29話 超激戦!! 創哉VSクロ


《さぁ、両者準備は宜しいですか!?》



 観客席の奏に両者が視線を向けて頷く。



《それでは……始めてくださああああいっ!!!》



 試合開始の合図。

 その瞬間――。



ズドン!!



 腹にまで響く重い音と共に、両者の拳が交差して互いの頬に突き刺さる。



「やるな、クロ」

「ひひっ! あんたこそや、創哉はん。ゾクゾクするわぁ……!!」



 殴り合う。激突する拳と拳。その度に観客たちの腹にまで響く重い音が轟く。

 突然、黒夜叉の視界から創哉の姿が消える。不意を突く一撃。創哉はしゃがみ込み死角からのアッパーを狙っていたのだ。

 豪! 風を切りながら迫る創哉渾身の拳が、黒夜叉の顎を捉える――!

 

「はん! 甘いで!!」



 しかし、それは看破されていた。黒夜叉は背を逸らして顎への一撃を躱すと、そのままバク転。地面に手をつくとその手を軸に身体を低く沈め、グルン! と身体ごと水平に回転して回し蹴りを放つ。

 渾身の力を込めた拳が空振りに終わった創哉は、その姿勢のまま停止していた。

 このまま黒夜叉の回し蹴りが炸裂するかと思われた瞬間――!



スカッ……。



 創哉の身体は炎が暴風によってかき消えるように、空間に溶ける。



「なんやと!?」

「はあああああ!!」



 気合の声が観客席よりなお高い上空から轟く。

 そこには、一本の槍のように足を伸ばして天高くより猛烈な勢いで迫る創哉の姿があった。自由落下による加速だけではない。魔力放出によるジェットで、その落下速度は加速度的に増していき――。



ドン!!



 凄まじい衝撃音が円形闘技場コロシアム内に響く。

 それは物体の進行速度が音速を超えた際に発生する、世に言う――ソニックブームである。

 

「っ……!?」



 まさに一瞬。つい先程まで天高くにいた創哉のつま先が、気が付くと黒夜叉の眼前にあった。抵抗する間もなく、創哉のつま先が黒夜叉の驚愕に満ちた顔にめり込み、その整った美しい顔を歪ませていく。

 だが攻撃を成功させた筈の創哉は、何処か腑に落ちないような顔つきだった。

 豪!! 不意に、風を切る音が創哉の背後から鳴る。

 創哉の感知スキルには何の反応もない。けれど『直感』に従い、創哉は『硬気功』でコーティングした右腕を首の右後ろへと突き上げる。



ギィン!!



 瞬間、まるで金属同士が衝突したかのような音が響く。

 

「やはりな。俺の五感を弄ったな? クロ。さっき俺が蹴飛ばしたのは、お前の上着だった訳だ」



 そこには、創哉の腕に寸前で防がれたものの首を刈り取る軌道で脚を振り切った上半身がサラシのみになった黒夜叉の姿があった。



「ひひっ! 大正解や。危なかったがのぅ? そっちは闘気による残像ってとこやろ? 分かっとるで」

「くくっ、見破られたか。あぁそうだ。残念! 今のは残像だぜ? ってな。高めた闘気をその場に留めて瞬時に上空へ離脱、あとは圏境で隠れてたって訳だ」 



 ニヤリと、好戦的に笑い合う。

 互いが互いの実力を真に認め合っているからこその、笑み。



《す、す、凄まじい戦いだあああ!! 息をつく暇もないほどの高速戦闘! 正直私にはあまり見えなかった~~~!! 私神崎奏、実況までするとか言わないで良かったと心底安心しておりまあぁす!!》



 観客席からアナウンスする奏に、二人がふっと顔を緩めて笑う。



「ノリノリやな、奏ちゃん」

「ふふっ……そうだな。けど、楽しそうだ」

「せやな。他の娘らも、あんな風に楽しそうに」

「あぁ、このまま楽しく過ごせりゃ良いんだけどな……」

「そん為の道を、これから探してくんやろ? 復讐相手は捕えきったんや。あとは他の人間たちと良い感じに折り合いつけるか何とかすりゃええ。どうしようもあらへんくらいの実力でも見せれば、喧嘩も吹っ掛けてこんかもしれへんで?」

「そうだな……」



 穏やかな顔で話し合う2人。



「だがまぁ、今はそんなこと」

「おぉ、考えとる時やない!! 絶対に――」

「「勝利は譲らない!!/譲らへん!!」」



 穏やかな顔つきから一転して再び壮絶な笑みを浮かべると、両者の拳が、蹴りが、互いを仕留めんと凄まじい速度で交差し始める。

 創哉の右拳が黒夜叉の右頬を掠めれば、左から迫る右上段後ろ回し蹴りが創哉の喉を襲う。創哉はこれを大きくバックステップすることで避けるが、不意にそれが作られた流れであることに気づく。

 咄嗟に両腕を交差し上半身を庇ったその時には、黒夜叉の右腕は大きく膨れ上がり、まるで巨人のような筋骨隆々な右腕が出来上がる。

 

――超怪力。



 見た目でハッキリと分かるほどの変化を見せたことはなかったその力が、今初めて真価を発揮する。



ドパン!!!



