第3話 成長した弟子との再会

 いつの間にか私の前にしゃがみ込んでいる神父様が、心配そうに顔を覗き込んでいた。

「どうした?急に固まって」

 ハロルドの名前にも聞き覚えがあった理由はこれだったんだ。

 先ほど見えた景色に思いを馳せると胸がぎゅぅってなった。今頭の中に流れ込んできていたアレは前世の私の記憶、だと思う。

 世界を闇に飲み込む力を持っている魔王は、賢者によって封印されたものとされている。昔から人と魔の戦いはありその終止符を打ったのが大賢者だった私。魔王クロウは人との共存を望んでいたけど、全ての魔族がそれを受け入れていたわけではない。彼にメロメロの魔法をかけたことの副産物ってあったっけと、少しだけ考えながら弟子であったハロルドに笑いかける。

 時間経過で大人になったけど私が見間違えるわけない。

「今記憶が流れ込んできたのよ。魔王と大賢者のやりとりが」

 私の愛した魔王様は今どうしているのかな。そういえばこの部屋に入ってきたときハロルドは魔王がどうとか言ってなかったっけ?

「なんだと??」

ハロルドの眉毛がピクッと動き勢いよくその場に立ち上がったと思うと、彼の体から魔力が流れ出し部屋全体を覆い始めた。

 七歳で神の加護を受けるときに、教会で審査を受ける。審査の内容は自身が持つ魔力の検査になるのだが基本的には水晶を触って、神からもらったギフトを知る儀式でもある。ハロルドはギフトを二つ持っていて、過去を見通す力を持つ。また、その人間のギフトの正体も知ることができるのだ。その力について知ってるのは私だけ。

 ハロルドの魔力が私の体を覆ったと思ったら、スゥッと引っ込み、急にその場に土下座した。

「大賢者さま……師匠お久しぶりです」

「やっと気がついたのか、バカ弟子が」

 私は手編みで懸命に編んでいたマフラーを手放し、魔力を込めた編み棒で続きを編み始めた。

 実際は自分も記憶が流れてくるまで気が付かなかったのでそんな大きなことは言えないのだが、弟子の前ではカッコつけたい。

「大変申し訳ありません。愚かなのはこの僕です」

 床に頭がつきそうなぐらい、いや、実際につけてる。

 コイツはこういうやつなんだよなぁと、私は息を吐く。魔力量が多くて多分長生きするから生まれ変わるコツを教えたはずなのに!!!それなのに孤児を助けることを続けていた。

 私がコイツを拾って埋もれていた才能を引き出した。大賢者だった頃に自分の研究などを進めるためだったのだが、ハロルドにとっては違かったのかもしれない。

「私はもうハロルドの師匠じゃないよ。ちゃんと輪廻転生をめぐって新しい魂になった、今は聖女シャーロットよ」

 同じ名前なのは今更だけど、立場が違う。それに大賢者の頃に苦手だった聖魔法が今は得意になっている。

 顔を上げたハロルドは目に涙を浮かべている。そういえば私が死んでから何年経つのかな。ハロルドの見た目は初老くらいだけど、肉体年齢ってどういうスピードで進んでるのか確認したくなってきた。

「シャーロット様。どうしましょうか?魔王退治に行きますか?」

「行くに決まってるでしょ?」

 バザーに参加するのを楽しみにしていたんだけど今回も参加できそうにない。私が大賢者だと気がついたハロルドは、聖女シャーロットに対する対応よりも丁寧に感じてしまう。懐かしい愛弟子をイジメ倒したいと思うけど、私に依存させるのが正しいとは思わない。そのために色々教えてきたのに、水の泡かしら??

