10話 エゴとエゴの衝突

 あれから俺達は結局、翌日の朝まで身体を重ね続けた。

 散々仕込まれただけあって、奏の夜の技術は本物だった。というか俺すら持ってないユニークスキルである『歌姫』に目を奪われて見逃していただけで、スキルとして『房中術』を持っていた。だから最初の方は俺がリード出来ていたのだが、途中からは奏に主導権が移った。さながらサキュバスのように搾り取られまくったが、俺に疲労という概念がないからなのか、なんぼ出しても賢者タイムは訪れなかった。故に、奏が疲れて眠るまでずっと臨戦態勢のままだったし、俺の欲も落ち着くことはなかった。

 愛する人が求めてくれているのに応えられないなんて、そんな情けないことにならずに済んで本当に良かった。この迷宮主ダンジョンマスターとしての身体に感謝だな。まぁアレのサイズ感は前世と同じだったので、奏的にどう思ったのかは分からないが。仮性だし。楽しそうに弄ってくれたから、多分仮性だからどうこうというのはない、筈だ。きっと。

 ちなみにその間、侵入者が結構な回数来たようだが、全てクロが一人で処理してくれた。おかげで現在、12080DPある。どうやら昨晩キングサイズベッドを買うのに使った3000DPも、クロが腕試しも兼ねて領地内で暴れ回ってくれたおかげで手に入ったらしい。

 これでクロが眷属じゃないまま手伝ってくれていればもっと獲得DPは増えていたけど、そんな目先のちょっとした利益より、クロという超強力な武器を手に入れられたことの方が余程重要だ。眷属である以上、主である俺を彼女らは裏切れない。

 絶対服従という訳ではないが、俺のもとを離れることは絶対に出来ないし、俺に不利益となる行動も絶対に出来ない。

 それが、眷属というものなのだ。


 ちなみに、そんな超強力な武器ことクロのステータスはこんな感じだ。


======================

名前:黒夜叉 30歳 女 レベル:1

種族:鬼人  

 

筋力:2500(最大8倍まで上昇)

耐久:1800

敏捷:900

魔力:1500(内1000は妖力)

器用:350



能力:種族スキル

   『超怪力』『不屈』『威圧』『妖術』



装備:毛皮のボロ服・上下

======================



 めっっっちゃ強い。まず、能力値は大鬼オーガ時代から単純に10倍。

 さらに鬼人族に転生したことで『怪力』がランクアップして『超怪力』となり筋力が最大8倍まで増強可能になったらしい。

 しかも、それだけじゃない。更に『妖術』まで使えるようになったのだ。

 妖術というのは、魔法とはまた違う枠組みらしい。魔法は自身の体内魔力を使用して発動するが、妖術は鬼人族や天狗族、日本でいわゆる妖怪と呼ばれていたような奴らだけが持つ、妖力を使用する技術。

 前に倒したゴブリンアーチャーのそれとは訳が違う、本物の種族固有能力。

 それこそが『妖術』である。では実際何が出来るのかと言うと、魔法と変わらない。イメージ次第で何でも出来ちまうのが、この世界の力というものだ。

 だからそれは良い。重要なのはただ一つ。妖術は、耐性を無視する。また反射魔法なんかも当然のように無視する。

 つまり、極めてアブねぇ能力ということだ。クロが俺の敵じゃなくて良かった。本当に。これを知った時、思わず震え上がったもんね。血の気が引いた。

 鬼に金棒ということわざは、まさにこういう時に使う言葉なのだろう。

 ちなみに迷い込んできた魔物を処理してたのにレベルが上がってないのは、それだけ必要な経験値が多いからだ。元々エリアボスだったクロが転生して格段に強くなったのだ。ここらの雑魚を数体殺った所で、レベルアップする筈もないということである。


「んで主、これからどないすんやねん? 奏ちゃんを苦しめたクズ共とのカタァつけに行かんのかいな」


 クロが壁に寄りかかりながら、椅子に奏を膝に乗せて座る俺に聞く。


「本当なら今すぐにだって行きたいが、まだだ。とりあえずはダンジョンの守りを強化する。コアが、相棒が壊れれば俺も死ぬ。だから、今すぐは打って出ない。それに奴らはただ殺すんじゃなまっ……!」

 

