第7話 ……ストーカー?
国王には他に供をつけられないからということで、たんまり旅費を用意してもらった。転移魔法を仕えたのは大賢者だけだったと言われているので、逆に正体がバレている方が気兼ねなく魔法が使えるかもしれないと開き直ることにした。
恋心を今度こそしっかりとクロウに伝えたい人生だったのに。ギフトは女神様に愛されている証拠とされているけど、私はもっと普通のギフトを与えて欲しかった。
魔法がもっともっと、上達するギフトとか、新しい魔法を開発しやすいギフトとか、色々欲しいものがあるのだよ!!!
魔王討伐に二人で行くだなんて前代未聞のような気がするけど。しかも大々的な告知はしないでこっそり城を抜け出すように行くらしい。ブラウンがそれを提案したのは意外だった。自分が魔王退治に行くという話が出たら、国民が不安になってしまうからと言っていた。
一度ハロルドに暫く協会に帰れないという連絡だけしたいという許可だけもらった。
万が一私が帰って来なくても良いように、二重の魔法をかけたその手紙。私がもし死んでしまったら、開く手紙。遺書に近いもので、何かあれば賢者として名乗り出なさいという、師匠命令にも近い内容になっている。どうなるのか分からない。魔王にかけた呪いがどうなるかも分からないから、保険はかけておくに限る。
城に呼ばれた二日後の早朝、私はブラウンと一緒に魔王退治に行くことになった。
馬を使うかと言われたが、動物は魔物に敏感だ。小さい頃から魔物に対する耐性をつける訓練をしたいない動物だと、言うことを聞かず逃げ出す恐れがあるので丁重に断った。
自分用に準備してもらったリュックだけは空間魔法を使い、無限に収納できるように改造をしている。魔王の対応次第だけど、できるだけ時間をかけずに、交渉できると良いな。
そのためには魔王に会う前に、目の前の敵をどうにかしないといけない。
城を出て、二時間ほど歩いていた。ニコニコ満面の笑みで歩いている、ブラウンが正直気持ち悪い。
「いやぁ、聖女様と一緒に旅に行けるだなんて、思ってなかったので嬉しいです!」
出発前に確認させて貰った地図を思いだす。魔界との大きな歪が産まれるのだとしたら恐らく、北の大地だ。森が生い茂っていて、誰もその奥まで行き帰ってきたことが無いと言われている。魔力感知をしても、そちらのほうから何か強い力を感じている。
「私一人で城を出ていたとしたら、全力でついてくるでしょう?」
城を出て、最初の町で足りない道具を仕入れてから、転移魔法を行い北の大地に行く予定だ。急遽作ってもらった荷物で足りると思うのだが、武具などは実際に目で見て買いたい。
ご機嫌なブラウンは鼻歌でも歌いそうな勢いだった。
「もちろんです。か弱きシャーロットを一人魔王の元へ行かせる訳にはいかないでしょう。そうだ、魔王退治なんかやめて、僕と一緒にこのまま逃げませんか。二人でならどこにでも行けると思うんですけど」
「私は聖女です。国を守る任を放棄するわけにはいきません。ブラウン様は王位に興味があったのではないのですか?」
「無いよ。王位に興味のあるフリをしたらシャーロットが興味を持ってくれると思っただけなんだ」
国民が危険にさらされる恐れが無いのであれば、ブラウンをこのままにしてもいいのだろうか。でも私はブラウンの気持ちに応えられる自信がない。
メロメロの魔法のことも思い出したからか、魔王との繋がりを感じる。私が術者だから。とっくの昔に呪いを解いていると思ったのに。
輪廻転生が終わるのを待っていてくれたのかなと思うと、胸が高鳴る。
姿形が変わっているけど、それでも呪いのお陰で繋がっているのは何という皮肉なんだろう。
「あ、シャーロット、僕以外の男のこと考えているでしょう」
「私も人間です。色々なことを考えます」
「僕は、君のことをずっと好きだったのに、どういてそれに答えてくれないの?」
悲痛な叫び声のように聞こえるブラウンの声。ふと、前世でも考えていた疑問が口から出た。
「私ずっと疑問だったんだけど、私のことをいつから好きだったの?」
孤児を拾って育てたのはハロルドだけだった。賢者として誰かと深く関わることはあまりしないようにしていた。出過ぎる杭は打たれるし、安易に期待を持たれても困るからだ。