 前世の私は、大魔王と戦うためにハロルドを置き去りにしてしまった。膨大な魔力を潜在的に持っていたハロルドが両親に捨てられた場所は私が魔物退治をしていた山の中だった。

 もちろん私の魔力でハロルドの両親を探して話に言ったけどダメだった。手におえない力を、自分たちが教えきれないと言われてしまった。

 引き取ってからのハロルドも、自分の手に負えない力に怯えていたのが、すごくよく分かったから、責め立てることはしなかった。そして開花した力が過去を遡るものなのはきっと、過去に両親に捨てられた心の傷からだと思う。

「なら、今度こそ僕もついていきます」

「だめよ、ハロルドは王族を守って」

「嫌に決まってます。思い出すのは遅れましたけど、シャーロット様を蔑ろにしてきたのを思い出したので成敗してやりますよ」

「それはだめよ。私が魔王から世界を救った時に人が生きられる場所がないと何のために私が世界を救ったか分からないでしょ??ハロルドが国を守って」

 実際に王子も二人いて、碌でもないのは第二王子の方なので、ハロルドがそれ以外の王族を守ってくれたのなら何とかなると思う。

 一緒に魔法を学んできたから、その確信は持てる。

「それに全知の賢者様が守る以外に安全な場所はないわ。貴方が自分の身を明かしてないから、誰もそれを信じないかもしれないけど。明かすつもりはないの?」

「ありません。僕が生きてるのはまた貴方に空いたかったからです。貴方が望むなら国を守ります」

「ありがとう」

「それに貴方のそのギフトは危険です。華やかな場所にも行けますが、万が一国王がその力を知ったら大変ですからね。僕が身近で守らないと」

「心得ているわ。私が好いた人が居たとしても、簡単には身を委ねるつもりはありませんから」

 大賢者だった時に恋に落ちたのはたった一人の、大魔王様。神経を研ぎ澄ませてみれば、あの人の魔力を微量に感じる。魂に刻まれた魔法。相手が拒否すれば解ける可能性もあるのに、魔王は解こうとしていない。

 記憶が突然戻ったけど、さてどうしたものか。

 輪廻転生で縁が消える、魔法も解除されると思っていたんだけど、あの魔法にそんな拘束力あったっけ??

「好いた相手と添い遂げられない辛さがあるかもしれませんが“絶対強者を産み出す”のであれば、一層、先に産んでしまうこともありなのかもしれません……」

「私は恋をしたいし、生まれてくる子には罪はないは。絶対強者なんて、生まれて来なければいいのに」

 私の産んだ子供全員に「絶対強者」のスキルが発動されるのであれば、きっと国は混乱してしまう。真っ当な人になればいいのだけどそうでなければパワーバランスを崩してしまう。

 第二王子に気に入られていて恋愛相手に見られたら困る原因の一つだ。七歳の時の儀式のときは、ハロルドだけが私のギフトの詳細に気がつき、咄嗟に「聖魔法の使い手」である、聖女様の誕生だと誤魔化してくれた。なので表向きは「聖魔法がとても得意なギフト無しの聖女」ということになっている。大賢者だった頃の知識を活かして活動をしているので、割と誤魔化せている。ギフト無しで生まれてくる場合もある。大抵魔力が多いとか違うところが優秀なのであまり気にしている人はいないけど。

前世でも平穏な日常が遅れなかったのに、今回もまた遅れないのかな。

 幸せになりたい、好きな人との間に子どもを産んでみたいって願っていただけなのに。

「僕もそのギフトを見るのは初めてなんです。対策方法が分かれば良かったんですけど」

 うな垂れるハロルドの仕草が懐かしくて、私は緩みそうな口元を誤魔化すために、口元に手を当てて隠す。

「賢者となるまで生きたのに、初めてのギフトってことは、滅多に無いのよね。まぁこんなギフトがあったら王族が欲しがるか、逆に暗殺するかの二択よね」

 私も前世このギフトについて何一つ知らない。隠しているのは、王族にギフトを知られたら、不味いと思い私は基本的にギフトを貰えなかったと言いふらしている。聖魔法が強力なため、ギフトが無くても十分に生きていけるから誰も不思議に思っていないけど。

