第5話 運命の出会い

 竜の討伐と比べれば山も谷もない無味乾燥な十日間の旅を終え、俺たちはキヴァニアの街に到着した。団長が入門手続きを行う間、俺たちは街の入り口付近に滞留し、積み荷の整理を行う。


 作業の最中、俺は遠くからでもよく見えたうずたかい街の外壁を見上げた。




 キヴァニアは皇国で二番目に大きな都市である。


 いわゆる学区として知られており、皇国の住まう学生諸君らは、地位や学歴を問わずこの街に集まることになる。




 俺は学校に行かずに十代の内から傭兵になったので、学生生活とは無縁の人生を送ってきたが、貴族などの高い教養が必要な者や、高位魔術師を目指す者なんかは基本的にこの街の学校に通うことになるのだそうだ。




 そもそもベルガ皇子の護衛依頼もそれが理由だ。




 本来であれば七つの頃には入学している筈が、聞けば皇子は生来身体が弱く、通学は困難であると言われていたのだとか。


 しかし最近になってようやく体調が回復し、人並みの体力も付いてきた今日こんにちになってようやく、晴れて入学することを認められたらしい。おめでたい。




 しばしして街の中に入ると、街並みはまさに都会といった様相だった。


 主要な道はほとんど石畳で舗装されており、街の中を流れる水路も澄んでいて美しい。街路樹は今まさに職人が剪定中で、無造作に生えているだけの樹木は一株もない。


 そんな景観を彩るのは、活気に満ち溢れた人々の様相。




 これが学区。世界一治安の良い街である。


 まぁ、貴族の子息が集まる学区の治安が良いのは、当然と言えば当然。治安が悪かったら盗んだ馬車で走り出す不良生徒が、行く先も解らぬまま暗い夜の帳の中を駆け抜けて、魔物か野盗あたりに襲われて終わるんだよなぁ。




 などと、益体の無いことを考えていると、豪邸の前で馬車が止まった。


 目的地であるベルガ・オル・ヴァリアントの邸宅だ。


 前列の馬車に乗車していたベルガ皇子を、団長が代表して先導している。


 物々しい兵装の衛兵に見守られる中、無事、ベルガ皇子が老執事によって迎え入れられた。


 これをもって、依頼は無事完了となる。




 その様子を、俺は最後列の馬車の荷台から眺めていた。


 老執事が団長に向け、瞑目して言う。




「この度は護衛の任、一切の瑕疵なく遂行していただきましたことを、誠に感謝申し上げます」




 老執事に続き、ベルガ皇子も口を開いた。




「我が皇国にこれほど腕の立つ傭兵団がいると知れば、父上もさぞお喜びになるでしょう。そちらさえよければ、今後ともよき関係を築いていけるとよいのですが」


「有難きお言葉。感謝いたします、ベルガ皇子」




 恭しく礼をしながら謝辞を告げる団長。


 彼が瞑目し、こうべを垂れる僅かな間に一瞬だけ、ベルガ皇子がこちらを見た。瞬きをしたらもうこちらを見ていなかったので、気のせいかとも思ったが、あの真珠のような瞳は間違いなくこちらを見ていた。


 別に、見られたからなんだという話なのだが、なんだか悪寒がする。




 その後、街にある傭兵団管理協会の支部へ向かい、依頼完了の報告を済ませた。


 俺は外部雇いの雑用扱いなので、傭兵団とは別途に手続きをせねばならない。それも慣れたものだ。何故ならこの一年くらい、下請けの仕事ばかりしていたから。雇用先の恩恵を十全に受けられない、契約社員の辛いとこね、これ。


 手続きを終え、団長に呼ばれた俺は応接室へ向かった。




「今回の分の報酬だ。竜討伐に際する功績を踏まえ、当初の額面上の契約から同額分足してある。受け取れ」




 部屋に入ると、テーブルの上に人の頭くらいある麻袋を置かれた。


 中身を確認してみると、三か月は無給で暮らせるほどの大金が詰まっていた。いや、外部の雑用にこれだけ払うって、この仕事どんだけ報酬良かったんだよ。やばいな皇族からの依頼。


 汗ばむ手で麻袋の口を固く閉じ、決して落とすまいと脇に抱え込む。


 それを見た団長は、ふむと唸り、腕を組んだ。




「ギドあたりが吹聴していたので知っているとは思うが、貴様を我が傭兵団で雇ってはどうかという話が団員の中で出てきている」


「俺としては有難い話です。是非ともお願いしたいとも思っています」


「だろうな。だが、貴様はうちでは雇わない」




 まぁ、断られる覚悟はしていたが、いざ言われると返答に窮する。


 何も言わない俺に、団長は短く溜息を吐いた。




「貴様は確かに優秀だ。竜のことだけではなく、道中遭遇した魔物の生態や処理方法なども的確で無駄がない。私も傭兵稼業を始めて長いが、貴様ほど優れた者はそう見たことがない」


「だが、と続きそうですね」




 団長は首肯した。




「そうだ。今回はクルトの紹介があった上、直前で欠員が出ていたが故に雇ったのだ。新人も増えたばかりの我が傭兵団に、さらなる人員を抱える余裕はない」




 それも、団員から常々聞いていた話だ。


 クライヴ傭兵団がアマナをはじめとした新人を多数雇い入れたのが先月のこと。それ自体、討伐任務を受けて出てしまった欠員を補う為のリクルートだ。新人の育成や教育に金が入り用になっていると、何日目かの夜に嫌味な訳知り顔が零していた。


