22話 潜入! クロムウェル辺境伯領


 朝焼けに照らされて眼前に浮かび上がる、長い長い城壁。

 首を回してもソレは終わりを見せることなく、山をも超えて何処までも何処までも壁は続いていた。

 

――万里の長城。


 聞いてはいたが、まさにそれだった。今よりもっと離れた所から見た時も終わりを見せていなかったし、凄まじいものがあるな。

 聞いた話では優秀な魔法の使い手も相当抱えてるらしいし、城壁の強度は万里の長城よりも相当高いのだろう。さしずめ、万里の長城・改って所か。

 その上を、全身鎧を着込んだ兵士が何人も何人も巡回し、周囲を睥睨している。

 見ていると分かるが彼らはどうやら防壁の外を見張る役と、内を見張る役でハッキリと分かれているようだ。まぁ犯罪はあるだろうからな。外だけ見てたんじゃ内での異変に気付けない。当然の配慮だ。



 唯一の出入り口である門には、人っ子一人通さないとでも言いたげなガチガチに固められた防備が敷かれ、これまた険しい表情で警戒を続けている。

 そして、その警戒の様子を少し離れた森の中から観察する目が、八つ。



「……結構、腰に来るもんなんだな。こういうのって」

「なんや主へばっとるんか。しゃーないのぅ、うちが運んだろか? ひひっ」

「冗談。あぁ、お前達は帰れ。ここから先は俺達だけで行く。良いな?」



 流石に丸一日もあれば、気持ちの整理はつく。俺とクロはすっかり普段通りのノリに戻っていた。最初の方は爽やかキラキラオーラにやられていたが、これも案外気持ちの整理をつける上で役立っていたのかもしれないな。



「「承知しました! 我らが主よ!! ご武運を!」」



 そう言って、コボルト達は風を切りながら去っていった。あいつらの脚は本当に速かった。原付をフルスロットルで飛ばすよりも、よっぽど早いと言えば伝わるだろうか? 馬と同程度には速いだろうな。

 当然ずっと走り続けられる訳もなく途中幾度か休憩を挟んだものの、3時間はぶっ通しで全力疾走していたから体力も相当なものだ。しかも『超嗅覚』のおかげで獲物の位置が分かるのか狩りもかなり上手かった。コボルトもやるもんだ。この件が終わったら、眷属にしてみても良いかもしれないな。

 ちなみに調理器具なんぞ持ってないので、オークを丸焼きにしただけの超野性的料理でした。味は豚肉と大して変わらなかったので悪くはなかったけど……やはりちゃんと料理がしたいと思ったもんだ。それに焼けた人型の生物を食うってことに抵抗があった。まぁ結局、溢れ出る肉の良い匂いに負けて食べちゃったんだけど。

 

「つーかお前は腰に来ねーの? 羨ましいんだが」

「ひひっ、うちは運動し続けとるからのぅ。主とちごうて」

「あぁ? 俺だってたまには運動してますけど」

「おぉ? 怒ったんか? すぐ怒るのはカルシウム? の不足やで。牛の乳でも搾ってきたろか。それとも今すぐうちに主の子ぉ孕ませて、うちの乳飲むか?」

「お断りだ。それに怒ってねーし。ってか、牛いんの? この世界にも」

「おるでぇ、牛人ミノタウロスっちゅうてな。雌は人間の娘とほとんど変わらん容姿で、14超えると乳が出る。雄はコボルトと同じや。二足歩行の牛」 

「ほ~、同じ種族なのに絵にすると完全に美女と野獣じゃん」

「ひひっ! そうやな。あぁ、ちなみに牛人ミノタウロスの雌は一切の例外なく爆乳やで。でも人間にはちょいと受け入れがたい様やな。敬遠されとる」

「あ? なんでだ。そんなエロいの、人間が見逃すとは思えんが」

「乳房が4つあるんや。しかも人間の娘よりかなりデカい。8歳で成人した男並っちゅうとこかの。それ以外の牛要素は耳と尻尾程度で、基本人間の娘と変わらへんのやけどなぁ」

「ほ~ん、なるほどね」

 

 乳房が4つか……しかも身長めっちゃ高い。全然有りだな俺は。奏がいるからナンパなんぞしないが、もしまだフリーだったら……なんとかしてお近づきになろうとするかもしれん。あ……奏ハーレムOK派なんだった。いやいや、そうじゃなくて俺が嫌なんだって。一途でありたいのよ僕は。 



「はぁ……まぁいいや。それよりクロ」

「わざわざ言われんでもやっとるわ」

「……ならいい。行くか」



 エロい極妻風姉ちゃんそのものになったクロ。

 人間である俺からすれば、こっちの人間の女性そのものである見た目の方が普通は親しみやすい筈なのだが……不思議と俺は、元の鬼人としての姿に戻って欲しかった。人間の街に入る為には必要なことだから、この感情は捨て置くが……。



