第4話 傭兵団

 竜の亡骸の処理については時間が掛かりすぎるということで、負傷者の輸送を兼ねて街に伝令を飛ばし、傭兵団管理協会が管轄する専門機関であるところの掃除屋に任せることになった。




 掃除屋とは、大型の魔物の死体処理を専門に行う機関である。


 魔物の亡骸の解体作業は、常に感染症のリスクがついてまわる。特に大型の魔物が相手だと傭兵側も負傷していることが前提となる為、人里の近くに出現した場合などは掃除屋に任せるのが定石だ。




 掃除屋が到着すると、まず亡骸に埋まってしまっている団長の戦斧を取り出してもらった。手に平程度のサイズに分けて外皮を切り出していくが、分厚く硬いので遅々として進まない。




 解体すること二時間弱。


 血液で真っ赤に染まった戦斧を流水で洗い流し、満遍なく殺菌処理を施す。


 その作業に最も時間を要したので、俺を含めて他の団員の出立準備はすでに整っている。もぉ~、団長ったらいっつも準備するの遅いんだからぁ。誰だお前は。内なる団長の女か。




 隠れていた御者と合流した後、荷台には荷物だけを積んで、俺たちは徒歩で施設基地へ向かった。その後は、馬車の隊列と合流してから、改めてキヴァニアの街を目指すことになる。


 陽が落ちる前に野営しようかという話も出たが、少し歩けば基地に着くとのことでそのまま夕闇の中を行進する。


 隊列の後ろの方を歩いていると、前を歩いていた粗雑な男――たしかギドと呼ばれていた――が歩調を落として話しかけてきた。




「おう、エルザだったか。案を出したの、お前らしいな。思ったよりやるじゃあねぇか」




 ギドは肩を組んできて馴れ馴れしくしてくる。力加減に遠慮がないので首が擦れて痛い。なんでこいつはこんなに距離感近いの? と思ったが、そういえば元仲間の高位魔術師もこんな感じでした……。酒の場で知らない奴と喧嘩し始めて最終的に肩組み始めた時は本当に意味が解らなかった。ガラ悪い奴って妙にフレンドリーなとこあるよね……。別に嬉しくもありがたくもないけど。


 だから、まぁ、そんなことは口にしない。




「どうも」


「これが終わったらウチに来たらどうだ。ジルの奴ぁ難色示してるがな、俺ぁおめぇを評価してる。このくそったれな稼業じゃあ、ここ使える奴が一番つえぇ」




 ギドは俺の蟀谷こめかみを叩きながらそんな風に言ってくる。


 たった一度の例を持って判断してもらっては困る。俺は別に頭脳派ではない。人より魔物の生態について造詣が深いのは確かだが、それが役に立つ場面などそうそうない。今回の例はあくまで異例中の異例なのだ。




 ただ、ここでギドに乗っかって上手くいけば、クライヴ傭兵団で雇ってもらえるかもしれない。そうなれば魅力的どころか、まさに垂涎ものの話だ。


 ソロ活もそろそろ限界が近いし、みすみすこの好機を逃す手はないだろう。


 ここで笑顔の一つでも浮かべ、是非ともお願いします、と一言告げればいい。ただそれだけ。俺は口角を吊り上げて言った。




「是非ともお願いします」




 ギドは一瞬真顔になり、次いで顔をしかめた。うーん、これは失敗ですねぇ。




「んだぁその顔は。ふざけてんのか?」


「いえ、そんなつもりは。笑顔が下手なんです」


「笑おうとして、んな顔なる奴がどこにいるよ。気色のわりぃ」




 よっぽどの形相だったのか、ギドは腕を離して半歩分の距離を取った。




「おめぇはそのまま鉄面皮でいた方が良い。友達無くすぜ」




 そんなことは言われずとも知っている。生まれてこの方そうだったのだから。


 その後は会話自体なくなってしまい、基地に着くまで無言のまま歩いた。


 先着していた隊列に荷を分け移し、足りない分のテントを張ると、団長が見張りの分担を行って各自着任と就寝。俺は比較的体力が余っているということで、森に面した側の見張り番を担当することになった。




 丸太を並べて作られた柵に武器を立て掛け、俺自身も背中を預ける。体力が余っているとはいえ、夕食も終えたこの時間になるとどうしても眠気が襲ってくる。座っていると絶対に寝落ちする自信があった。


 二人一組で番をするので、入り国を挟んだ反対側にももう一人いる。自俺が勝手に若輩くんと呼んでいた男で、名前はアマナ。




 さっきからちらちらと視線を感じる。


 俺に男色の毛はないぞ、などと思いつつもふと彼を見やると、ばっちり目が合ってしまった。向こうも同じように思ったのか、いたずらめいた顔でにやりと笑っている。何が面白いんだ、はっ倒すぞ。




「さっき飯食ってる時、皇子から聞いたんすけど、土竜の竜って過去一回しか目撃されてないらしいっすね。しかも公的なやつじゃなく個人の記録。なんでそんなもん知ってんすか?」


「正確には一回じゃないですけどね」


「へぇ。じゃあ何体もいたんすね」




 違う。何体もはいない。俺は頭を振った。




「いや、確認されたのは一個体だけです。一回じゃないっていうのは、同一個体を何度も観測しているって意味です」


「ああ、そういうことっすか。……いや、なおのこと、なんでんなこと知ってんすか?」




 露骨に怪訝そうな顔でこちらを見てくるアマナ少年。なんだその目は、知ってちゃ悪いか。はっ倒すぞ。


 とは、もちろん言わず、俺は若者の疑問には素直に答えてあげることにした。




「グラディオール・ベン・ベネディクタの時代に、とある国に土竜が竜に変異したことに気づいた学者がいました。彼はその土竜の住処に足しげく通い、二十年以上の歳月を費やし観察を続け、幼体から成体に至るまでの過程を記録したんです。俺はその記録を読んだことがあるだけ」