人間の輪廻転生を歪めることは、許されない。それは魔法を習う者ならば一番気にするところだ。だから私は隠れて魔法を勉強するようになったんだけど。
隣を歩いていたブランの足が止まる。私は数歩進んだところで止まり、振り返る。
真っすぐ私を見ているブラウンの瞳は、黒く、そして深かった。
魔王の瞳に宿る闇にどこか似ている気がしたのは気のせいじゃない。
人間の魂が闇落ちすると、魔物になることもありうると前世で私は勉強している。ブラウンが闇落ちしそうってことなら、王位継承権があるから余計に、野放しにはできないわ。
ジッと私を見つめてくるブラウンは、心ここにあらずのように思える。
「いつから好きだったって、シャーロット、僕は君のことを一目見たときから好きで、生まれ変わってもまた出会えた奇跡に毎日感謝していたというのに、それすら気が付かずに、いたというのか?」
ブラウンの足元からじわっと、黒い影が出てくる。魔力の無い人間には何も感じられないけど、私にはしっかりと見えてしまった。
これは私が全力でブラウンと向かい合わないといけないのかもしれないわ。
幸いなことにここは街も城からも離れている場所。少し道が荒れたとしても、次に通る人に迷惑が掛かるだけだから、何とかなるかしら。
ブラウンに気が付かれないように、結界魔法を展開させる。半径三十キロメートルにかけておけば、巻きぞいをくらうひとはいないだろう。生物探知をしたけど誰も引っかからなかったし。
でも何か大きな力が近づいて来ている気がする。ブラウンの中に眠っていた力が呼び覚まされようとしているのかな。王族に生まれた人間は元々持っている魔力量が大きいことが多いからそれが原因かもしれない。
「ごめんなさい。正直に言うと、昔の記憶を思い出したのはつい最近なの」
細かく言えばほんの数日前。現世に対して違和感を感じていたが、前世の記憶がチラついていただなんて考えないじゃない。
私の返答にブラウンは、首を横に傾げる。
「つい最近……?君と一緒に魔法を勉強してきたが、前世に引けを取らないくらいに魔法が綺麗だ。それなのに、覚えていなかったと?歴史の授業では先生を黙らせるほどの知識を持っているのに?」
「それは、一度読んだ本の内容を覚えていただけよ」
教会に何故か本が沢山あったのだ。七歳の儀式のときまで、ハロルドに隠れて本を読み漁っていた。今思えば読んでいたことはバレていただろうし、教会に魔法の本が多くあったのも、彼が賢者であるからだ。
知識欲には抗えない人間の行きつく先だと、私は思っている。探求心が強く、でも権力には無関心で、思っているよりも情に厚い人間が賢者に向いている。
魔力量以外にも適正になる理由があるのだ。
「嘘だ嘘だ嘘だ」
ブラウンが地団駄を踏むと、地面に亀裂が入っていく。
魔力を込めているのか、土の下を魔力が伝い、私の結界に阻まれて外には出ていないのを感じた。話し合う前に結界を張っておいてよかった。
ブラウンの瞳は泣きそうな子どものようで、どうして心の底から叫んでいるのか私には分からなかった。
「君は僕に花をくれた。前世と同じ花だった」
「偶然です」
確かにブラウンの妹君たちと花を摘みにと言っても、私は護衛の意味があったけど、その時に摘んだものをあげた。でもあれはブラウンだけではない。国王にも第一王子にも渡している。私の聖女の加護の力を添えて。
「初めて言葉を交わしたとき、前世と一言一句違わなかったんだ。聖女という任務があるから君は本音を曝け出せないだけだと思ってたんだ」
「……一言一句?」
私は初めて会ったときの記憶が全くない。勇者の足から伸びている影が大きくなっていく方が気になってしまう。勇者の剣は退魔の能力がある訳じゃないのかな。全く反応していない。魂が同じだから反応しているだけだったのかな。
そんな剣なら私が鍛え直さないと、また勇者の生まれ変わりが暴走したときに被害が甚大なものになってしまう。
「“君の力になりたい”ってそう言ったじゃないか」
「言いましたっけ???」
聖女として王族と接してきた。一緒に魔法を勉強してきたけどそれは護衛兼、お目付け役も含まれていたから何気ない一言にまで運命を感じられるだなんて思ってない。
「というか、シャーロットもしかして、僕との前世どこで会ったかも覚えていない?」
