23話 良い月夜だな


 魔物の進行から人類圏を守るべく造られた、クロムウェル辺境伯領。

 その中心にある武骨な城塞のオスカー・クロムウェルの寝室に続く廊下を、一定間隔で並ぶガラスのはめ込まれた窓の外から射しこむ月光に照らされながら、金髪の男が拘束された処女雪の如き白髪が美しい、煌びやかなドレスを着込んだ絶世の美幼女を連れて歩く。

 城内は不自然な程の静寂に包まれており、2人の・・・足音だけがやたらと響く。

 クロムウェルの寝室の扉は分厚く丁寧な造りで、白を基調として金細工が施された大きな観音開きの押戸。見た目にも豪奢な造りとなっていた。

 その扉の脇には二人の衛兵が寝ずの番として立っており、不審者に目を光らせている。そこにやってきた幼女連れの男に、衛兵の片割れが友好的に話しかけた。



「これはこれは商人殿。お久しぶりですな。その娘が今回のクロムウェル様の嫁候補ですな?」

「……えぇ、その通りで。毎度お世話になっておりますぜ旦那方」

「ははは! 相変わらずだな商人殿。クロムウェル様は中だ。……その娘であれば受かりそうなものだが、もし落第であれば味見はさせてくれよ?」

「……へぇ。そりゃ勿論」



 下卑た笑みを浮かべる2人の衛兵に、男と美幼女は2人して一瞬ピクッと眉をひそめるが、男はすぐさま愛想笑いを浮かべ頷いた。

 すると衛兵は2人の為に扉を開き、中へと誘導する。



「むぅ……? おぉ~っ! 商人ではないか!! 久しいなぁ~」



 ワイングラス片手に2m四方ほどはある窓から、月を眺めていたクロムウェルが男の存在に気づき振り返る。

 でっぷりと膨れた腹、縮れてくすんだ短い金髪はボサボサで鳥の巣のよう。もみあげと髭が完全に繋がっており、これまた縮れている。

 しかし、その身体から発せられる匂いだけはやたらと良い。フルーティーな匂いだ。香水だろうか。着ている豪華絢爛な質の高いローブからは、極めて高い魔力を感じさせられる。



「へぇ、ご無沙汰しております。旦那」

「ふはははは! 良い良いぃ。何度も言っておるだろうにぃ。そのように肩肘張らずとも良いとなぁ。してぇ、その娘がぁ~?」

「へぇ、今回の嫁候補です。……セシリアと言います」



 男がそう言うと、クロムウェルはそのでっぷりと膨れた腹を揺らしながら、鼻息荒く目を血走らせながら、影のない・・・・美幼女に足早に近づく。



「ふほ~!! たまらん!! この美しい髪、艶やかな肌!! しかも、並外れた魔力まで持ち合わせておるとはぁ~!! しかも、このわしが触れても身動ぎ一つせんとはなぁ! よぉ~く教え込んだようだな」

「……えぇ、勿論でさぁ旦那」 

「ふはははは!! 折角ここまで教え込んだ、こんな絶世の美幼女を他人に譲ってしまうのが口惜しいと見える。良い良い! 当然の欲だ。だが、まだチャンスはあるぞ商人よ。まだ合格はやれん。あちらの具合を見てからだ」



 クロムウェルは美幼女を抱えると、ベッドへ移動しそのドレスを力任せに剥ぎとった。



「ふほ~!!! 良い!! このつるぺたな胸!! 毛の一つもない恥部!! わし好みだ!!! 辛抱たまらん!! 早速具合を見させてもらうぞ商人! わしとセシリアちゃんの情事を眺めて自分を慰めるくらいは許してやる。感謝することだ」



