第4話 襲われる町
久しぶりに発動させた魔法に酔うこともなく目的地、と言っても教会のある町の中心部に来てみると、みんな一目散に待ちの外に逃げようと走っていた。場所は待ちの中心部の商店街がある場所。黒くてモヤモヤした塊が数体見える。
「魔物が襲ってきた」
「どういて、今は結界がちゃんと機能しているのに」
「人の血を使えばこんなもの簡単に砕くことができるんだぜ」
逃げ惑う人たちの声が聞こえてくる。
混沌、不安、憎しみ。それら全てが奴らの餌になるんだ。
黒くてモヤモヤしたものの形が取られ始める。複数あると思ったが、それは二つの塊へと集約されていく。
「盟約を忘れたの」
黒くて丸い、狼のような姿の魔物の声は少し甲高かった。まだ魔物として生まれ落ちて時間が過ぎていないのかもしれない。二匹の狼のうち、体の大きい狼は話しかけてきた若い狼ではなく私たちから視線を外さない。
話しかけた狼よりも大きい狼が、尻尾を振るう。
「盟約?魔王様が我々の前から姿を消して数百年。主人がいないのなら、守る必要があるのかな?」
「魔王様は人が好きだったのよ。それだけは覚えてるんだ」
小さめの狼の声はどこか嬉しそうで、生まれてまもない生き物は人間にしても魔物にしても純粋なのかもしれないと感じた。
二匹の狼の話を聞いて、私は世界創造の原理を思い出す。
世界を作った女神様は人と悪きものが住む世界を分けた。人は欲深くて、魔族の餌食になりやすいから。
そして魔族の中で「魔王」を生み出した。人の世界に魔物が紛れ込まないようにと願いを込めて。
あの狼は魔王が人を好きだったことを覚えている。だから襲うことを躊躇っているのに、長く生きてきた狼は魔王の気持ちを踏み躙っている。
「あったまきた」
彼は人を愛していた。最初私は不思議だった。だって本気を出せば魔物である魔王の方が強いのに、人間の世界と距離を置くと言っていたのだから。魔王からしたら私たちが懸命にもがく姿が愛しいだなんて、変態の言うセリフかと思っていたけど、本当に変態だったのかもしれない。
私は手に聖魔法と雷の魔力を織り交ぜる。
「ハロルド、私の攻撃に誰も巻き込まれないように、周囲を見回してきて欲しいんだけど」
「でも」
「いいから、お願い!!」
ハロルドは意地でも私のそばにいたい気がしたから、無理やり追いやることにする。全力をぶつけないとやっつけられる気がしない。
過去の自分の力を覚えているからこそ、助けにきたのに誰かを傷つけたくない。ハロルドは一瞬で姿を消し、目の前に残るのは狼の姿をした魔物が二体。ハロルドの結界を破ってきた時点で相当な力を持っていると予想できる。だから余計に全力を出さないと。逃げ惑う人たちの姿は見えなくなっているから大丈夫だと思うけど、敵に力をぶつけた後にどうなるのか予想ができない。
「なんだ人間、その力は」
私の手に宿る雷聖玉(今、命名)をりんごくらいのサイズに凝縮する。相手に当たった瞬間爆発するように念入りに魔力を込める。
「え、ちょ、な」
若い狼がその場にクルクルし始め、反対に年上の魔物はグルグル喉を鳴らす。この魔法は追撃魔法も追加しているから相手にぶつかるまで追いかけ続ける。例え異界に逃げ込んだとしても捉えてみせる。
「いけぇぇぇぇ」
私は目の前に立つ狼の姿の魔物に攻撃を投げる。
投げた雷聖玉は一瞬で相手の元に届き、狼の姿の魔物は霧散する。
「あれ……?」
私の予想とだいぶ違う。逃げられて追いかけ回すのがセットだと思っていた。記憶している狼型の魔物だと、足の速さが自慢だったはず。だから追跡魔法も付与したのに、私の魔法のスピードが早すぎて相手が避ける隙間がなかった。
「あはは、これで一件落着かな」
近くに他の魔力は、感じないはずなのに何か違和感があるなと思い、くるりと振り返るとそこには見知った男の子がいた。
「その魔力は」
物陰に隠れていたのか、少し服が汚れている気がした。魔法を放つ前に探索魔法をかけたけど誰も引っ掛からなかったのにどうして?
「げ、今の見ていた?!?」
私は聖女のキャラに似つかわしくない言葉が口から出てしまった。見たことある顔だと思い、ジィッと見つめてみると、いつも私の後をつけてきた二十歳くらいの黒髪の男子だった。
最近街に引っ越してきて、なんでも「探しものが近くにあるから」と言っていた変わったやつで、挨拶をしてからというもの私に熱い視線を送ってたヤツ。
「やっと昔の力を取り戻したんですね、聖女シャーロット。それとも大賢者シャーロットと呼んだ方がいいでしょうか?」
声を発するとその男の子の体は縮み始め、見慣れた姿になる。
「ブラウン様、どうしてここに?」
今までの彼の雰囲気とはどこか違う。
私は急いで駆け寄った。ハロルドを街の警備に回さなければよかった。異常に執着されている気がするから、あまり二人きりで会いたくないのだ。というか、どうして私が大賢者シャーロットだと思ったのかな。
ブラウンの腰をよく見てみると、普段携えている剣ではなく私の愛しの人を刺した人が持っていたモノと同じものがあった。
伝説の勇者の件は、城に保管されていたはずだ。厳重な結界で誰にも盗み出せないようになっていたはずだ。
「ブラウン様、その剣は持ち出してはいけません」
「まだ気が付かないのか?それともとぼけてるのかシャーロット。また君に巡り合える人生が巡って来るなんて思ってなかった。やはり僕と君とは結ばれる運命なんだ」
ブラウンの瞳に宿る光は、前世私の愛しの人を破滅へと追いやったものではないか?
「……もしかして勇者様ですか?」
言葉に出したくない名前。ずっとそばにいたのにどうして気が付かなかったのかな。私を運命の人だと言い、魔王討伐の暁には結婚してくれと申し込まれていた。
私にはもう心に決めた人がいるというのに、私の言葉は一切聞き入れてはくれなかったのを覚えている。それなのに、私の婚姻が決まってしまった。前世では魔王が勇者を倒してくれて、私自身も死んでしまったからその約束は果たされずに済んだ。
私の問いかけにブラウンは満足したのか、私の頭の上から下まで視線を巡らす。
「やっぱり覚えていなかったんですね。僕はずっと覚えていたのに残念です」
「申し訳ありません」
私はその場に膝をついて礼をとった。仮にも彼は王族だ。私は聖女に過ぎない。昔を思い出したからといって無礼な対応を他の人に見られてしまったら私の首が飛びかかねない。
ハロルドの気配を探るのだが、何かに妨害されているのかどこにいるのか感じ取れない。私が大賢者だと分かったから、犬のように私の後をついてくると思っていたのに。もう二度と置いて行かれたくないって言う、強い意志を感じているのだ。
「シャーロット顔をあげて。今ハロルドのこと探したでしょ?彼にはこの町の混乱を収めるように指示を出したんだ。それより協会に城から手紙が来てなかった?この町に魔物が出たのもきっと魔王のせいだ。手紙読んでるよね?討伐の話をしたくて父上が手紙を出したんだ。勿論一緒に城に来てくれるよね?」
「……勿論です、ブラウン様」
差し出された手を取り、私は立ちあがる。前世でも感じていた勇者への違和感。どうして私にそこまで執着しているの?会ったことないはずなんだけど。
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