第3話 竜、討伐

 馬車は少し小高い丘になっているところに隠した。近くで竜が暴れているのであまり心配はないが、魔物が現れる可能性もあるので、御者に護身用の長剣を渡し、俺は竜と傭兵団が戦っている戦場まで戻ってきた。




 凄まじい大きさのクレーターが出来ており、地中に埋まっていたであろう岩石がそこら中に転がっている。


 その内の一つに身を潜め、戦況を窺う。


 山のように大きい竜が暴れていて、それを四方八方から囲い込んで迎撃している。翼を持つ竜ではあるが飛翔する気配はなく、傭兵団の面々もそれをわかっているのか、地上での持久戦に持ち込んでとにかく疲弊させようという構えだ。




 さらに視線を通わす。


 一際大きい岩石の陰に、負傷者と団長の姿を見た。団長は俺の姿に目敏く気付くと、一瞬顔をしかめた。指示を無視したことに負い目を感じつつ、隙をついて団長のいる岩陰まで走る。




「貴様、何をしている」




 言葉こそ冷静だが、語調は確かな怒気を孕んでいた。


 面と向かって言われる日和ってしまいそうになるが、いまはぐっと堪える。




「彼らには隠れるように言ってあります」


「ならば今すぐ護衛に戻れ」


「俺が来たのは皇子の命令です」


「なに?」




 団長が怪訝そうに眉を顰めると、背にしていた岩石がミシィと音を立てた。


 どこかからか「団長!」と声がして、俺と団長は半ば反射的に左右に回避行動を取る。




 ここからでは見えない攻撃。擬音で表すなら、ズドン、と。


 爆発でも起きたかのように岩石が吹き飛び、砂礫と土煙が巻き起こる。




 ごろごろと転がった俺は、転倒の勢いを利用してそのまま立ち上がると、即座に別の岩陰に走った。


 そして、何が起こったのか様子を窺うと、口から煙を立ち昇らせながら横転する龍の姿がそこにはあった。




 おそらく、上体を起こした状態で、口から魔力の塊でも放出したのだろう。


 奴の体内の魔晶には術式は刻まれていないが、しかし魔力は蓄積されている。あの大きさの魔物なら、心臓部には人間大の魔晶があるはずだ。それに溜まった魔力をそのまま放出するだけでも、あのように呪砲にも匹敵する砲弾となる。




 団長は、無事だ。傍にいた負傷者も、いちおう息があるように見える。


 ひとまずは安心。


 さて、あの竜を倒すためには団長の協力が不可欠だ。


 おそらく団長が持つ戦斧でなければ、奴を倒すための要件を満たせない。


 龍が巨体を起こす間に、土煙に紛れて再度団長に接近する。




「団長、あの竜を倒すための策があります」


「……聞こう」




 皇子の命令云々については団長も後回しにしてくれるようだ。ありがたい。


 俺は岩陰から竜の様子を観察しつつ、言う。




「あの竜を相手に持久戦は意味がありません。こっちが先に力尽きる」


「私も傭兵として長年戦っている。あの体躯の竜ならば、そう遠くない内にスタミナが切れる筈だ」




 団長の言い分は正しい。竜の成長度合いはおおよそ三段階あり、あのサイズの竜は幼体・亜成体・成体の中では幼体に分類される。数時間も経てば疲れて動けなくなるだろう。


 だが、それはあの竜が通常の竜ならば、の話である。




「あれは普通の竜ではありません。外見の特徴ほぼ同じですが、爪の形や、それから腕の向いている方向を見てください」


「……爪は長く湾曲しているな。腕の向きは、関節が……」




 団長は目を細め、胡乱げに呟く。どのようにおかしいのかまでは判然としていないようだが、違和感には即座に気づいた。団長の座は伊達ではない。


 俺は首肯して続けた。




「そうです。あの特徴から推測するに、奴は土竜もぐらから変異した竜です。蜥蜴とかげから変異する竜と違って、土竜から変異した竜はあのサイズですでに成体。だから持久戦を仕掛ければこちらが負ける」


「飛ばなかったのはそれが理由か」




 己の失態を悔いるように団長は言う。


 庇い立てするわけではないが、この勘違いは仕方がないことだ。竜の変異前の動物が蜥蜴であることなど、傭兵にとっては一般常識。それ以外の竜種が存在することなど、知らなくて当然なのだ。




 なぜなら土竜由来の竜は、過去一度しか確認されていないから。


 しかもその一度は、英雄と呼ばれた傭兵グラディオール・ベン・ベネディクタの時代にたった一体だけ、辺境の国での討伐歴があるだけだ。


 戦場で竜と接敵し、即座にその可能性に思い至る方がおかしな話なのである。つまり思い至っている俺はおかしいんですね。大丈夫、オカシクナイヨ!




