5話 新たな

 気絶しているのか、昏々と眠りこけている少女の状態を調べる。

 まず、全体的に細かい擦り傷を負っている。

 次に腹部だけが膨らんでおり、その腹部にはかなり酷い痣が沢山ある。更に肌がかさついているし、髪も荒れている。


「まず、重度の栄養失調であることは確実だ。その上お腹にある痣……虐待か?」


 そういえばあの大鬼オーガ、この子のことを落ちていたと言っていたな。虐待と思われる傷痕、重度の栄養失調、人里から離れたこの森に子供が落ちている。以上の要素から導き出される答えは一つ。


「口減らし、だな」


 ならば、俺が貰い受けても文句はないだろう。

 一度捨てたのだから、例え将来返せと言われても遅い。俺は迷宮主ダンジョンマスターだ。生まれながらにして、身内以外の全てから狙われる事が決められている存在。ならば思いのままに、自分の心にのみ従って生きよう。


「ん、んん……」

「っ!! 目が覚めたかい?」

「あ、なた……だ、れ……?」


 その口から発される声は、やはり俺の妹にどうしようもなく似ていた。

 どうしてこんなに似ているのだろう。俺のことを知らないということは、この子が実は異世界転移した俺の妹、という説は消えている。

 そもそも俺の妹は、日本人なのだから当然だが黒髪黒目だ。この子のように金髪碧眼ではない。それなのに、どうしようもなく似ているのだ。


「っ! 似てる……」

「な、に……?」


 わずかながら口から漏れていたらしい。

 少女は困惑したように首を傾げる。


「あ、いや、こっちの話だ。俺は……神崎創哉。創哉で良いよ。君は?」

「わたし、なまえ、ないの。いつも、おい、としか、よばれない、の。そおや」

 

 首を左右に振り、悲し気に俯いてそう答える少女。


「っなんだと!? ……いや、そうか」

「うぅ……そおや、おなか、すいたよぉ」


 苦しそうに言う少女。

 この子はもう、幼女と言える歳ではない。それほど小さくはない。それなのに、こんなに言葉がたどたどしい。

 まるで幼稚園児のようではないか。それに、名がないだと? おい、としか呼ばれないだと!? そんなバカな話があってたまるか。

 

「くそ……ふざけるなよッ!!」


 ギリッと歯を噛みしめる。

 

「そおや、おこって、るの? なんで……? わたし、なにか、しちゃった?」


 不安そうに目に雫を溜め、瞳を揺らす少女。


「いいや、何でもないんだ。ごめんね。怖かったよね。君さえ良ければ、俺の家に来るかい?」

「いい、の……? わたし、すてられた、んだよ? わたし、いらないこ、じゃないの……? そおや、ふくも、かえないほど、びんぼう、なのに」

「へっ? あ」


 そこで思い出す。今の自分の格好を。そうだ。俺は……パンツ以外の自分の服を全部売っぱらってしまったんだった。

 恥ずかしさのあまり思わず頬が紅潮し、身体がプルプルと震え出すが、根性で極力平静を保つ。油断すれば逃げ出したくなってしまうくらいには恥ずかしいが、これも自分の選んだ道だ。仕方がない。


「い、良いんだよ俺のことは! それより、君はどうしたいんだ? 来るのか、来ないのか。貧乏とかは気にすんな! 近い内にどうにかする! 絶対食うに困らせることなんかしねぇ!!」