「ガッ!?」



 それは、まるで0距離からの大砲の一撃。

 きっちりと防いだにも関わらず、創哉の身体は地面をがりがりと削りながら武闘台の端まで吹き飛ばされていき、観客席の土台部分となる壁に激突。壁に直径4mほどのクレーターを作った。



「っづぅ!? ぐぁ!! ぁはっ……はぁ!」  



 耐性があってなお襲い来るその痺れるような痛みに思考を乱れさせながらも、乱れた息を必死に整える。

 創哉にとってそれは、随分と久しぶりの疲れ・・であった。



 だが、決闘中に敵が回復するまで待ってやるほど黒夜叉は優しい性格ではないし、それほど創哉を甘くも見ていない。

 今度は、黒夜叉が何十人にも分裂する。一人一人が全く別の動きをする。一人はひひひと高笑い、一人は観客たちに手を振っている。一人は創哉に向かってズドンと地面を蹴って迫る。一人はご機嫌に踊る。一人は来いよと上空へ掌を向けてクイクイッと自身の方へ誘うように振って挑発する。一人はぐるぐるとその場で直立状態のまま時計回りに側転して荒ぶる。一人は手を組んで頭上で腕をぐるりと回し、その後腰の横に据えてぶんぶんと腰を振ってハッスルするという一定の動きを繰り返し続ける。一人は。一人は。一人は。一人は。

 そんな光景を乱れた思考で見た創哉は、あえて目を閉じる。この弄られた視界は邪魔だ。そんな思考のもとでのことだった。

 創哉は『直感』と、自分のオタク知識から次を予測する。



「ここだぁ!!」

「づっ!?」



 ただ愚直に、真っ直ぐに突き出した拳。

 その先に黒夜叉の顔面はあった。確かな感触があったことで、創哉は目を開く。

 まず視界に入るのは、近距離過ぎてもはや壁にしか見えない巨拳。つい先程まで好き放題していた分身たちはいなくなっていた為、正常な視界に戻ったのだと判断する。顔を拳型に赤くして鼻血を垂らす黒夜叉が、膝から崩れ落ちる。

 

「おらぁ!!!」



 そこへ、すかさずとび膝蹴りで追撃する創哉。

 だが今度は黒夜叉の姿が、先程の創哉のように空間に溶ける。膝を前方へ突き出したまま空中で静止する創哉の背後から再び豪!! と首を狙う軌道の鋭い蹴りが風を切りながら迫る。だが、その創哉も再びかき消える。

 空振りとなり、足を振り切った姿勢で静止する黒夜叉の背後でブン! と音がする。無防備な背中を狙って拳を放った創哉。

 だがそれすらもかき消える。反撃。かき消える。反撃。かき消える。そんな攻防を繰り返すこと10度。とうとう創哉が捕まり黒夜叉の強烈な肘うちを腰の少し下、臀部の中央、仙骨がある部分に受ける。



「ガッ!? お、おぉ……おぉ……っ」



 左手を前に出し、右手で患部を抑えながら痛みに呻き、かなり情けない姿でよろめく創哉。



「ど、はぁ……どぉや!? も、はぁ、はぁ、っんふぅ……参ったやろっ!!?」



 なんとか攻防を制したものの、大きく息を荒げながら降参を促す黒夜叉。



「い、いや!! はぁ、ま、まだだね!! っはぁ、まだやれるぜ俺は!! 余裕ですけどっ!? 全然! うん! まだまだ余裕!」



 ふらふらになりながらも、根性と意地で立ち上がり強がる創哉。



「こんのぉ……負けず嫌いすぎやろアホンダラァ!!」

「っな!? は、はぁ!? それはこっちのセリフやボケェ!! そんな息荒げよって!! お前の方こそ降参したらどないやねん!?」

「あぁぁぁん!? うちはまだまだ余裕やしぃ!? 鼻血出とるけど、全然、余裕のよっちゃんやし!!」

「よっちゃんイカ食ったことねぇ癖に何言ってんだオメェはぁ!!」

「あんただって大して食うたことないやろがぃ!!」

「っち、あぁクソ!! 良いぜやってやらぁ!! まだまだこれからよぉ!!」

「上等!! それでこそやぁぁ!!! ぅらぁ!!」



 再び、拳と拳が激突する。



「ぅぉっ!?? んぐ……!!」

 

