第2章 勇者現る!!

26話 観察者たち


 陽の光が射しこむ、広い部屋。

 その中央には大きな円卓があり、一人一人が十二分にスペースを確保したとしても、10名以上が席に着けそうな造りをしている。

 用意されている椅子の数は、全部で3脚。基調は赤、その背もたれは非常に長く、ふかふかとしていて座り心地は見るからに抜群。装飾品として使われている煌びやかな宝石の数々を売れば、それだけで巨万の富を得られるであろうと誰もが容易く思いつくほどに、まさにこの世の贅を尽くしたと言える椅子が並んでいた。

 そしてそんな円卓を取り囲むように一定の間隔で並ぶ、ドーム状の屋根を支える巨大な12本の石柱。素材は大理石。汚れ一つなく、もし何か物をその前に置けば容易く映し出してしまうであろうと分かる程に、艶々としている。  

 石柱の隙間から覗くは、見渡す限りの蒼穹。雲が真下をぷかぷかと移動している。地上は遥か遠くで、街すらも豆粒ほどのサイズに映る。 

 床には職人達が十数年かけて織り込んだような、非常に質の高い材質の複雑な模様が描かれた絨毯が隅まで敷き詰められている。



「今日、新たな魔王が誕生した」



 椅子の一つに座る影が、非常に聞き心地の良いバリトンボイスでゆったりと話し始めた。逆光によってその姿の全容は見えないが、どうやら金髪の男のようだ。



「長らく空席であった『憤怒』の魔王だ」



 男はそう言うと、円卓の中央にある両手で抱えなければならないほど大きな水晶玉に手をかざす。

 すると、そこに一人の男が映し出される。



 それは、短めの髪をツンツンとあちこちに跳ねさせた髪型で黒髪黒目の、見たことのない格好をした人間らしき少年であった。



「こんな幼い男の子が……!? そんなことって……。何かの間違いということはないのですか? グランデル王」



 新たな魔王の余りにもな姿を見て驚いた、たわわな胸を持つ耳の長い女性が、その美しい声を動揺で震わせながら、そう問いかける。

 やはりその全容は、逆光で見えない。



「事実だとも。フィリオーラ女王」

「そう……ですか。何故、魔王に覚醒することになったのですか?」

「……ハッキリとした原因は、現在調査中だ。しかし、どうやらクロムウェルの阿呆がやらかしてくれたらしいとは分かっている」

「……あぁ、幼女趣味の。かつては『獅子騎士ライオネル』とまで呼ばれた立派な騎士だったと聞き及んでいます。……彼が?」

「うむ。恐らくは、この少年の大事な存在を奪おうとしたのだろうな。そして怒りを買った。彼は、迷宮主ダンジョンマスターらしい」



 そう言うと男は、水晶玉に再び手をかざす。

 すると、少年の代わりに一人の女性が映る。

 

 黒く長い婆娑羅髪。額から斜めに伸びる、黒光りする一本角。

 浅黒い肌をしており、白目と黒目が反転している。これまた見たことのない格好をしており、背に恐ろしい鬼の顔を描いた服を着ている。



「この者は『地獄の怨鬼』と呼ばれている鬼人で、彼の眷属だ。恐らく襲撃は、この2人での犯行だろう。クロムウェルの阿呆が幾ら堕落し、かつての精鋭のほとんどが今は私の指揮下にあるとはいえ、それでも1000人ほどはそれなりの実力者が揃っていた筈だ。たった一人で攻め落とせるとは思えん」

「いいや、分からんぞ。グランデル王」



 つるピカなスキンヘッドが眩しい小太りの男が、口を挟む。



「それは、どういうことかな? ランドバルド皇帝」

「言葉通りだ。魔王として覚醒するような男なのだぞこの少年は。幾ら若くても、相応の実力を持つと考えるべきではないのかね?」

 

 ランドバルド皇帝の言葉に、押し黙る2人の王。



「そう言えばグランデル王。彼は、クロムウェルはどうしてああなったのですか? というか何故あんな状態になってなお、あの領地を任せていたのです?」

「……かつて我々が手を焼いた悪魔公爵の女が居ただろう。クロムウェルは、その女を撃退した。悪魔は自分を倒した者の命令に従わなくてはならない。奴は悪魔を封印し続けるための鍵だったのだ。恐らくは、近い内に目覚めるだろうな。あの女が」

「そうですか。となると、やはり……召喚するよりほかに道はありませんね」

「うむ。7の7が揃ってしまえば、かの伝説の戦が……天魔大戦が再び起こる可能性がある。それだけは何としても防がねばならぬ」

「ふん……勇者、か。先代はよくやってくれたが、今代は使い物になるかどうか」

「召喚してみなければ、何も分かりません」

「第一、召喚した勇者が歯向かってくる可能性はないのか? いきなり攫われるんだ。十分にあり得るだろう」

「ふふ……あり得ませんよ、そんなことは。私は魔法大国の女王フィリオーラ。この私の手にかかれば、召喚者を従えることなど容易いことです」



 優し気に微笑む女王フィリオーラ。

 しかし、どうしてか少し恐ろしい。



「どうするというのだ?」

「私が生み出した勇者召喚の魔法式は、勇者の素質を持つ『女の子』を異世界から呼び寄せます。ですが、ただ呼び寄せただけでは貴殿の仰られた通り反抗されてしまうかもしれない。だから、魔法式に組み込んであるんですよ。……召喚された勇者は召喚主……つまり私から下った命令を完遂するまで絶対服従という魔法を」

「ッ……な、なるほど。しかし何故女限定なんだ?」

「決まってるでしょう? ランドバルド皇帝。私、男の子には厳しくなんて出来ませんもの。女の子相手ならいっくらでも厳しく接せられますけどね?」


 くつり、と黒く笑う女王フィリオーラ。


「ふっ、少年好きは神話の時代から変わらぬようだな? フィリオーラ女王」

「あら、人聞きの悪いことを言わないでくださる? 私はただジジィ共が嫌いなだけよグランデル王。それにね、エルダーエルフである私からすれば貴方もまだ少年なのよ。……食べてあげましょうか」

「ご遠慮願う。正室も側室も既に十分いるからな。……ふっ、にしても人間である我々からすれば、考えられん時間の流れ方だ。もう40近い私が、少年とはな」

「ふふ……さて、それでは始めましょうか。勇者召喚を」


 運命の歯車が、廻り始める。

 目覚めと再会の時が、もうすぐそこまで迫ろうとしていた。

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