第2話 前世の記憶

 魔王様には絶対に秘密だけど、私は一目ぼれしてたんじゃないかって思ってる。


風が強く吹いている中に人影があった。建物は全て破壊され廃墟となっている場所に、魔族だったもの、人の体の一部が飛び散っていた。

悲惨な戦争を避けるために魔王と話をしようとして密会をしようと、フィーギル王国から見て南に位置する森近くの村に集まった。

私が好きな場所だったから見て欲しくてここを選んだ。優しい魔王様に自然を見て欲しくて、共存を夢見ていたからこそこの平和を続けたいと思ってくれると思ったから。

それなのに、いの一番で戦争の火ぶたを勇者が落とした。

誰にもバレないようにしていたはずなのに、勇者に選ばれる人間が持っている固有スキルが発動して密会現場が戦争の中心地となってしまった。

二人だけの櫃だったの。当時大賢者と呼ばれていた私は、魔法の研究をするのが大好きで、人には特別興味が無かった。弟子を取ったのは自分の研究がもし途中で終わってしまったら困ったから、その続きをしてくれる人を探していただけ。

魔法が好きすぎるあまりに、魔族の住まう異界に足を踏み入れた私の度胸を買って、魔王から私に相談を持ち掛けてきた。

人と魔族が争わずに生きられる世界を作りたいと。最初は私のことを騙そうとしているのかと思ったけど、話を聞いていくうちに彼の理想が叶えば生きやすい世界になれると思ったから、頑張ってみようと思った。

定期連絡を取り合っているときに、勇者が襲ってきた。

 彼が“世界”を滅ぼす存在なのではなく、欲にまみれた人間を中心に魔物が集まって来て戦いが起きるのだと知った。元々が住む世界が違うのだから、必要以上に枚割らなければいいんだって話していたの。

 不意打ちで襲ってきた勇者との戦いで、緑に溢れていた南町は壊滅状態になってしまった。何もしていないのに、命を狙われた魔王は反撃をしなければ命がとられるから、反撃せざる、おえなかった。

 竜巻のように彼の周囲を魔力の渦が巻いている。幼子のように自分の足を抱きしめてうずくまっている彼。私は彼の心を守るために、住民たちの非難に全力を尽くしていた。避難は間に合ったので、村は壊滅状態かもしれないが怪我人は勇者以外出ていない。

「クロウ」

魔王を呼ぶ名を私は特別に与えてもらった。悲しまなくていい、傷つかないで欲しかった。

人間は弱いから、強い者を見つけると問答無用で攻撃してくるだけだから。貴方の優しさを一番分かっているのは自分だと知っていることが嬉しいと言ったら、怒るかしら。

「シャーロット」

 あぁ、私は前世も今世も同じ名前なんだって、今思い出した。懐かしい名前の響きだと思ったら、大好きな人にもう一度名前を呼んでもらいたくて、無意識に同じ名前にしたんだ。

「彼の者の心は、我が物に。誰にも覆すことはできず、そしてその楔は永遠に我が手の中にあり、楔を解く鍵は不滅の愛」

 悲しむ彼の心を守るには、生きる時が違う私が貴方の心を繋ぎとめるには、これしか思いつかない。

 彼が人を恨むようになって、誰かを襲い始めたら嫌だから。

 私の心は貴方と共にあると、伝えたくてふざけた魔法をかけた。大賢者として恐れられていたけど、やっぱり魔王との魔力差があり、全身全霊を振り絞った。

「ぐはっ」

 私は魔王の目の前で倒れ込む。口から生暖かいものが流れている。この魔法が利いている間は、人間たちも安心できるでしょう。

 相手をメロメロにさせる魔法。少しアレンジを加えているので、誰にも魔王の心は奪えない、愛した人と同じ人種を傷つけることができない。

 私の魂が輪廻転生で新しく生まれ変わったら、解けてしまうかもしれないけど。人々には安心が必要だ。魔王が暴れ始めているわけではなかったのに、どうして勇者が不意を突く形で魔王を襲ったのか分からない。

