27話 クロの想い
出会いは、良いものではなかった。その時自分は、
そんな風習に従い自分も旅をしていたのだ。男狩りも兼ねて。
しかしそれも上手く行かず苛立っていた時、たまたま訪れていた山でボロクズのようになった人間の少女を見つけた。人間の娘は美味いと聞いていたし、その少女自身も食べていいよなんて言うものだから、空腹になるのを待ってから食おうとした。しかし、そんな時に彼は現れた。少女を食おうとする自分を見て激怒したのだ。その怒りを感じた時、まるで電流が走ったようだった。
自分は、同じ集落で暮らす
故に彼の神をも射殺さんばかりの鋭く凍てついた眼光と、そこらの雑魚なら容易く殺せそうな濃密な殺気と感じたこともないほど強力な魔力の波動を受けて自身が僅かながらも怯えたことを自覚した時、理解した。
自分の運命の相手は、この御方なのだと。
そこからの殴り合いは、本当に楽しい時間だった。
自分は怯えながらも強がって、邪魔をするなと殴りかかった。この御方が自分の運命の相手なのだと、唯一無二の主であると同時に旦那となる男なのだと確信したかったから。
その為に、自分から喧嘩を吹っ掛けたのだ。彼は快く自分の誘いを受け入れてくれた。自分の、数え切れないほどの男を殺してきた拳を彼は容易く避けた。
とろいな、なんて見下された時には自分の奥深い所が疼いてしまった。まさに初めての感覚だった。
お返しで自分の腹に膝を叩き込まれた。重く、鋭い一撃だった。ただの一発で意識が明滅するほどに。だが、そう簡単に膝を折るほど軟ではなかった。
だからすぐさま殴り返した。けれど彼は人間達が武術と呼ぶらしい喧嘩の技のような動きで、殴りかかっていた自分をあっという間に投げ飛ばし地面に叩き付けてしまった。
楽しい、楽しい!! この自分が、まるで赤子扱いではないか!!
もっともっと続けたくて、昂る想いのままに乱打した。殴って、殴って。彼の動き方のような理などない、ただ我武者羅に全力で殴るだけ。それでも、大抵のやつは殺せた。人間たちが凄腕と呼ぶプラチナ冒険者とか言う奴らをも殺した自分のとっておきだった。
しかし彼は、それすらも顔色一つ変えずするりするりと平然と避け続けた。それを見て思わず動きが鈍った。その瞬間を逃さず、彼は自分の顎を打ち上げた。
間髪入れず頭蓋が砕けたかと思う程の一撃を脳天に食らい、かと思ったら今度は足を捕まれ右に左に叩き付けられた。チカチカと意識が明滅を繰り返していた自分は成す術もなく攻撃を食らい続けた。
しかし、まだだと気合で手を滑り込ませ立ち上がり蹴りを放った。だが、それすらも通用しない。彼の膝と肘による強烈な挟み込みが自分の膝を襲ったのだ。
あぁ、この御方だ! この御方こそ、自分の生涯を捧げる相手に相応しい!!
そう思った。けれどそれとこれとは話が別というもので、楽しい時間を終わらせたくなかった自分は、再び立ち上がった。
だが残念ながら彼はそうでもなかったらしく、ぶっきらぼうな態度で冷たく言い捨てると、自分にとどめを刺しに来てしまった。
あっという間に、自分は倒された。凄まじい魔力が籠められた矢のように飛ぶナニカで脳を貫かれたのだ。
そこからは、あまり覚えていない。彼に忠誠を捧げたいなんて思ってはいたが身体は一向に動いてくれなくて。でも、いつの間にか自分は彼のもとに居た。
彼は、自分が食おうとした少女を妹にしたようだ。
深い深い愛を、彼女に注いでいる様子だった。その証拠に少女と話している際肩を掴もうとしただけで、再び出会った時のような目と殺気を向けられてしまった。
誠心誠意謝った。すると彼は、意外にもあっさりと自分を許した。
そして、自分に従いたいのか? と問いかけてきた。どうやら脳を貫かれた後、無意識に跪いていたらしい。我ながら褒めてやりたい。素晴らしい根性だ!