「おっとアカン。主以外の男がるんやった。ちゃんと着んと」



 俺が門へ向かって歩き出そうとすると、クロはそう言ってギリギリのラインまで着崩していた着物をしっかりと整え直した。



「っ……そういうの、気にするんだな。お前」

「当たり前やろ。うちが肌を許しとんのは主だけやで? あの娘らは同じ女やし何より姉妹分。家族やからな。別に見たって構わへん。けど知らん男共に見られるなんぞ許せんわ」

「そうか……」



 くそっ……ちょっと、ときめいちまった。



「は、早く行くぞ!」

「あん? お、おう。何を慌てとるんや?」

「何でもねーよ!」

 

 こういうとこは鈍感なのかよ!!! クソ―ッ!! 俺の好みだちくしょう。

 落ち着け俺! 俺には奏がいるんだ! 本人からGOサインが出てたってダメだ!! 素数を数えるんだ素数を。2,3,5,7,11,13,17……。



「待て」



 どうやら気持ちを誤魔化す為に必死こいて素数を数えている間に、目的地まで到着していたらしい。気が付くと俺たちの前には、2人の門番が槍を交差させて立っていた。片方は金髪碧眼の若い兄ちゃん。もう片方は、同じく金髪碧眼のヒゲ面のオッサンだ。2人ともかなりガタイが良い。魔力は微塵も感じないが、解析せずともなんとなく腕は立ちそうだと分かる。



「見慣れん顔だな? お嬢さん、それに坊主。とりあえず、身分証を見せてもらおうか。入領税は300ファルだ」



 門番の片割れ、ヒゲ面のオッサンの方が問いかけてくる。

 300ファル……奏たちに聞いた情報だと、銅貨が3枚だったな。村を襲撃した時に奴らの有り金は全部奪って保管しておいたからな。金にはかなり余裕がある。しかし問題が一つ。身分証など、ない。



「すみません、門番の親父さん。俺達、身分証を失くしてしまったんです。なんとか頼めませんか?」

「……ふむ、そうか。まぁよくある話だ。しかし金はあるんだろうな? 新しく発行する為には5000ファルかかるぞ?」



 ふむ、銀貨5枚だったか。

 まぁその程度余裕だ。何せ俺は銅貨やら銀貨やら金貨やらを全て合わせたら、金貨300枚分の通貨を持っている。1金貨で10000ファルらしいから、300万ファルってことだな。 

 そう。だからレートとしては、



1銅貨=100ファル

1銀貨=1000ファル

1金貨=10000ファル



 ってことになる。

 その上に更に、この国で信仰されている女神ファルダニアの顔が描かれたファルダニア聖貨というものがあるようだ。

 これに関しては、1枚でなんと最低1000万ファル。時価らしく、それよりもっと高騰することも十二分にあり得るそうだ。

 女神ファルダニア、か。どんな神なのだろうか? まぁいい。



「分かりました。……これで」

「うむ、確かに。それじゃあお嬢さん、坊主。こっちに来な!」



 オッサンが兵士の詰め所の方へ、俺達を先導する。

 門番役は一旦若い兄ちゃんに任せるようだ。それだけ信頼しているのだろう。



「じゃあこの石板の上に手を置いて、名前を言ってくれ」



 案内された詰め所の奥で、オッサンが両手で抱える一枚の石板に触れるよう言われる。それは20インチタブレット程のサイズ感で、厚さも5㎝ほどはある。かなり大きいアイテムだ。恐らく重量も、それに釣り合う程度にはあるのだろう。

