31話 セイレーン

「凄い……!! あれが、海なんだ」



 眼下に何処までも広がる大海原に、奏は大層感動しているらしい。

 それもそうだ。奏は今まで、本物の海を見たことがない。俺の記憶を通して知識は得たものの、本物の雄大さなど知りよう筈もない。



「ふっ……。ほら、行こうぜ? もっと近くで見よう」

「うん!」



 ちなみに、ここまでは転移で直接来た。

 けれど、ここから先は領地ではない為徒歩で行く必要があるのだ。まぁ折角の2人の時間だ。セイレーンの勧誘は勿論大切だが、のんびりと満喫させてもらおう。

 シンシアにも言われたことだしな。



「あっ、ねぇ創哉!」

「うん?」

「肩車、してよ。もっと高くから見てみたい」



 にへらと笑って、ダメ? と首を傾げて俺を見上げる奏。



「勿論良いとも。それじゃあ、行くぞ!」



 奏の股に頭を通し、立ち上がる。



「おお~っ!! 凄いすごーい!! キレイ!!」

「ふふ、そうだろ。悪いな……俺が空を飛べれば良かったんだけど。そうすれば、もっと高くから広い世界を見ることが出来た」



 そう。俺は空を飛べない。

 魔力放出によって空を跳ぶことは出来るけど、安定した飛行が出来ない。前々からちょくちょく試してみてはいるのだが、中々上手く行かない。

 空を飛ぶイメージは、当然出来る。けれど、空を飛べて当然という認識が出来ないのだ。スキルはともかく、魔法というのはイメージが全て。

 魔力が高くても、精密にコントロール出来ても、成功の・・・イメージを持てなければ、魔法は失敗する。だから俺は未だに、実に宝の持ち腐れだが高く生まれ持った魔力を無色な魔力のままでしか扱えていないのだ。

 本当は魔法を使ってみたい。けれど、魔法とは何ぞやというイメージがないから難しいのだ。こんなことだったらもっと魔法少女ものとか見とくんだった。

 紗耶香が魔法系のアニメより肉弾戦で泥臭く殴り合う奴や剣で斬り合う奴の方が好きだったから、当然俺もそれに従い魔法系のアニメを全く見なかった。よって魔法が分からないのだ。『ちちんぷいぷい』は分かるが、どういう原理なのか全く分からない。理屈が分からないと、成功するイメージを持てない。

 なんとも、もどかしい現状である。



 閑話休題。



 ともかく、そんな状況である俺の飛行魔法では流石に危な過ぎるので、もっと安定して空を飛べるようになるまではお預けなのだ。空中散歩デートとか、してみたいんだけど……。くそぅ。



「ん~ん。気にしないで! 肩車、好きだよ私。創哉と触れ合っていられるから」

「……もっと、練習しとくわ」

「えぇっ、だから良いって~」

「だって、背中に乗せて飛んだ方が触れ合えるぞ。それに! いつか奏をお姫様抱っこして空を飛んでみたいんだよ! だから、もっと練習しとく!」

「……そっか。へへっ。じゃあ、応援してるっ!」

「おうよ!」



 そう言って俺は、ギターケースを背中に吊るし、更に奏を肩車した状態で山を降りセイレーンがいるという情報のある北方の海へと向かった。







◇◇◇







「La~La~」



 濃霧が立ち込める海の、3mほど高さのある広い岩礁に美しい女性がポツンと座っている。六枚三対の天使の如き白翼が背から生えており、下半身はピンク色の鱗に覆われた魚のソレ。腰辺りまで伸びた、ピンク色のゆるふわな髪をポニーテールにしている。髪の隙間から覗く耳はトゲトゲとしたピンク色のヒレである。



ポロロン、ポロロン。



 妖しくも美しい声で歌いながら、彼女自身よりも大きなハープをかき鳴らす。

 すると霧の向こうから人間たちの船がやってきて、衝突し合い難破する。

 見れば船員たちは、自分達が乗っている船が崩れ海に飲み込まれようとしている今もなお、目を虚ろにして惚けた顔のまま立ち尽くしている。



パチパチパチ



 突如、彼女以外正常な思考を持つ者が存在しない筈のそこに、拍手の音が響き渡る。



「っ誰!?」



 警戒するように、彼女は鋭い目つきで周囲を見渡す。



「いやぁ、すまない。実に見事なお手並みだったものでね。抑えられなかった」



 霧の向こうから現れたのは、少年と少女。

 至って普通の人間の子供にしか見えないが、彼らは彼女と同じように人間にとって害となる瘴気を放っている。

 