 クロが相手だからと、俺の胸に秘めたどす黒い考えをついポロっと零しそうになるが、膝の上に奏がいることを思い出して慌てて辞める。


「ねぇ、創哉。そんな風に取り繕わないで。私そんなに脆くないよ?」 


 しかし、そんな俺の気遣いは他ならぬ奏に止められてしまった。


「けど……」

「けども何も無いよ。言ったでしょ? 知らない人が幾ら死のうと別に気にしないって。殺す相手がおじさん達なら尚更。私達は毎日恨んできた。憎んできた。他に生きれる道があるのなら、こんな奴らさっさと殺して自由になりたいってずっと願ってきたの。実行出来なかったのは、村が魔物の巣窟であるこの山の中にあるからだよ」

「なっ、この山の中に村が!?」

「うん。創哉、マップ……見せてくれる?」

「お、おう」


 奏の要望に応えて、マップを開く。

 クロを俺の眷属にしたことで、この山は俺の領地となった。奏の言うことが真実なら、既に『村』はダンジョン内の何処かにあるということになる。


「あった。これだよ」


 奏が操作していたマップの行き着いた先を見る。

 そこには確かに、村があった。全体を背の高いとげとげとした木の塀で一部の隙もなく囲った監獄のような村が。


「これが……村、か」

「うん。私の友達も、多分まだここにいる。あの娘達は、私より2年遅れて入ってきたから、まだ12歳。捨てられてはいないと思う」

「そうか……確かに、マップにも人間の姿はないな」

「うん。だからね、お願い。あの娘たちを助けてあげて。そしてあんな村潰して。私達のような娘が、二度と現れないように」


 俺は、どうやらまだ見誤っていたらしい。

 この娘は確かに普通の子供だったのだろう。けれど、『村』で過ごした9年間は既に彼女を大きく変えてしまっていたのだ。取り返しのつかない程に。

 そんなこと分かっているつもりだった。けれど、不十分だった。子供の頃のような本来の彼女に戻って欲しかった。でも、それはどうやら無理なようだ。だからと言って、この娘を陽だまりに居させてやりたいという俺の願いは変わらないが。


「あぁ、分かった。勿論だ。あの村は潰す。完膚なきまでに。けど一つ、聞かせて欲しいんだ奏」

「なに?」

「本当に知らない人間が死ぬことに対して何も思わないなら、どうしてあの時、俺から目を逸らしたんだ? 俺には強がっているようにしか見えなかった」

「……知らない人間が死んだってどうでも良い。それは本当だよ。あの時目を逸らしたのは、殺す側を想って。創哉が人殺しをするってことを考えて、心が痛んだの」

「それは、どうして? 俺は迷宮主ダンジョンマスターだ。生きていく為には、どうやっても避けられない道だ。人間にとって相棒は、俺の心臓は非常に値打ちのあるもの。今はまだ新しいダンジョンの発生に人間達が気付いていないから良い。けど気付いたら必ずやってくる。殺さないなんて、不可能だ」

「分かってる。それは仕方のないことだし、当然のこと。自分たちのくだらない欲望のために他人様の家に土足で上がり込んで好き放題荒らしてくんだから。創哉は何も悪くない。私が心を痛めたのは、創哉の心のこと。だってそうでしょ? 創哉はこんなにも優しいのに。本来、誰かを傷つけたくなんて、ない筈なのに。それなのに、やらなくちゃ生きて行けない。それが本当に悲しいの」


 俺の、心配を……? 


「そう、か。そうか……」


 アレは奏の、俺への優しさだったのか。その心遣いが本当に嬉しい。

 けれど、そんな心配は無用だ。


「奏。ありがとう、気遣ってくれてたんだな。気付かなかったよ。ごめん。でもな奏、俺はそんなに優しくないんだ」

「嘘。だって私に、あんなに優しくしてくれた。眷属になった時に私に入ってきた前世の創哉だってすっごい優しい人だった。それは今だって変わってないよ。じゃなきゃ一目見て優しい人だ、なんて思えない」 

「買い被り過ぎだ奏。俺は聖人君子でも何でもない。あの村を潰すのは勿論お前の為でもある。あぁ、今も苦しめられているであろう女の子たちの為でもあるさ。だけどそれ以上に俺自身がムカついたから、それだけだ。ただの身勝手なんだよ」 