「なるほどっすね。え、じゃあ、そん時の竜ってどうなったんすか」


「老衰の末、派遣されてきた遠方の傭兵団によって討伐されました。外見は幼体の竜と変わらないから元が土竜だと気づかなかったんでしょう」




 それに老衰していたのなら、普通の竜よりも弱かったはずだ。公的な記録に残っていないのも、そう考えれば自然なことだろう。




「ちょっと目を離した隙に殺されてたって、相当怒っていたみたいですよ、その学者は」


「あー、もしかしてその学者さんの知り合いだったりします?」




 こいつはアホなのだろうか。グラディオール・ベン・ベネディクタは百年以上前の時代の人間だ。その当時の学者と俺が知り合いなわけがない。


 俺がぽかんとした顔をすると、すぐに自分の勘違いに気づいたアマナは、だはは、と笑った。




「って、んなわけないっすよね。知り合いだったらあんた何歳だって話。そうだ、エルザさんは何歳なんすか?」




 こいつ話の流れ滅茶苦茶だなぁ。自分で言った言葉から勝手に連想して話を展開させる、コミュ強なんだかコミュ障なんだかわからんタイプ。たぶんこいつの場合、知り合い相手には前者で、初対面相手には後者。コミュ強とコミュ障が両方そなわり最弱に見える……。最強に見えろ。


 一瞬忘れそうになった年齢を、頭の中で指折り数える。




「二十五」


「俺は十八っす。来月誕生日なんで実質十九っすけどね」




 だったら十八歳ですね。なんだよ実質の誕生日って。


 その後もアマナの雑談に付き合いながら見張りを続ける。正直、かなりの鬱陶しさを感じているが、眠気覚ましにはちょうどよかった。




 やがて俺の相槌がおざなりになり始めた頃、近くの木陰でがさがさと音がした。




「魔物?」




 アマナが言う。俺とアマナは同時に武器を取り、音の方を警戒した。


 草を掻き分けるような音は止むことなくどんどん近づいてきて、何かがばっと飛び出してきた。


 外灯に照らされて姿がはっきりとしたそれは、茶色い体毛の小型動物。




「……野兎っすね」




 アマナは構えた武器を降ろしたが、俺は降ろさなかった。


 野兎は極めて警戒心の強い動物だ。木の枝を踏むような小さな音でも逃げ出す。それがこんな人が居て、火があって、身を隠せないほど明るい場所に出てくるわけがない。


 野兎は行き場を失ったように硬直し、長い耳をピンとそばだてている。


 であれば、おそらく――




「あ、ちょっと!」




 俺は野兎に近づき、携えた大剣を振るう。


 だというのに、野兎は動かない。いや、動けない。前と後ろ、二方向から同時に危機が迫っていることで、酷いパニックに陥っているのだと思う。


 野兎が現れたのと同じ方向から、さらに大きな影が迫る。


 俺はその影を大剣の腹で打ち返した。




「――!」




 影は木に幹にぶつかって、キュイン、と甲高い声で啼いた。


 野兎を追っていたのは、同じく野兎が魔物化した、通称『殺人兎ボーパルバニー』だ。発達した脚力と鋭利な爪で、狙った獲物の肉をたちまち八つ裂きにしてしまう恐ろしい魔物である。




 ただ、対応さえ違えなければそれほど脅威な魔物ではない。


 鋭いとは言っても所詮は兎の爪なので、金属製の防具を切り裂くことはできない。それに知性の程もそれほど高くないので、基本的には頭や首元を狙って正面から突っ込んでくるだけ。故に頭部をきっちり守っていれば対処は簡単なのだ。




 しかし、ここで殺せば血の匂いに寄せられて別の魔物が来る可能性がある。


 なので、殺さずに追い払わなければならない。まぁ、凶暴化しているとはいえ元は野兎。痛めつければ退散するはずだ。




 殺人兎が地面を踏みしめたのを見て、俺も地面を踏みしめる。


 かなりの速度だが、こちらとてそれを考慮しての動き。渾身の回し蹴りが殺人兎の頭部を薙ぎ払い、再び木の幹に身体を打ち付ける。


 奇襲と真っ向勝負、両方を打ち破られ、殺人兎はまさしく脱兎が如き動きで森の中へ帰っていく。




「はぁー。よく気付いたっすね」




 感心したような声音でアマナが呟く。




「野生の兎が人前に出てくるなんてありえないからな」


「確かに。てか、エルザさん言葉遣い砕けてんじゃん。打ち解けましたっすねぇ」


「……そうだね」




 お前が散々しつこかったからね、とは言わないであげよう。


 持ち場というか所定の位置に戻り、見張りを続行。と、足元に何やら感触があり、見てみると茶色い何かがいた。何かというか、さっきの野兎。




「もしかして懐かれた?」


「さっさと森へ帰……れっ」




 野兎の腹をつま先で掬い、蹴りの要領で森の方へぶっ飛ばす。


 隣から「ありゃもったいない」なんて聞こえた。もったいなくない。結果としてそうなっただけで、俺は野兎を助けようとしたわけではない。魔物を追い払っただけなのだ。


 草むらに着地した野兎はぴょんぴょんと跳ねながら森の中へ消えていく。


 あいつがこの際生き残れるかどうかはあいつ次第。


 自然の中で生きていくとは、そういうことなのだ。

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