第7話 日銭稼ぎ
落ち着かない食事を終え、泥のように眠って翌朝。
身支度をして協会へ向かおうと宿を出た矢先、俺は出会ってしまった。
職場の制服に身を包み、満面の笑みを浮かべているアリアーレに。
「どうして」
俺の呟きは聞こえなかったのは、あるいは気にしていないのか、アリアーレはにこにこと笑顔を絶やすことなく俺の前に歩み寄り、何かを差し出してきた。
「おはようございますエルザさん。お弁当作りました、どうぞ!」
あまりの堂々たる振る舞いに、何故こんな朝早くからとか、泊まっている宿の場所をどうやって知ったのかとか、そういう疑問は彼方へと飛んで受け取ってしまった。
俺が何も言わず硬直していると、アリアーレは両手を合わせて可愛しく首を傾げた。
「これから協会へ行ってお仕事ですよね。お昼に食べてください。包み用のハンカチは自由に使っちゃって大丈夫です!」
「ありがとう」
「昨日は途中からほとんど思い出話になっちゃいましたけど、すっごく楽しかったです。でも入団の件とか中途半端に終わって話せませんでしたし、できれば今日の夜も会えませんか?」
「予定空いてたら行くよ」
「はい、待ってます!」
弁当を受け取ったのとは逆の手が、アリアーレの華奢な指に包み込まれる。
なぞるように指を絡め、五指の感触を十分堪能すると、彼女は満足そうな面持ちで去って行った。時折振り返ってこちらを見ては、小さく手を振ってくる。
俺はその背中が見えなくなるまで立ち尽くしていた。
しかし、いつもまでもそうはしていられないので、ぼちぼち協会へ向けて歩き始める。
思い出話か。
いや、彼女が言った通り、たしかに思い出話ではあった。
俺も知っていて、しかし、俺が知らない視点から語られる昔の話。
昨日、彼女は、俺がクルトや他の仲間と出会い、傭兵団を結成してからの約一年の出来事を嬉々として語った。こんなことあったね、あの時の依頼ってどうだったよね、なんていうありきたりな昔話。
共に同じ時間を過ごし、経験を分かち合った者だけが許される、追憶と悔恨を昇華する行為だ。
それをアリアーレは、然も自分も当時そこにいたような口ぶりで話していた。
それは兄からの伝聞にしてはあまりに情景豊かな語り口で、彼女が当時その場にいた記憶など俺にはないのに、もしかしたら、と錯覚してしまった。
だが、やはりありえない。
アリアーレと面識があるとすればクルト経由だ。しかし妹がいるという話には覚えがあっても、やはり会った覚えはない。
まったく自慢にもなりはしないが、俺自身、十代に入って以降の友好関係はとてつもなく狭いのだ。自分が所属していた傭兵団の親類縁者ともなれば忘れるわけがない。あんなに強烈な個性があればなおのこと。
まぁあまり深く考えても答えが出る問題ではない。
というか、怖すぎてあまり考えたくない。もう忘れたい。さっき指を絡められてにぎにぎされた時とかマジで怖かったんだから。あれ以上あの時間が続いてたらその場で情けなく漏らしてたかも。きたねぇなぁ……。下着は買い替えろよ。
鍛え上げられた下半身の筋肉に精いっぱいの感謝を送り、さて協会へ到着。
エントランスを突っ切って掲示板を確認。協会の承認印が押されている依頼書に隈なく目を通していく。
だいたいの依頼には受注条件と言うものがあり、それを満たしていない場合は「この依頼受けます」と元気いっぱいに言っても協会側は受理してくれない。
目を通した限り、高報酬の依頼はほとんど団向けの依頼だ。つまりソロ活の俺では受注できない。
ソロでも行ける依頼の内容は皇都とさほど変わらず、違いといえば発注者に学生が多いくらいか。魔法の触媒に使う鉱石だの植物だのの採集依頼。報酬金も支払うのが学生な分、相場よりやや低め。
ただ、内容自体は楽そうなので、数を受ければそこそこの収入にはなりそうだ。
何枚か適当に剥がし、受付で手続きを済ませる。訓練がてら愛想よくしようとにこやかな顔を作ってみると、受付のお姉さんが身体をびくと跳ねさせて硬直した。ごめんなさい、勝手に練習台にしてしまって。あと笑顔が下手で。
「お願いします」
「は、はい……かしこまりました……」
お姉さんは終始、こちらの顔を窺っていた。俺って奴ぁ、どうしてこんなに笑顔が下手なんだ。愛想わるこちゃんめ……。
依頼書を確認しつつ手続きを進めているお姉さんが、一瞬、眉根を顰めた。俺に対してではなく、依頼書に対して。
何か不備でもあったのかと思ったが、怪訝そうな顔をしてはいるものの普通に受理されたので、どうやらそういうわけでもないらしい。であれば依頼の内容に引っ掛かりでも覚えたのだろうか。
流れ作業で次の依頼書が重ねられてしまう前に確認すると、鉱石採集の依頼書だった。たしか魔法の触媒になる鉱石。なので、そんな変なことは書いてなかったと思うが……。
「ではこちらの全十三件、確かに受理致しました。納品物の収受は依頼ごとに分けてとなりますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします」
「ありがとうございます」
定型的なやり取りを済ませ、俺は依頼書を荷袋に突っ込んで協会を後にした。
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