 その瞬間創哉は驚いたように黒夜叉の拳と突き合わせた右拳を、左腕で抑えプルプルと震えさせながら僅かに後退する。

 その右拳は焦げていた。まるで、何かに焼かれたかのように。



「ひひっ! 妖術による炎と電流の合わせ技や。前まではこんなこと出来ひんかったんやけどのぅ。創哉はんが魔王に覚醒してくれたおかげで、この通りや。今のうちは、妖術の複数同時使用が出来る……! いっくら強ぉなったあんたでも、厳しいんとちゃうかぁ~?」



 挑発的に、見下ろすように嗤う黒夜叉。



「へっ、抜かせ。まだまだ、俺はこんなもんじゃねぇよ!! ひぃひぃ言わせてやっから覚悟しろよぉ〜? クロ!!!」

「ひっひっひ!! そら楽しみやのぅ……!!」



 心底愉しそうに、笑い合う。



「はっ!」



 創哉は、なにも考えていないような愚直な突きを放つ。取り立てて速い訳でもない攻撃。黒夜叉はあん? と訝しみながらも、それを余裕で真正面から受け止める。が、しかし――!!



「なっ!? あがっ……!? ぐあぁああっ!!?」



 黒夜叉は受け止めた右腕を左手で抑えながら悶え苦しむ。



「浸透勁。闘気を伴わない、単純格闘の奥義だ。防御を無視して、内部へダメージを与える」

「なっ、んやとぉ!? そ、そんな技あるんやったら! っづ……! なんでもっとはよ使わへんねん!?」

「言っただろ? まだまだ余裕だってよ。久しぶりの疲れで調子が狂っちまってたが、ようやく身体があったまってきたとこだぜ!!」

「かぁ~~!! ごっついのぅ! けど、こっちも負けてられへんねや!!」



 闘いが更に加速していく。

 互いの拳が激しく飛びかい、その衝撃で地面を砕きながら激突する。

 蹴りが舞い風を唸らせ、肘が穿とうとすれば掌が包む。

 手刀が切り裂いたかと思えば、かき消える。投げたと思ったらその先で瞬時に手をつき切り替えされ、飛び蹴りで反撃する。

 まともに受ければ致命となるほどの技が、次々と放たれていく。

 互いの次を、さらにその次を読もうとする闘いは、一呼吸の内に繰り出される打撃の応酬と重なり合い、幾百幾千もの攻防として昇華され、そこから放たれた渾身の一撃をまた刹那の見極めによって捌いていく。



 黒夜叉が膝で顔を打とうとすれば創哉が肘で迎撃し、創哉がローキックで軸を崩そうとすれば、黒夜叉が狙われた部分へ電流を流し痺れさせ炎で燃やす。

 そして黒夜叉の完全に捉えたかに見えた顔面を狙う燃える拳は、その寸前で創哉にするりと手でいなされ、もう片方の手による下から突き上げる掌底で顎を打たれ、続けてバク宙の勢いで更に顎を蹴り上げられ、瞬時に振り返りまたバク宙による振り下ろしの蹴りで顔面を蹴られ、地面に叩き付けられる寸前でどうにか耐えたと思ったら、今度は右回し蹴りで側頭部を蹴られる黒夜叉。

 チカチカと明滅する意識、ぐにゃりと歪む視界。互いの身体は既に血塗れで満身創痍。意識も互いに混濁している。呼吸も荒い。

 だがそれでも、と立ち上がる。負けられない。情けない姿を妹分たちや愛する人に見せたくない! その一心で。

 

 そこには極みがあった。頂があった。果てがあった。



 観客である子供たちは思った。

 これほどの強さを、自分達も身に着けられるだろうか……!? 例えこのような直接的な武力でなくとも、この2人を支えられるだけのナニカを、手に入れたい!

 入場時にあったような黄色い声援など、もはや一つもなかった。皆が皆2人の戦いに意識を飲まれていた。熱中していたのだ。



「……はぁ、はぁ。っふぅ、そろそろ、うちもっ! 体力の限界や。次で、決めたるっ!!!」

「ぐ、ぅう……はぁ。い、良いぜ……クロ!!! 乗ってやる! はぁ、俺も、とっておきの一撃を、お見舞いしてやんよ……!!」

 

 黒夜叉の魔力と妖力が、創哉の魔力と闘気が、それぞれ混ざり合い、より強力なエネルギーとなって拳に集中する。



「妖魔焔雷拳――!!」

「超魔浸透拳――!!」



 再び、激突する拳と拳。

 創哉の身体に電流が走り、燃え盛る。

 黒夜叉の内臓に強烈なダメージが行き、血反吐を吐く。

 次の瞬間、崩れ去る。







――2つの影。







 数瞬呆けた後、慌てて奏が10カウントをとる。

 それが0となっても、両者が立ち上がることはなかった。



「だ、第一回ダンジョン決闘会は、引き分け! そ、創哉~! クロ~!」



 こうして、2人の決闘は幕を閉じた。

 ちなみにその後奏やメイド集団に戻った子供たちによって温泉に運ばれ、2人は無事に意識を取り戻したのだった。 

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