「でも……」

「あぁもう、行く! 行かない! どっちだ!?」

「い、いく! いきたい! そおやの、いえ、いきたい!」

「へへっ、そう来なくっちゃな!」


 ニヤリと笑いかけ、少女を抱えようとした瞬間。


「っ!! そ、そおや! う、うしろ!」


 安心したようにふわりとした笑顔を浮かべていた少女が、一気に顔を青くして震えながら背後を指差す。

 そこにいたのは、俺が倒したはずの大鬼オーガ


「やはり、生きていたか」


 天啓が聞こえなかった以上、生き延びているのだろうなと察してはいた。

 しかし、一体どうして……? そんなことを考えながらも、俺は少女を後ろに下がらせ構えた。

 けれど、次の瞬間俺は凍り付いた。

 何故か? それは……。




 俺の前に片膝をついて跪き、恭順の意を示す大鬼オーガの姿がそこにあったからである。




「……何のつもりだ? お前。いや……喋れないのか。仕方ない。お前もついてこい。治してや、る……って、おい! マジかよ」


 崩れ落ちる大鬼オーガ

 どうやら、最期の力を振り絞って俺に跪いたらしい。


「くそっ」


 こんな姿を見せられては、絆されずにはいられない。


「悪い。こいつも連れてって良いかな?」

「……うん。そおやが、いいなら」

「そっか。じゃあ行こう」

「うん。わたし、あるく、ね?」

「……そうだな。その方が良いかもしんない。ごめん」

「いい、の。いこ」


 そうして俺は、捨てられた少女とエリアボスの大鬼オーガを連れて、我が家ダンジョンへと帰った。

 ちなみに帰り道は、全力で殺気と魔力を周囲に撒き散らしながら歩いた。

 今の状態で魔物達に襲われたら、流石に面倒過ぎるからだ。『圏境』を使えば俺だけはバレないが、少女と大鬼オーガはバレてしまうだろう。

 それを防ぐにはむしろ、気付かれない路線ではなく、ビビって近寄ってこない路線に変更した方が良いと判断したのだ。『魔力感知』を持ってるなら俺の魔力量にビビる。持っていない奴なら俺の殺気にビビる。そういう魂胆だ。

 そして、それは正解だった。おかげで帰り道は安全そのものだったし、大鬼オーガが持っていた『威圧』に似たスキル『殺意の魔圧』とか言うのを獲得出来た。どうやら、俺の魔力はこれから『魔力感知』を持っていない奴でも気付くようになるらしい。通常のとは異なり、無色ではなく殺意が内包された魔力になるから、ということのようだ。

 別に……いつも殺意満々って訳じゃないんだけどな。まぁいいや。仲間に対しては効果を成さないらしいしな。




◇◇◇




「おっかえりー! どうだっ、た……って、予想外の展開だねこりゃ。何がどうしてそうなったんだい? その大鬼オーガ、隣接地域の主でしょ? 殺さないのかい?」

「まぁ……色々あってな。詳しい経緯は後で話す。今は温泉だ」


 そう言って、メニューにあるダンジョンの項目から内装変更を選び、LRアイテム『魔法の温泉』をコアルームに設置する。


「これでよし。これは傷や病気を癒す効果がある温泉だ。入ると良い」

「きず? びょうき? おんせん? って、なに? そおや」

「え、あー。そうだな。とりあえず温泉ってのは……なんだ。そう! こういう感じの温かい水たまりのことだ。で、傷と病気は……今君の身体にある痛い奴が全部傷だ。病気は……風邪とか、熱とかのことなんだけど……」

「かぜ? ねつ? なに、それ? そおや」

「あー、そうだよなぁ。えっと……」


 少し悩み、あっそうだとゴホゴホ咳をする。


「今のこれ! ゴホゴホいう奴、こういうのが病気! あ、だからって俺は病気じゃないぞ。今のはあくまで、説明のためにやったことだから」

「うん。さっきの、みたこと、ある、よ。むらのひと、してた」 

「そっか。まあ、そういう感じの奴が病気。んで、この温泉に浸かるとそういう苦しいのが全部治っちゃうんだ」

「そうなの? すごい! じゃあ、わたしも」


 そう言うと少女はボロボロで泥だらけの服を着たまま、温泉に入ろうとする。


「待て待て待て! 流石にそれはダメだ。えっとだな? 温泉は、服を着たまま入っちゃいけないんだ。それに泥がついたままは良くない。えーっと、これで身体を軽く拭いて泥を落としてから入ってくれるかい?」