 ハロルドの視線は昔から変わらない。私のことを師匠だと思い出したからかもしれないけど、生真面目なおじさんっぽい雰囲気から一転優秀そうなおじさんに変わっている。

 教えてあげたいけど、口に出したら怒られる気配しかしないから言わないけど。

「知っていたら対策も取る。好いた相手が出来たなら、相談しなさい、いやしてください。全力でお守りします」

「はいわかりました、神父様」

好いた男性は魔族の王様で、そのことはハロルドには話していない。反対されたら私はどちらの応援をすればいいのわからないし。いやこの場合は私が二人とも倒してしまえば問題ないのかもしれない。最悪はそうしよう。

魔王は聖魔法に弱いし、ハロルドは私に弱いから、全力で挑めばどうにかなる。

 私が好きな人の子を産んでしまったら、世界が恐怖に怯えてしまう。心にひっそりとしまっておかないといけない秘密かもしれない。

「神父様、独身ですよね?」

「子を産むというのは生半可な覚悟でしてはいけません」

 ハロルドの瞳は真剣そのもので、私は軽はずみに言ったのを少しだけ後悔する。このめんどくさいギフトのせいで幸せになれないかもしれないなら、生まれた子どものことを考えられる相手との子を望むのはダメなのかな。ハロルドなら私のことを大切にしてくれるのが理解できたし。

「キャァァァァ」

 思考の淵に落ちていた私の耳に、女性の叫び声が聞こえる。北の国境付近の村だが治安は良く、ハロルドが街全体に結界を張っているはずだから魔物が来たりするはずはないのだ。

「町の方から悲鳴が聞こえたわ」

 私は勢いよく立ち上がると、ハロルドも立ち上がった。表情はいつもの「神父・ハロルド」に戻っているので少し安心だった。町の人の前でハロルドが私にへりくだる様子を見たくない。折角自分の居場所を見つけたハロルドが私のせいでそれを崩して欲しくないのだ。

前世の話はしたくない。思い出話はしたいかもしれないけど、今と昔はもう違う。過去に依存して未来をみて頑張ることを諦めて欲しくないのだ。

「シャーロット様は、ここにいてください」

 ハロルドの口調が丁寧になっている。私が大切なのは分かる。でも大賢者だった記憶藻あるし、聖女として生きてきたからこそ、このままここにいちゃいけないってのだけは分かる。

「いるはずないでしょ?私も行くわ。貴方も私のことを思い出したなら、遠慮なく魔法が使えるってものよ!!」

 何かの拍子に自分の前世がバレてしまうと困るから、聖魔法以外は使わないようにしようと心に誓ったけど前言撤回。歴代の聖女はだいたい聖魔法に振り切っていて、他の魔法が不得手だったからだ。大賢者時代に編み出した魔法は、そう簡単に発動できないものも中にはある。でもそんなことは言っていられないのかもしれない。

 私は手を挙げると同時に、魔法陣を展開させる。抜け目のないハロルドはその魔法陣の中に滑り込んでくる。

「転移酔いしても、知らないからね」

 久しぶりに使う魔法。昔は好きだったから良く発動させていたけど、緊急事態だ。誰かに見られたらハロルドの魔法だったということにしちゃえばいい。

 魔法陣に飛び込んできたハロルドは、胸を張る。

「師匠の魔法が気持ち悪いはずありません!!」

 自信満々に言い切るハロルド。昔の記憶に残っているよりも何かこう、拗らせているように感じてしまうのは何でだろ。長い時間を一人で生きてきたから、迷子になってしまったのかもしれない。

 ごめんね、私は昔も今も君を異性として見たことがないんだ。さっき私とは子どもを作りたいって言わなかったし、私に対して恋愛感情は持っていないって考えていいわよね。


 一つ分かっているのは、私のギフト【絶対強者を産み出す】は私が産む子どもが最強なのだ。誰も倒すことのできない人を産み出すのだ。

 ただ、それだけ。

 それならそのギフトの逆【絶対強者を倒す者】のギフトとかないのかしらと、ふと考えてしまった。

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