 オッサンはへっちゃらそうだから、かなり筋力はあると見ていいだろう。



「はい。では、まず俺から。……神崎創哉」



 手をペタッとくっつけ、名前を言う。すると石板からぼんやりした青い光が出始め何か文字が表示されていく。



「ふむ……坊主、もう手を離していいぞ」



 言われた通り手を離す。

 石板には、



・名前:カンザキ・ソウヤ

・年齢:16

・レベル:10

・階級:平民

・罪歴:なし



 こう書かれていた。

 事前にチェック項目は聞いていたが、それ通りで良かった。もしリニューアルかなんかされてて種族やクラスなんかも表示されるようになってたら、この時点でアウトだった。



「家名が先とは……東方の出身か! まぁ、その黒髪黒目なら当然か。ほう、レベル10! その若さでやるもんだなぁ! 冒険者志望か?」

「っ……! えぇ、はい。東方出身で昔ちょっと、元冒険者の姉さんに教わりながらゴブリンなどを少々」

「ほほ~、なるほどね」



 即興で考えた設定だが、どうやら納得してくれたらしい。



《おう主、うちは主の姉ちゃんなんか?》

《あぁ、そういうことにしておく。人間社会では、今後そのように振舞うよう心掛けてくれ。自然な範囲でな。俺はお前に対する態度を変えるつもりはない》

《無茶を言うのぅ。ま、ええわ。適当に合わせたる》

《あぁ、頼んだ》



 クロとの思念話をしている内に、オッサンは羊皮紙に羽根ペンでスラスラと石板の内容を書き込んでいた。最後に『証明者:クロムウェル辺境伯家家臣、騎士セオルド』と記入してオッサンの名前のところに押印する。



「ほれ、もう無くすなよ。平民にとっちゃ5000ファルなんて結構な高額なんだからな。おっちゃんは元平民の成り上がりだから、分かるんだ」



 俺達に対してウィンクするオッサン。ヒゲ面でガタイの良いオッサンがやると結構キツイもんがあるが、まぁ親しみを感じてくれているのなら好都合だ。



「それじゃ、今度はお嬢さんの方だな。ほれ」

「あぁ。これでいいかい?」



 うわっ、姐さん感すげぇ!!! 格好も相まって、完全に姐御だなこれは。



・名前:クロヤシャ

・年齢:30

・レベル:1

・階級:平民

・罪歴:なし



「うん? レベル1? それに家名もない……どういうことだ? お嬢さんは坊主の姉さんなんだろう?」

「あぁ、あたしは昔からどういう訳か強くてね。魔物を倒してもレベルが一向に上がらないんだよ。それと、この子はあくまで弟分だ。実の弟じゃないよ」

「ふむふむ……なるほど。聞いたことがある。生まれたっての強者は必要経験値が非常に高く、レベルの上昇速度が異常に遅いとかなんとか……。凄いお嬢さんなんだな。騎士……やってみないか? クロムウェル様は必ずや重宝するぞ」

「っ! ……勘弁しとくれ。あたしはこの子のために、冒険者として復帰しに来たんだ。騎士になんぞなって、この子と離れ離れになっちゃ意味がないんだよ」

「そうか……。まぁ、仕方ないか。ほらよ」



 よく耐えたクロ! クロムウェルに重宝されるとか聞いて一瞬めっちゃ殺気立ってたけどよく耐えた!! ってか、腕は結構立ちそうなのに殺気は感知出来ないんだな。意外だ。気配を感知できれば殺気も当然感知出来るから、ベテラン戦士なら誰でも出来そうなもんだがな。

 まぁ、俺は生まれた時からなんか出来たんですけどね!



「おっと、これも忘れるな? 滞在許可期間は10日間だ。それ以上滞在したい時はこの詰所か中央区の役場まで行って延長申請しな。どっちでも500ファルで手続きして……って、あぁお前さんらは冒険者になりに来たんだったな。それなら期間は関係ないか。すまん」

 

 オッサンが兜をかぶっているにもかかわらず後頭部を掻きながら、軽く謝る。

 そう、冒険者は滞在許可期間を無視出来る存在なのだ。しかも万国共通のパスポートにもなる。冒険者カードを見せるだけで、どれだけ厳重な取り締まりも突破出来るようになる。その代わり、対魔物における大事の時は誰より先に前線に出て戦わなければならないという義務が発生するのだが。

 そう、重要なのは対魔物という部分。冒険者は人間同士での戦争の時は肩入れしない。試合以外で人間同士で戦うことを禁止された存在。それが冒険者。

 だからこそ俺は迷宮主ダンジョンマスターとして真っ向から喧嘩を売るのではなく、あくまで人間としてクロムウェルのもとへ辿り着かねばならない。少しでも敵を減らすために。だから当然、冒険者になるという発言は嘘だ。



「いえ、構いません。一応続けてください。知っておいて損はありませんから」

「ん、そうか。殊勝なことだな。では続けるぞ。期限切れで街にいて浮浪者狩りに見つかると、10000ファルの罰金。その場で払えなかったら一般奴隷に落とされるから注意しろ。以上だ」



 一般奴隷……? 奴隷にも種類があるのか。あぁ、戦闘奴隷とか性奴隷とかではない普通の奴らってことか。 



「分かりました。ありがとうございました」

「おう! なんか困ったら詰所の横にある何でも屋に相談しな。金は取られるが邪険にはされないはずだ。あぁ、お前さんらだったらおっちゃんに聞いてくれても良いぞ! 元平民のよしみだ。わっはっは!」



 機嫌よく笑うオッサンに適当な社交辞令で返し、俺達はいよいよクロムウェル領に潜入を果たしたのだった。

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