 世界を愛した人に、私だけを見てと言えなかった重たい乙女心が分かるとは思わないけど、少しの間だけでも、私だけを見ていて欲しいの。

 気高く誰の妨害も跳ね除ける、世界で一番強くてカッコいい魔王様。漆黒の瞳と髪色は闇に溶けて、そのつかみどころが無いと思っていたけど、無邪気なところがあるの。

 倒れた私を抱きかかえる魔王・クロウの瞳は涙で溢れていた。

「どうして、全力で俺に魔法をかけた?そんなことをしたら、自分の命がどうなるか分かっているだろう」

「……うん。でもこのままじゃ貴方は悪者になっちゃう……」

 魔王の力が弱体化して人間に悪さができなければ、見逃してもらえるかもしれない。

 ポロポロと落ちてくる涙が、温かくて、彼の心を蔑ろにしてしまったことを悔やむ。

 一緒に逃げる選択肢も、残しておけばよかったのかもしれない。

「幸せになれないなら、世界なんて、壊して仕舞えばいい。君と一緒に生きられない世界なんて無くなってしまっていいんだ。共存したかったのも、君を手に入れたかったからなんだ」

 思ってもいないタイミングで、クロウからの愛の告白。知っていたのなら命がけの魔法を使わなければよかった。

「魔王、様……」

 胸が苦しくて、口の中は血の味がして貴方を救いたかった。

世界の秩序を守るのも大賢者の定めなのだとしたら、次は普通の女の子に生まれたい。魔王に恋をしても許される立場であったなら、私は貴方の手を取って、どこまでも行けたのに。

 悪いのは私が人間で、しかも大賢者の立場に生まれてしまったこと。

「それ以上喋るな、体に障る。人の体は、えっと、今は魔力が枯渇しているのか」

 クロウの体から私に魔力が流れ込んでくるのを感じる。魔力の種類も違うし、魔力回路をぶっ壊すくらいの勢いで彼に魔法をかけたから、どれだけ魔力を注がれても生きられな。

 足りない分の魔力を、生命力を使ったから。

 不老長寿の魔族にと人間との違い。

「だい、じょうぶです」

「大丈夫じゃないだろう」

 私を抱きかかえるクロウの手に力が入る。クロウも自分にかけられた魔法を分かっていて、解呪をしようとしていない気がした。

「貴方の心を私にください」

「全部やる、だから逝くな」

 悲痛な叫び声。こんなにも純粋な魔族なのに、力が強く魔王になっているだなんて。

「貴方が他の人、に取られないように、魔法かけたの」

 私が大賢者と呼ばれる前に作った魔法。好いている人を自分のモノにする、のは禁忌の魔法に近いと言われ禁じられた。まだ魔法を上手く使えていなかった少女の頃に作ったこの魔法を使うときがくるだなんて思ってなかった。

 でも相手が魔王様なら、誰も止めないよね。

 先ほど紡いだ魔法の続きを紡ぐ。これで完成。

 これで、が貴方の顔を見るのが最後になってしまう。

「全知よ、彼の運命の糸は、ただ一人の人と結ばれ、他の人には決して解けぬ、呪縛。愛しい人ただ一人だけを愛し、他の人を愛すると言うならば、1000年の呪いがかかるだろう。誰も愛せない、呪いを貴方に」

 私のことだけを見つめる魔法。他の誰かを愛するならば、1000年の呪いが発動する。不老長寿になる代わりに、誰かを愛したとたん、死に至り、一週間後に復活すると言うもの。

 メロメロの呪いといえば可愛いもののように思えるけど、実際は全然可愛くない、呪い。

 人間相手に使ったら何が起こるのかな。浮気防止に作っただけなのに、それ以上の悪意を感じると、師匠様に言われたっけ。

「俺はお前以外を愛さない。だから、その呪い、お前との絆として受け取ろう」

「変わった、人……」

「いい、もう喋るな」

 クロウに抱きしめられている気がするのに、もう何も見えない。

 どうして?温もりを感じるはずなのに。

「人の魂は輪廻転生として生まれ変わると聞いている。また俺の腕の中に戻ってこい」

「うん……」

 戻れないかもしれない。だって人と魔王では生きる時間が違うし、輪廻転生を超えたら私が忘れてしまう。

 前世を引きずったら、新しい人生を生きられないから忘れるのが常なんだけど……。

 魔王の彼がそれを知らないはずがない。


「必ずだ。もし忘れていたとしたらもう一度俺に恋をさせるからな……」


 魔王様の声が近づいてきたと思ったら、唇に何か触れる。

 鉄の味しかしない口なのに、心がぽわっと温まった気がしてそのまま意識が途切れた。

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