 そう言って、アイテムボックスからぞうきんを取り出し渡してあげる。

 え、ぞうきんで身体拭かせんのかよって? まだ未使用なんだから、ぞうきんって名前のタオルなんだよ。真っ白ピカピカでふかふかだぞ。


「そうなの? うん。わかった、よ。そおや」


 そう言うと少女は服を脱ぎ、身体をぞうきんで拭い始めた。

 

「おぉう!?」

「わっ。なに? そおや。わたし、またなにか、しちゃった、かな……?」

「へっ!? あ、いや、何でもない何でもない。ごめんごめん。気にしないで」


 やっべー。つい反応してしまった。

 予想以上にお胸さんがあるぞ、こやつ。ここも我が妹、マイスウィートエンジェルと異なる点だな。あの娘は非常に慎ましいお胸さんでしたからねぇ。

 そんな所もまた可愛いんだが!! それに、母さんは牛レベルにデカいから多分我が妹もそのうち成長する筈。まぁもう俺、拝めないんだけどね!


「あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"……」


 思わず四つん這いになって項垂れる俺。

 妹分が、妹分が足りない……。


「だい、じょうぶ……? そおや」


 心底心配そうに、俺を見下ろす少女。

 

「やっぱ似てるぅぅ……うう、妹よ兄ちゃん寂しいよぉぉ」

「えっと……そおやの、いもうと、に、にてる、の? わたし」

「うぅ、うん……。メッチャ似てる」

「そっか……なら、わたし、じゃ、だめ、かな?」

「へっ?」

「お、おにいちゃんの、いもうと、に、わたし、なるよ?」


 頬を赤らめ、目を逸らし、手を後ろで組みもじもじする少女。


「可愛い!! ありぃ!! ハッ!! んんっ、まぁそれじゃあその……これから君は俺の妹ってことで、一つ宜しく。おっと……いかんいかん。忘れる所だった。帰りの道中もずっと考えてたんだ。名前だけのつもりだったけど、俺の妹になるなら苗字も一緒にやる。神崎奏。それがこれからの君の名だ」

「……かなで。うん。かなで。わたしは、かなで。ありがとう! おにいちゃん!!」


 実に嬉しそうに、涙を流しながらにっこりと笑う奏。

 良かった。本当に。あの娘の代わりなどではなく、もう一人の新しい妹として、これから奏を愛して行こう。

 何故、奏なのかって? その秘密は、彼女のスキルにある。


――ユニークスキル『歌姫』


 具体的な効果はまだ調べていない。

 けれど帰りの道中、この子が知らないだけじゃなくて、本当に名前がないのかと思い解析してその存在を知ったのだ。

 ちなみに、本当に名前はなかった。もし機会があったら奏を雑に扱い、あまつさえ虐待しやがったクソ両親ぶっ殺してやる。

 見てみぬふりしやがった村の奴らもだ。根絶やしにしてやる。俺の可愛い妹に手を出すってことが何を意味するのか、身をもって思い知らせてやる。

 俺はそんな思いを胸に秘め、今後の予定を考えるのだった。




今話の最終ステータス 

======================

名前:神崎創哉 16歳 男 レベル:4

種族:人間  

クラス:迷宮主ダンジョンマスター

 

CBP:2700/3000

筋力:270

耐久:120

敏捷:200

魔力:500

器用:410



能力:クラススキル『迷宮の支配者』

   …DPショップ,領地拡大,領域改変,領地内転移

    虚ろなる身体,万能翻訳,眷属化,解析



   称号スキル

   『転生者』『超シスコン』

   

   エクストラスキル

   『悪意感知』『直感』『家事全般』

   

   戦闘スキル

   『闘気術』『魔力放出』



   常用スキル

   『殺意の魔圧』



   武技

   『圏境』『硬気功』



熟練度:芸術5,歌唱6,演奏6,格闘3

耐性:飲食不要,疲労無効,不老,痛み耐性Lv8,熱変動耐性Lv3 

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