「土竜から変異した竜か。どう戦えばよい?」




 その問いかけに、俺は脳裏に土竜の解剖図を思い浮かべながら答えた。




「そこまではわかりません。ただ、蜥蜴の場合、竜になった後も骨格は元から大きく変容していない。腕の形状から見て、おそらく奴もそれは同じでしょう」


「そうだとして、どうする?」




 こちらを見ている団長に、俺は指を三本立てて見せる。




「手順は三つ。一つは奴の動きを誘導して翼を広げさせる。腕の動きに応じて伸縮しているのを見るに、あれは肩甲骨から発達した翼です。あれを最大限開いた状態に全員で誘導する。


 二つ、開いた翼の被膜に俺が風の魔法をぶつける。先の様子からも奴は上体を起こした状態で自重を支えることに慣れていない。その上あの巨体です。仰向けに倒れればすぐには起き上がれません。


 そして三つ、団長のその戦斧で直接心臓部を狙う。成体の竜なので即死はしないかもしれませんが、分厚い外皮と骨を断つにはその大物が必要です」




 状況が状況なので、いろいろと説明は省いた。その点は団長も察してくれているだろう。


 だが、それを抜きにしても、彼の表情を曇らせる懐疑的な色は消えない。




「うまくいくと思うか。それに貴様が風の魔法を使えるとは聞いていない」


「俺は使えません。ですが、街を出る前に高位魔術師ハイメイジの友人から貰った魔晶があります。一度きりの消耗品ですが、その分威力は保証します」


「……逃げることは能あたわぬか」




 団長は覚悟を決めたように瞑目し、岩陰から身を乗り出して裂帛した。




「総員! 竜の前方から遊撃を行え! 腕の動きと連動している翼を広げさせるのだ!」




 傭兵たちにとって、それは理解し難い指示ではあったが、しかし洗練された動きでもって指示通りの動きを遂行する。


 竜を相手には木の枝と変わらぬ軽装の傭兵は、俊敏な動きでもって翻弄する。


 竜を相手にも有効打を与えられる重装の傭兵は、剛腕でもって武具を振るう。


 そして彼らを率いる団長、ジル・クライヴは、俊敏な動きでもって、剛腕から繰り出される巨岩が如き戦斧の一撃を見舞った。




 見ているだけでも圧巻の凄まじいチームワーク。


 惚れ惚れするその姿を見ていると、本当に彼らだけでも竜を倒せてしまうのではないかと錯覚する。


 しかし、すぐに首を振って、その幻想を振り払った。




 彼らの動きは確かに洗練されている。


 しかし、団長が放った渾身の一撃さえ、かすかに肉を断った程度。


 足りない。致命に至るには、大いに足りない。


 故に俺は、友人から受け取った魔晶を握り締め、時を待つ。




「――今だっ!」




 戦場に団長の声が響き渡り、俺は脱兎が如き勢いで跳び出る。


 両手に携えた魔晶に魔力を流し込み、砂塵さえ薙ぎ払う颶風ぐふうを生み出した。


 反動で倒れそうになるのをぐっと堪える。


 突然の暴風に傭兵たちは身を低くして耐えている。身体が持って行かれそうになるほどの風が吹き荒び、その直撃を受けた竜の体躯は大きく後方へ仰け反った。




 ぐらりと傾き、竜の体躯が轟音と共に倒れ込む。


 団長が飛んだ。否、その前に、別の二人が飛んだ。風に耐えている最中、団長が最後の指示を出していたのだ。




 重武装の傭兵二人が、同時に竜の胸元へ突貫する。


 倒れている竜は、それを迎撃しようと腕を振るった


 武具と腕が一瞬の競り合いを見せ、お互いに弾き合う。


 そのさらに上空からジル・クライヴが、がら空きになった竜の胸元へ戦斧を槍のように投げた。




「――――――――――――――――――――!」




 竜の慟哭。


 戦斧は先端が突き刺さっただけで、致命には至っていない。


 だが、案ずることはない。


 最後の一撃の為に、若輩くんがすでに動き出している。




「んだらぁああああああああああっ!」




 彼は竜の腹を駆け上り、身の丈ほどある戦槌スレッジハンマーを振りかぶると、突き刺さった戦斧の柄に渾身の力でもって叩きつけた。


 竜の体躯を深々と穿った戦斧は、魔晶ごと心臓部を貫き、竜を絶命させる。


 しばし蠢いていた竜の身体は、すぐに動かなくなった。

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