確信をつく質問にどう答えようか。
勿論覚えていない。彼が悪いというよりも、私の記憶力のせいである。
そして今の彼は暴走寸前のように見える。これから魔王退治に行かないといけないのに、ここで足止めを食っている場合じゃないんだ。
そう、元勇者の魂であっても、今は第二王子なのだ。
私の独断で命を落とさせるわけにはいかない。
「ごめんなさい。まだ記憶が曖昧で覚えていないの」
「シャーロット、やっとみつけたぞぉぉぉ」
バーンと大きな音がしたと思ったらブラウンとの間に見間違えるはずがない、愛しいあの人が立っている。
黒髪黒目で、今は二十代半ばくらいの容姿をしている。
白く透き通る肌は、不健康そうに思えるけど、その肌を汚したいとも思ってしまう。
探しに行こうとしていた魔王が、目の前に現れました。
クロウ越しに、ブラウンの黒い影が大きくなるのが見える。
「ちょっとぉぉぉぉ!!!今僕はシャーロットと話してるんだけどぉぉぉぉぉ。前世でも僕とシャーロットとの恋路を邪魔した悪魔!!!」
腰に帯びていた剣を抜いて、飛び掛かるブラウン。
「危ない」
私が慌ててクロウに駆け寄ろうとすると、クロウの背から魔物特融の魔力が放出し、盾を作るように、ブラウンの攻撃を弾き飛ばす。
「うるさいなぁ、って君も今の時代に生まれ変わってたの??うわぁ。そういうのストーカーって言うの知ってる??」
弾き飛ばされても体制を崩すことなく、剣で体を支えながら立っているブラウン。肩で息をしており、口からは黒い影が出ている。
ブラウンはもう闇に飲まれてしまっている。
「ストーカーはお前だろ!!魔王!!今シャーロットを口説いていたところなのに何してくれるんだ」
「口説く??」
クロウの呟きは低く、そして冷たい音の響きだった。本能が告げている。この二人の前に私がいることは一番不利益だ。今すぐ逃げるのが自分の身を守ることになると。
ブラウンには目もくれず、私のほうに足を進めるクロウ。
どうしよう。突撃して来たときの言葉が正しいのなら、クロウは私のことに気がついている。それなら私もクロウのことを覚えていると口に出すのが一番かな。
「シャーロット、君は俺に呪いをかけた。その呪いを絆だと想ってずっと大切にしてきたんだけど、今口説かれてたって本当かな?ちょっと話を詳しく聞きたいから、一緒に来てもらえる?」
「ちょっと、ま、え」
私の返事を待たずに、クロウはひょいとお姫様抱っこで抱える。背中から魔族特有の羽をだし、風の抵抗を気にしているのか、優しく飛び上がった。
ブラウンはフワフワと飛び上がった私たちに視線を向ける。握られた剣を私に向けながら。
「おい、まだ話は途中だぞ。本当に魔王のことが好きなのか!!僕の方が先に君を見つけたのに、どうして僕を選んでくれないんだ」
先ほどからブラウンの言っていることが理解できない。前世では勇者として私とクロウの密会現場を邪魔してそのままだった。大賢者だった頃はめんどくさい集まりなどは全部断っていたから、勇者と直接的な面識は無かったはずだ。
私を抱きかかえるクロウの手に力が入る。痛いと言えば緩めてもらえると思うけど、私がブラウンのことを覚えていないから、質問をされても弁解できる自信がない。
それよりも何も話していないのに、私のことを連れ去ろうとしているクロウのことが気になる。結界を破かれるまで近くに来ていたことに気が付かなかった。呪いは魂で繋がっているから、私も気が付くはずなのに、どうしてだろう。
抱きかかえられているので、下から彼の顔を覗きこんでいると、少しだけ速度が上がり、尖った耳が赤く染まる。
「そんなに見つめないでくれないか。緊張して上手く飛べなくなってしまう」
「ごめんなさい」
「いや、すまない。詳しい話は城でしたいんだ。アイツが気になるから少し急ぐ。舌を嚙まないようにしてくれ」
今度は私が振り落とされないようにしっかりと抱えこむように抱きしめるクロウ。耳が自然と彼の胸元に近づいたので、心臓の音が聞こえて来た。
トクトクトク。
魔物と人間とは違うと言われているけど、この心臓の音は同じだと思った。
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