それから自分は
彼は快く受け入れてくれた。嬉しい! 裏切りは許さんと釘を刺されたが、そんなことある筈がない。自分は彼に心底惚れているのだから。
そんなことを考えていると、彼は自分に名前をやると告げた。
名前、それは全ての魔物にとって羨望の対象である。何故なら、魔王から気に入られている証だからだ。
そう。本来、魔物に名前を与えられるような存在は7人の魔王のみだ。それ以外の存在が魔物に名を与えれば、その際に吸収される精気と魔力に耐えられず干からびて死んでしまう。何故彼は出来たのか? その理由はすぐに分かった。
眷属化の影響で、主となった彼の記憶や知識が流れ込んできた。全てを完璧に理解出来た訳ではないが、そんなことがあるのかと驚いたものだ。
そう。彼が干からびずに済んだのは、
普通の
その性質上疲れ知らずなのは、どの
それに対して、主は転生者。その身に2つの魂を宿している。自我の強い人だったから元より魂が強かったのに、更に1つ魂が増えて、より強靭な魂となった。
転生した際に2つの魂の喰い合いは起きただろう。けれど主の魂は強く、まだ無色の魂は弱かった。だから吸収され、2つの魂は一つに融合したのだ。
この世界の鬼は金棒なんて持ってない奴の方が多いが、それはまさに鬼に金棒というより他にない。
だからこそ、魔王と同じことが出来たのだ。他の
いや、正確には自分を眷属化させた時ほどの効力は得られない。アレは主の魂が強く、吸収出来る精気と魔力が潤沢だったからこその圧倒的進化。
普通は種族が近付くだけだ。実力が大きく伸びるなど、あり得ない話。
証拠に自分の他にも眷属は多く出来たが、実力が伸びた者など一人もいない。確かに当初より圧倒的に強くなったが、それは地道な修行の賜物である。眷属化による効果ではない。
それから彼は、妹にした少女と身体を重ね伴侶とした。
強い雄に雌が群がるのは当然のこと。だから別に、それに対して思うことは何もない。けれど、苦しかった。
主の前世では一夫多妻は絶対禁忌とされるものだったらしいからだ。自分には主以外の男など考えられない、考えたくないのに。主は自分の要求に応えてはくれないと分かってしまったから。
その時からだ。強い種を求める本能からの想いではなく、人間の如き恋をしかと胸に抱き始めたのは。
狂ってしまいそうだった。だから、自分は何も言わずその場を後にした。
一刻も早く、身体の火照りを冷まさなくては。恋など抱えてはいないと言い聞かせるように、野良の魔物相手に暴れ散らした。
完全な八つ当たりだ。でも、それ以外に道は無かったのだ。戦の、血の匂いに酔ってでもいないともはや叶わぬ、けれど生涯冷めぬ恋に狂ってしまうから。
朝となり返り血まみれで帰宅すると、主と奏は未だ身体を重ねていた。その光景を覗きながら、ひたすらに自分を慰めた。
眷属は主の不利益となる行動や敵対行動が出来ない。だから、喧嘩も出来ない。愛してもらうことも出来なければ、あの時のような楽しい殴り合いも出来ない。
受け入れてもらえない不満で沸騰しそうな心と、幸せそうな主の姿に嬉しくなる心。どうにかなってしまいそうだった。
奏は凄く良い娘だった。それが、自分の心の複雑さを更に悪化させた。何かに不満をぶちまけたくて、主にさっさと奏を苦しめたクズ共を殺しに行こうと言った。
それから紆余曲折あり、村を襲撃しに行くことになった。
怒りでギラギラとした目が、堪らなく愛おしかった。
自分の大切なものの為にそこまで怒れる主が、好ましかった。
その、自分を魅了してやまない恐ろしい殺意に酔いしれる。疼く。疼く。どうしようもないほどに。気が付くと、自分の心の内が僅かに漏れていた。
しかし、その主は自分の想いに全く気付いていないようだった。それがどうしようもなくイラついて、とうとう奏を放って自分を選んでくれるのかと聞いてしまった。この主は2人とも愛する道を、選べはしないだろうと思っていたから。
強い男が大好きだから、なんてくだらない誤魔化しに過ぎない。