 報酬金を為替手形ではなく硬貨で貰っているのも、そのあたりが原因だろう。




「わかりました。残念ではありますが、臨時で雇っていただけただけでも助かりました。ありがとうございます」


「その代わりと言っては何だが、雑用で外部の人間を雇う必要がある際には、まずは貴様に声を掛けるようにしよう」


「十分助かります」


「うむ。ではな」




 礼をして、俺は応接室を出た。


 エントランスに残っていたアマナらに礼と挨拶をして協会を出ると、俺は真っ先に銀行へ向かう。こんな大金持ち歩けるか、預けさせてもらう! という真夏の太陽より熱いメンタリティで銀行窓口を訪れ、先ほど貰った分の硬貨をすべて預ける。


 手数料を取られるのが痛いが、全額失うリスクを抱え続けるよりはよほどマシだ。大金の入った財布を落とした時の絶望感はマジで異常。空の財布を落とした時のどうでもいい感もまあまあ異常。どう考えても空の財布持ち歩いてる方が異常なんだよなぁ。




 銀行から出た俺は、まず空腹を満たそうと思い至り、近くの酒場に入った。


 まだ昼過ぎだが、今日はもう働く気はない。十日間ぶっ通しの旅を終えたばかりなのだ。上手い飯を食って、美味い酒を飲んで、適当な宿のベッドで泥のように快眠する。今日どころか今後の人生もうそれだけでいい……。




 とりあえず肉料理と酒を注文。




 しばらくして運ばれてきた料理を一口。肉汁が細胞に染みわたる。酒を一杯。酒精が肝臓に染みわたる。今の俺をこんがり焼けば、柔らかくジューシーな仕上がりになるに違いない。いやぁ、お願い、焼かないで……せめて煮込んで。


 食べ終わって宿を取ったら公衆浴場にでも行こう。そうしよう。


 爆速で肉と酒を胃に流し込み、きっちりちょっきりお代を置いて店を出る。




 宿の方向はどっちだろう、と店先で立ち止まると、後ろからドンッと何かに押された。衝撃自体はさほどでもなく俺はよろめきもしなかったが、ぶつかった方はそうでもなかったようで尻もちをついていた。


 見れば、酒場の店員だった。歳は十代半ばほど。もう少し上かもしれない。


 俺はおもむろに手を差し伸べる。




「大丈夫ですか」


「す、すみません、ありがとうございます……」




 立ち上がった店員は、エプロンをぱっぱと払うと、俺の顔を見て「あ、あのっ」と声を張り上げた。


 いや、張り上げたというのはあくまで見た目の勢いの話で、実際はだいぶ裏返ってかすれていたのだが。


 それを恥じたのか、店員は頬を羞恥の朱に染め、今度はか細い声で言う。




「あ、あの、エルザさんですよね?」


「そうですが……」




 名も知らぬ初対面のはずだが、何故俺の名を?


 そんな疑問が符号となって頭上にでも出ていたのか、店員は言い訳をするように両手を前に出して弁明した。




「あの、私、アリアーレ・マクギネスです! その、エルザさんが来るって兄から手紙が来まして……っ!」


「……ああ、クルトの妹さん」




 かつての仲間、クルト・マクギネス。


 今から一年ほど前、貿易商からの依頼で古代竜討伐に赴いた際、片腕を失い、大地を踏みしめて歩くことを永遠に禁じられた男。




 言葉を濁さず言えば、仲間が別離し、俺がソロになるきっかけを作った人物だ。


 無論、そのことで彼に責任があるわけではない。


 そもそも別離自体、最終的には全員了承の上で決断された。


 それに彼は、俺をジル・クライヴに紹介してくれた本人でもある。感謝こそすれ責める気など毛頭ない。




 それにしても、なるほどクルトの妹か。よく見れば目元などに面影がある。それ以外はあまり似ていないが、人を安心させる穏やかな目つきは本当によく似ている。そこだけ切り取ったら、もうほぼ生き写しだ。


 俺があまりに凝視してしまったものだから、アリアーレは縮こまって頬をさらに朱に染め、照れ照れと汗を飛ばしている。いかんいかん。




「……すまない。それで、俺に何か用でも?」


「あ、いえ、用というわけでも……兄から今日到着予定だと聞いていたので、入ってきた時に気づいてはいたんですが……その、声を、掛けなきゃと、思ってェ……」




 雑踏に紛れて消えてしまいそうなほど、細い声で言うアリアーレ。




 別にもう凝視もしていないのにずっと顔を赤くして照れている。何故だろう。意味が解らない。というかそんな反応されると、俺のこと好きなのかなとか勘違いしちゃうからやめて欲しい。初対面なんだからありえないし。もしかすると人か男が苦手なのかもしれない。じゃあなんで大衆食堂なんかで店員やってるんですかね……。いや、別にそうと決まったわけじゃないけど。




 とりあえず、彼女からの応答を待っていては一向に話が進まなさそうだ。ここも店の入り口前だし、そもそも彼女は勤務中。話があるなら後で良いだろう。




「えっと、とりあえずなにか積もる話でもあるなら、仕事終わった後にでも時間取ろうか?」


「ぅえっ。い、いいんですか? 御手間取らせませんか……?」




 そりゃ取らせますね。だが、そう言ったら変な感じになりそうなので言わない。




「別に大丈夫だ。終わるのは夕方頃か?」


「は、はい、そうです! よ、よろしくお願いしますっ!」




 通行人にぎょっとした目で見られるくらいに声を張り上げるアリアーレ。


 いやほんと、どうやって接客業こなせているの、君は。

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