 クロムウェルはそう言うと、対暗殺者への備えとして着込んでいた魔法のローブを、脱ぎ捨てた・・・・・。 







―――来た。







「御機嫌よう、オスカー・クロムウェル。良い月夜だな」



 突如としてクロムウェルの背後に現れた黒髪黒目の男が、おどろおどろしいオーラを放つ片刃の剣をクロムウェルの首に添えた。



「な、何者だっ!? 一体何処から!」



 クロムウェルが抵抗して暴れようとするが、不思議と首から下はピクリとも動かない。



「俺は……復讐の代弁者だ。ちなみに、さっきからずっとお前の傍にいたぞ?」

「なっ、馬鹿な!? 傍に居たのなら、わしが気付かぬ筈が無い!」

「だが事実、お前は気付かなかった。落ちぶれたものだな? オスカー・クロムウェル。若かりし頃は『獅子騎士ライオネル』とまで呼ばれていたのに、今ではこの様。腹はオークのように膨れ気配の察知も出来ず……ふっ」

「チィッ! ええいッ! 衛兵は何をしておるのだッ! 衛兵! 衛兵!!!!」



 しかし、クロムウェルが幾ら叫んでも衛兵は来ない。



「ククッ……無駄だ。オスカー・クロムウェル。この城の者達は今、お前を除き全員おねんねしているぜ。深い深い夢の中だ。どれだけ声を枯らして叫ぼうと、助けは来ない」

「しょ、商人!! 何をボサッと見ておるのだ! さっさとわしを助けぬか!」



 クロムウェルが突っ立っている男に向けて叫ぶ。

 すると男は、



「ああん? なぁんでうちがお前を助けなアカンねん。ヤなこった」



 一瞬で着物を着た角の生えている女に変わった。



「なっ……き、鬼人だと! ど、どういうことだ!?」

「ひひっ、まだ気付かへんのか? 無様やのぅ、オスカー。最初から主の術中にハマっとんねんワレ。そんなかわええいとはん、らんわ」



 パチンと鬼人の女が指を鳴らした瞬間、今の今までクロムウェルに組み伏せられていた美幼女は最初から存在しなかったかのように露と消えた。



「そ、そうかッ……!! 妖術!! 東方に住まう化物共が使うとされる力。守りを無視するという噂は本物だったか!!」

「ひひっ、そういうことや」

「ぐぬ……何が狙いだッ!!? 金か、地位か!? 助けてくれるのなら、幾らでもくれてやるぞ! わしは若い頃に成した悪魔殺しの一件で国王から気に入られておるのだ! わしが頼めば、余程のことでもない限り願いは通る!」

「……そいつは初耳だが、関係ねぇよ。さっき答えたじゃねぇか。復讐の代弁者だってよ。何を見当違いなことを言ってやがる」

「なに……?」



 本気で分からないのか、クロムウェルは戸惑うばかりだった。

 

「お前が裏で糸引いてた『村』。あそこに囚われてた女の子たちは全員俺が保護させてもらった。こう言えば分かるだろう?」

「なにっ!? では」

「あぁ、滅ぼした。お前が商人と呼ぶ男に化けられたのは、よく見知った男だからだ。今も俺のもとでエグい拷問を受けているぞ……? お前も同じ目に合わせてやる。その為に来た。殺すだけなら妖術でパパッと済ませられたんだ。だが、あのローブにお前は護られていた。だから一芝居打ったのさ。あのローブを脱がせるために。思いの外上手く行って助かったぜ。ありがとよ、オスカー・クロムウェル。おやすみ」 



 黒髪黒目の男はそう言うや否や、みぞおちに刀の柄で重い一撃を喰らわせる。

 クロムウェルは白目をむいて崩れ落ちた。



――領域支配者の無力化に成功しました。領地を拡大します

――領地内に生息する魔物反応なし。魔物情報の登録に失敗しました







◇◇◇







「よし……助かった。刀、返すぞ」

「あん? 別に持っとけばええやんか。まだ帰るんとちゃうやろ」

「もう、そんな難しい作業は残っちゃいないからな。お前が持っとけ」

「……そか。ま、主がそう言うなら、そういうことにしとくわ」

「あぁ、そういうことにしてくれ。残りの奴らも回収するぞ。それと……」

「おう、分かっとる。回収が終わったら、そいつら連れて先に帰れ言うんやろ?」

「……あぁ。ここから先は、俺一人でやる。お前がいると、もしバレた時冒険者まで敵になる。それは面倒だ。妖術で誤魔化すにも限界がある。流石に戦闘中まで容姿を誤魔化し続けることは出来ないだろう?」