確かに強い男は大好きだ。けれど、もはやそれだけが理由では決してない。いつの間にか自分は主の全てに惚れこんでいたのだ。
眷属となって進化して、主を超える強さを得た。それでも興味が尽きなかったのはその為だ。この御方なら、例え自分より弱くても関係ない。そう思えたのだ。
勿論この御方ならすぐに自分を超える強さを得るのだろうな、とは思っていたけれど。
主や皆は普段自分のことを、クロと呼ぶ。黒夜叉だからクロ。まぁ悪くない響きだ。気に入っていると言ってもいい。
けれど、やはり黒夜叉と呼ばれる時は格別だ。
村をいよいよ襲撃するというタイミングで、主は自分のことを真剣な表情で黒夜叉と呼んだ。
その声が、その眼が、たまらない。必死に自分を抑えて、言い捨てるようにそっちも気を付けてと残すと走った。
動いている時だけは、忘れられるから。
塀を飛び越えて侵入した自分を見て、何事だと騒ぐ人間共を軽く威圧して黙らせると適当な建物を一発ドカンと殴る。奏から村の構造は聞いていた。自分が侵入した側の建物はクズ共の住処で、幼女達が捕らえられている場所ではないと分かっていたのだ。ならばどうでも良い。当然、殴った建物は塵となった。
こうなりたいなら前に出ろと笑みを浮かべながら問いかけた。
人間共はすぐさま大人しくなった。実に簡単でつまらない仕事だ。歯向かってくるような骨のある人間など一人も居なかったのだ。
けれど最後の最後に、ご褒美があった。
主の本気の殺気だ。ガチギレモードだ。あの時以来の。たまらず絶頂してしまうくらい、自分はその漏れだしてきた殺気に酔いしれた。
そんな自分の姿を見て、人間共が息を荒くした。幼女にしか興味がない変わった奴らだと思っていたが、自分にも興味があるのか。意外だ。
とはいえ人間共の興奮など、心底どうでも良い。
自分は今忙しい。やかましくするのなら殺す。端目で見下しながら言い捨てると、再び主の殺意に酔いしれた。
それから、色々とあった。
拷問方法のことで主の新たな一面を知った。主は、えげつなさも持ち合わせていたのだ。
ただ怒りのままに殺すのではなく、今後のために役立たせる。
そんな所も素敵だ。もはや自分はこの御方が何をしても、肯定的な意見しか出せないかもしれない。
相当に重症なのだと今更ながらに理解した。
オスカーのローブを脱がせるための一計。あの作戦を主から聞いた時は、本当に驚いた。この御方は、一体どれだけ凄まじいんだ? あんな作戦、16歳の若造が思いつくようなことではないと思うのだが。
再びご褒美があった。
自分の好意を素直に伝えて、おどけながらキスしたくなったかと問いかけると主はそうかもしれんと頷いたのだ。
もしかして、もしかするのか……?! そんなことを思いつつ『時』が来るのを楽しみに待っていると、それは唐突に来た。
主は、自分のこだわりを捨てて2人ともを愛する道を選んでくれたのだ。
嬉しかった。本当に。
飛び跳ねてしまいたくなるほどに。むしろ、これは現実なのかと疑ってしまう程に嬉しかった。
主は……創哉はんは自身の歩む王道を、うちにも生涯傍で見させてくれるようだ。
◇◇◇
「なぁ、創哉はん。愛しとるで」
「ん? ふっ、あぁ……俺もだ。その証拠にと言っては何だが、クロ」
「……なんや?」
「俺ともう一度、本気の戦い……したくねぇか?」
ニヤリと笑いながら、創哉はんはそう聞いてきた。
本気で言っているのだろうか? うち等眷属は……。
「んなこと分かってんよ。……今ちょいと10000DPガチャを30連分回してみたんだが、面白い陣地を獲得出来てな。『コロシアム』っていう陣地なんだが、どうもその中でなら眷属と主でも本気の決闘が出来るらしい。……やろうぜ黒夜叉。これが俺の選んだ、お前との初デートだ」
手を差し出してくる創哉はん。
「ひひっ、ひっひっひ! ひーっひっひっひ! やっぱ、あんたは最高や! 初デート、存分に楽しもな。創哉はん」
「おうよ」
ホンマ、大っ好きやで!!
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