぶん流れ速いんで生きてるかはわかんないっすけどねぇ」
頭の後ろで手を組みながら、何の気なしに呟くアマナ。気持ちはわかるが、それを言ってはならない。
「地元の傭兵団ならそれも織り込み済みの装備の筈だろう。というか、遭難者の捜索は生きてる前提だ。滅多なことは言うな」
咎めると、アマナはばつが悪そうに唇をきゅっと結んだ。
「……っす。すいません。じゃあ俺、捜索戻るんで、見つけたらお願いしまっす!」
走り去るアマナをしばし見送る。
貰った魔晶を懐にしまい、俺は別の依頼書を確認した。次の採集場所は……どうやら下流に向かった先にあるらしい。なんという偶然。神にアマナを手伝えと言われているような気分だ。
俺は小さく嘆息し、隠しておいた大剣を担いで下流へと向かった。
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