「十分だよ。自分の想いもなく、全部が全部他人の為だなんて、そんなの逆にイカレてる。凄いなって思うよ? 尊敬する。けどそれだけ。だって怖いもん。自分に何の得もないのに自分を犠牲にして、笑顔で居られる人なんて」

「……そうか」

「それにね創哉、買い被りなら貴方だってしてる。私だってそんなに優しくないよ。言ったでしょ? おじさん達のこと殺してやりたいって思ってたって。本当に優しいなら、そんな風に思わない。幾ら傷つけられても、復讐心なんて芽生えない。私が優しくするのは、優しくしてくれた人に対してだけ。友達や家族、身内に対してだけだよ。だから私にも手伝わせて」

「なっ!? 馬鹿な。分かってるのか!? 人を殺すんだ! 何人も!! その手伝いなんて、奏にさせるわけにはいかない!」

「どうしてよ」

「奏には陽だまりで生きて欲しいんだよ! どうして分かってくれないんだ!? 誰かを傷つけて欲しくないんだ! お前に、俺が誰かを傷つける所を、見て欲しくないんだよ!! お願いだから待っててくれ!! 必ず村は潰す! 囚われてる女の子たちも助ける! だから」

「そんなの無理よ! 私には、それこそ耐えられないわ! 創哉やクロが戦ってくれてるのに、私だけのうのうと平和に過ごすなんて! 確かに戦う力なんて何もないよ? でも、一人で大人しく引っ込んでるなんて性に合わない! 私、貴方が思うよりずっと好戦的なのよ!」

「それでも! だって、奏は女の子だろ!?」


 互いの声量が上がる。ついかっとなってしまったのだ。それに釣られ奏もボルテージが上がり、言い合いになってしまった。

 こんなんじゃダメだ。冷静さを欠いたままじゃ、碌に話など進まない。俺は頭を振ってふぅと軽く息を吐き、気分を落ち着かせ続ける。


「俺は、女の子には戦って欲しくないんだ。しかも奏には、あんな過去がある。尚更嫌だ。それに、もし奏に万一があったら……俺は正気ではいられなくなる確信がある。そりゃ身を守るための戦闘技術は身に着けてもらうさ。でも、俺やクロと同じ戦場には立ってほしくない。……ダメか?」 

「……創哉の気遣いは嬉しいよ。でも、聞けない。それに女だからって言うならクロはどうなの?」

「あいつは、鬼だ。戦いそのものを好む。殺しも躊躇わず出来る。何より強い。だから安心出来るんだ」

「そっか……。じゃあ、私が貴方が安心出来るくらい強くなれば、2人と同じ戦場に立っていいってこと?」

「それはっ……!」


 本当に、奏は俺達と共に戦うつもりなのか? もう十分酷い目にあってきたのに。これ以上辛い思いなど、一回だってして欲しくないのに……。


「ねぇ、創哉。気遣いは嬉しいよ? 心配なのも分かる。今の私は本当にただの小娘だから。戦う力なんて、何も無いから。でも言ったでしょ? 創哉やクロが命懸けで家を守るために戦ってくれてる間、私だけがのうのうと平和に過ごすなんて耐えられないって。私に辛い思いをさせたくないと思うのなら、一緒に戦わせて」


 参った。本当に参った。

 この娘は、決して逃避せず真っ向から地獄を乗り越えてきたのだと改めて実感する。幾ら辛くても、苦しくても、決して自殺しようとせず懸命に生きてきただけはある。心が強い。俺なんかとは、比べ物にならない程。

 俺の気遣いは、むしろ無粋か。


「……分かった。奏が本当に俺が安心出来るくらい強くなれたら、俺達と一緒に戦うことを許す。けど陽だまりで生きて欲しいって願いは変わらない。だから一緒に探してくれるか? 迷宮主ダンジョンマスターとその眷属が、暗い血塗れの道ではなく、陽だまりの中で生きる為の道を。俺も、奏と同じように身内にしか優しくないからな! だから、暴走しがちな俺を傍で見守っててくれるか?」

「……っ! うん。勿論! ずっと、いつまでも」

 