「……もしかして、噂の新しい憤怒の魔王様?」



 彼女が探りを入れるつもりでそう聞くと、彼は驚いたように目を見開くとあっさりと肯定した。



「魔物達の間でも噂になってるとは意外だな。その通り。つい最近魔王になった神崎創哉だ」

「カンズェアキソーヤ? 変わった名前。言いづらい。それに長いし」

「あ~。……うん。おっけ! 創哉で良いよ。こっちは俺の嫁さんの奏」

「ふ~ん、ソーヤにカナデね。私はセイレーン。元人間のアンタ達と違って個体名はないわ。で? 私に一体何の御用かしら? しかも奥さんまで連れて」



 なんて聞きながらも、セイレーンは彼らが訪れた理由を察していた。

 むしろ、それ以外にないだろうとすら思っていた。魔王がセイレーンのもとに妻を連れて訪れ、しかも楽器らしきものまで背負っている。

 もはや答えは見えていた。けれど、あえて、彼女は問いかけた。



「勿論、君を口説きに来たんだ。俺の眷属になって欲しい」



 やはりだ。噂の新しい憤怒の魔王は、元人間の迷宮主ダンジョンマスターらしいとは聞いていた。だから、そうだろうなとは思っていた。



「へぇ~? そんなもん背負って奥さんと来てるってことは、私達の好物は知ってるんでしょうね」

「あぁ。歌が上手い愛し合う男女、が大好物らしいな」

「その通りよ。……いいわ。アンタらの歌が気に入ったら、眷属にでも何でもなってあげる。ただし、気に入らなかったら殺すわよ。この海という領域において、私達セイレーンはトップクラスに位置している。海神のリヴァイアサンには敵わないけど、あの化物はもっとずっと東に巣食ってるから、この辺りの海では関係ない。まぁ、何が言いたいかって言うと、私達はその気になれば特大の津波を引き起こせるってことよ。海、ひいては水は私達の味方なの。好きに操れるし、無から生み出すことも出来る。アンタのダンジョンくらい容易く飲み込んじゃうでしょうね」



 警告するように、セイレーンは言った。

 

「分かっているさ。覚悟は出来ている」

「……ふ~ん。よっぽど自信があるのか、それとも馬鹿なのか。後者じゃないことを祈っとくわ。それじゃ、聞かせてちょうだいな。アンタらの渾身のラブソングを」



 挑発するように嗤って、セイレーンは指をパチンと鳴らして辺りの濃霧を晴らすとその豊満な胸の前で腕を組むと、片手で頬杖をついて聞く姿勢に入った。



 それを確かめた2人は視線を合わせると互いにコクンと頷き、奏は目を瞑り深呼吸をして心を落ち着かせ、創哉は岩礁にある適当な椅子代わりの段差に腰掛けてアコースティックギターを取り出すとじゃかじゃかと軽くかき鳴らし、調子を確かめる。

 

「ワン、ツー」







◇◇◇







「良い曲ねぇぇぇ~!! お姉さんひっさびさに本気で感動しちゃったっ!」



 結論を言おう。スカウトは無事、完了した。

 眷属化も無事終了し、彼女は人の足を手に入れた。もはや魚要素は耳のみで、パッと見では露出度高めの位が高い天使にしか見えない。

 だがまぁおかげで領地は更に広がったし、セイレーン種は勿論、水場に生息するタイプの魔物情報も沢山登録出来たのでめちゃめちゃ儲けだ。

 彼女自身も多分、かなり強いと思われる。なんせ魔力量が俺を上回るからな。



「それは良かった。んじゃ、家族になったんだし名前をやるよ。ん~、セイレーンだから~、星蘭せいらでどうよ。音も似てるし、お前の髪の毛やら何やら全体的に蘭の花っぽい色してるからな」

「セーラ! うん。お姉さん気に入ったよ! ありがと、マスター!」

「セーラじゃなくて星蘭せいら……って、まぁ別にいっか。んじゃ通称セーラな?」

「あははは! 細かいことは言いっこなしだよマスター! 楽しく過ごすのが一番じゃん?」 



 そう言ってセーラは、俺の首に手を回して抱き着いてくる。



「……はあ。そっちが素か?」

「ん~? まぁね~。奏っちも、これから宜しくね~?」

「うん。宜しく! でもちょっと離れよっか。創哉のこと好きでもないのに無闇に触れないで欲しいかな?」



 満面の笑みでセーラと握手する奏だが、黒いオーラが立ち込めている。怖い。

 こんな奏は、初めて見たかもしれない。



「え~? お姉さんマスターのこと好きだけどなぁ。でも、奥さんに言われちゃったんじゃしょうがないか! はいはい。離れますよ~」



 そう言ってセーラは若干ぶぅ垂れながら、俺から少し距離を取った。

 こうして俺たちの仲間にセイレーンの星蘭せいら、通称セーラが新しく加わったのだった。





――領域支配者の無力化に成功しました。領地を拡大します

――領地拡大に伴ないセイレーン種、サハギン種、ギャングフィッシュ種、スキュラ種、ソードフィッシュウェーブ種の情報登録に成功。各種魔物渦の設置が可能になりました

――海エリアを領地に治めたことにより、内装『水場』を獲得しました

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