「ま、その通りやな。将来的には分からんが、今のうちには出来ん。悪いの。にしても……ホンマ無茶する主やなぁ~。あんたは」

「呆れたか? 俺は、王は後ろで指図しているべきと思うか」

「……ま、確かにそれが一番賢い方法やな。王っちゅう存在がとれる最善の手段や。せやけど……」



 実につまらなそうに言葉を紡ぐクロ。



「はん、そんなん最善なだけや。つまらん!! 計算高くて賢いだけの、自分の身体張る勇気もあらへん主なんぞ、それこそ死んでもごめんやで!! うちはのぅ、あんたのそういうとこに惚れたんや。自分の大切なもんのためなら、道理なんぞ一切合切放り捨てて、心のまんま突き進む馬鹿な所にな! ホンマ、あんたは最高・・の主やで。大っ好きや」



 目を細め頬を赤く染めて、儚く笑うクロ。



「……お前、そういう顔も出来たんだな」

「あん? 何の話や」



 どうやら、自覚はなかったらしい。先程の儚げな笑顔も、まるで幻だったかのようだ。



「いや……なんでもない。最善ではなく、最高か。俺はお前の目には、そんな風に見えているのか」

「ひひっ、どや? チューしたくなったんちゃうか」

「ふっ……そうだな。そうかもしれんな」 

「おっ!? ひひ、ひひひっ! ど、どや!? 今ここで!!」

「アホたれ、敵地のど真ん中でする馬鹿が居るか。こいつにはあぁ言ったが、幻のお姫様に引っかかった野郎を背後から絞め落として気絶させただけなんだからな。それ以外の奴は普通に寝てるだけ。いつ起きたって可笑しくねぇ。ま……無事に帰れたら、その時考えてやるさ」

「ホンマか!!? ひひっ、そら気合入るのぅ!! はよ行こ!!」

「あぁ」



 俺からのキスで、ここまでテンションが上がる……か。大鬼オーガの女は、自分をタイマンで半殺しにした男に求婚する。

 改めて冷静に考えてみれば、この習性は恐らくより強い子供を残そうとする生存本能の一種だろう。そう、生存本能だ。大鬼オーガ……ひいては魔物の番は人間のように愛し合うということをしない。子作りして、はいさよなら。それが普通だとクロ本人から以前聞いた。

 ならばクロが俺に向ける感情は……? アレは、そんなもんじゃない。人間同士での愛と変わらないソレではないのか。そう考えると……。



「いや」



 頭を振る。こんなこと、今考えることじゃない。

 第一段階は首尾良く行った。問題は……ここからだ。攫う人間と殺す人間、見逃す人間の選別は既に終わっている。

 選別方法は実に単純。攫う人間は、ハニトラに引っかかった奴。見逃す人間は城の外に居る奴。それだけだ。それ以外一人残らず殺す。

 ここも俺の領地になったから、攫う人間は転移で逐一ダンジョン送りにする。奏たちに話は事前に通してあるから問題はない。

 スムーズに拷問部屋送りにしてくれるだろう。

 そして、余った奴らを『圏境』による暗殺で一人一人排除する。実に楽な仕事だ。それなのにどうしてか少し、嫌な予感がする。あまり強くはないから、大したことはないのかもしれない。あるいは、直近の出来事ではないのかもしれない。

 ただの思い過ごしかも知れない。何も、分からない。けれど……少し、不安を覚えずにはいられなかった。

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