 心底嬉しそうに、涙すら流して頷く奏。

 ちょっと遠回しになったから気付いてもらえるか少し不安だったが、どうやら気付いてもらえたようだ。

 もう、俺は奏を離すつもりはない。眷属だからとか、そんなのじゃない。

 一人の男として奏を愛し続けると決めたのだ。


「ふふっ……嬉しいな。創哉がこうして隣に居てくれれば……私、過去のことなんて忘れられそう」

「そりゃ光栄だな。……すぐに終わらせてくる。待っててくれ」

「うん、待ってる。あ、でも……おじさん達を殺す時は、私も呼んでね。殺してやりたいってずっと思ってたんだから。死ぬ所をこの目で見たいの。それくらい良いでしょ……?」

「……分かった。そうだな。奏がそう望むのなら、そうしよう。奏に殺しなんて見て欲しくはないけど、それだけのことはされてきたもんな」

「うん、ごめん。絶対に折れる訳にはいかないの。完全に人任せには、出来ない。それじゃ気なんて全然晴れないから」

「あぁ」

 

 深く息を吐く。胸いっぱいに溜まったもやもやを吐き出すように。


「ふぅ~……。さて! 待たせて悪かったな、クロ。準備が済んだら出発するぞ。村に囚われた女を救い出す。男は根絶やしにする。一匹残らず塵殺だ」

「……ひひっ! そらええのう。うち、主のそのモード大っ好きやでぇ! 奏ちゃんと乳繰りおうとる時は、甘ったるうてしゃーないからのぅ。あぁ~、その殺意剥き出しの凍てついた目ぇ、ピリついた表情。ひひひっ! あぁ、あかん! 奥が疼きよる……。はよぅしてくれや主ぃ。高まった気ぃ暴れ回って晴らさんと、うち、主のこと襲ってまうで」

「あぁ? そりゃ一体どういう……」

「鈍いやっちゃのぅ……うちはな、アンタの殺意に酔っとるんや。抜き身の刃のような、アンタの殺意にあてられとるんや。奥が疼きよるんや、その殺意で。それとも奏ちゃん放って、うちのこと抱いてくれるんか?」


 その言葉を聞いて、俺は耳を疑った。

 こいつ、俺に気があったというのか!? 


「どうしてそうなる……。俺と殴り合いたくなるってんなら、お前は戦闘狂の鬼だしまだ分からなくもないが」

「ひひっ……そら、殴り合えるんならしたいでぇ。でもうちは、もうアンタの眷属や。主には危害を加えられん。訓練ならともかく、本気で殴り合うのは、もう不可能なんや。せやからこそ、うちは戦場で暴れ回って気ぃ晴らすか、アンタに抱いてもらって気ぃ晴らすかしかないんや。うちは、強い男が大好きやからのぅ。さっきから疼いて疼いて、しゃーないんや……。はよぅ、はよぅ行こうや……」


 様子を見る感じ、本気で言っているようだ。

 しかし、そうか。こいつ……そういう癖か。


「分かったよ、出来るだけ急ぐ。にしても……俺の殺気をくらって『濡れる』とはな。とんだ痴女がいたもんだ」

「ひひっ……鬼の女っちゅうんわ、そういう生き物やで主。うち等の夫選びは殴り合いで決めるんや。自分を半殺しにした男と子を設ける。自分より強い男でしか濡れんし、興味がないんや。その点主は大合格や!! 今はうちの方が強い。けど主はうちを半殺し所か、殺した男や。本気になったアンタを、うちは忘れられへん!!!」


 まさかの、種族ぐるみかよ。やべぇな鬼。

 ってかこういう場合、どうすればいいんだ? 喜べばいいの? 奏がいるからって振ればいいの? 正直、恐怖しかないんだけど。引くわ鬼。


「……はぁ。とりあえず、準備しよう。俺も何か無性に八つ当たりしたい気分になってきた。オッサン共サンドバッグにして気ぃ晴らしたる」

「ふふっ、創哉って結構影響受けやすい? 口調移ってるよ」

「え? あ、あぁ……気付かなかったな。ありがとう。そうかもしれないな」


 そうして、俺は艶やかな声を漏らして震えるクロに内心でドン引きしながら、素早く出入口からコアルームまでの間の何もない部屋に、設置出来るだけ魔物渦を設置したり、時間稼ぎになれば良いなくらいの感覚でとりあえず部屋と部屋を繋ぐ廊下を超複雑な迷路にしたりと、長時間外出する為の準備を進めるのだった。

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