窓辺の横顔

落差

一瓶目

席替えで、窓側の席のくじを引いた。

どうしても廊下側の席に座りたくて、親友の紗奈に頼み込んで交換してもらった。

ど田舎の、小さな高校。窓ガラス越しに見る近くの海が、まるでラムネ瓶を世界に投影したみたいで、弾ける炭酸が魅力的で、それを独占できる窓側は特等席で、だから圧倒的に窓側の席が人気だった。

紗奈はしばらく不思議そうに私を問い詰めて、何か恋愛絡みじゃないとおかしいと騒いで、村田(紗奈の前の席になる予定だった男子、紗奈曰く「うるっさいし馬鹿だけどバスケ上手いからなんだかんだモテてんの」)のことが好きなんだ、絶対そうだと私を指さした。じゃあそういうことで良いから、と変わらず手を合わせて頼み込む私に、

「あんたのタイプああいうんじゃないでしょ」

と呆れて引いたくじを渡してくれる紗奈も、なんだかんだモテてるのを私は知っている。

「さっすが私の親友!紗奈大好き!」

はいはい知ってる、とあしらいつつ紗奈は続けて口を開いた。

「あとで誰が目的なのか白状してもらうから、覚悟しな」

「さっすが私の親友…」

少しだけ、胸がちくりと痛んだ。


窓側が人気な理由はもう一つある。というか、廊下側が不人気な理由だ。

私の高校は廊下側にも大きな窓がついているタイプで、内職中に先生なんかが通りかかったりでもしたら即刻バレてしまう。おまけに休み時間になると、他クラスの陽キャが教科書を借りにわらわらと集まる。なぜ私のクラスにこうも集まるのか?理由は簡単。陽キャが属する男子バスケ部とダンス部が、私のクラスにはなぜかたくさんいるから。

前の席が村田なのかどうとか正直どーでもいい。私にとって、陽キャが集まる窓のすぐ横、そんなこの席はものすごく価値があるものだった。

それと、紗奈と交換してもらった今となっては、私は私で窓側の席を引いててよかったなと思う。海を見るのが好きな紗奈にも結果的に喜んでもらえたし。


休み時間、案の定男子女子関わらずぞろぞろと集まりだす。席替えしたんだ、とかなんだとかいう声で一気に騒がしくなる。

私はポケットから鏡を出して、いそいそと前髪を直しはじめる。

あ、やっぱり来た。

もう一度、心の中で紗奈に感謝した。

「おーい、って村田じゃん。席替えしたんだ?」

「そうなんだよ廊下側だよ、最悪だよまじで」

「ははは、おつかれーい」

あれ?そっか、村田もバスケ部か。

うわそうか、前言撤回。全然どうでもよくない。村田、前の席でいてくれてありがとう。

「うるっせーまじで、てか竹中のクラス席替えまだなん?」

「俺のクラスこないだやったばっかよ」

竹中くんのクラス席替えしたんだ。どこの席になったんだろ。

「てかさー村田、歴史の教科書持ってねえ?」

「歴史?今日授業ねーからなあ、うーん」

バスケ部の竹中くんは、毎日のように部員の誰かに教科書を借りに来る。

歴史の教科書、私持ってる。なんなら今机に入ってる。

「歴史今持ってなさそー…あ、てか後ろ長瀬じゃん」

「えっ?」

あー、前髪直しといてまじでよかった。

いや、リップ塗り直しとけばよかったな。

てか村田、本当に前の席でいてくれてありがとう。

「歴史の教科書今持ってる?」

「歴史か、んーとね」

大丈夫かな、私。耳赤くなってないかな。

「あったあった!はいこれ」

村田に渡す。竹中くんに渡すほどの勇気は準備していなかった。

「まじかよありがとー、いやこいつが教科書忘れたっつってな、ほら」

竹中くんに自然に、自然にを装って視線を向ける。自然に、ってこれ上手くできてるのかな、

あ、

竹中くん、

紗奈のこと見てる。

今日も、見てる。

「ん、ありがと村田」

「お前聞いてた?これ長瀬のな、俺の後ろの」

「えっ、えーっと長瀬、さん?ええ、あざます、ちょっ丁寧に扱うわ」

「俺のでも丁寧に扱えよ」

あはは、と笑い声を上げる。できるだけ可愛く。できるだけできるだけ可愛く笑い声を上げながら、泣きそうになる。泣きそうな気持ちでいっぱいになる。

竹中くんは、紗奈のことが好きだ。

気づいていた。割とずっと前から。紗奈は鈍感だから気づくどころか、あの熱い視線すら認識してないけど。

気づいていた。当たり前だ。

だって私は、視線の先が紗奈だとわかる前から、

普段より何割増しで可愛くて、ほんのり頬が赤らんで、ラムネ瓶の炭酸の爽やかさにひそんだ甘さが全面に出たような、そんな竹中くんの表情に、

すっかり心を奪われているから。


紗奈はやっぱりあのラムネ瓶のような景色にただただ夢中で、そんな紗奈の横顔は私でも可愛いなって思う。

でも、私は、竹中くんの笑顔の方がずっと強く弾ける炭酸で、竹中くんの横顔の方がずっと甘く魅力的だと思う。

感情がぐちゃぐちゃになって、私の内側でぐるぐるして気持ち悪い。でもやっぱり、紗奈を廊下から1番遠くに離せてよかったなって思ってるから、私は窓側の席を引いてよかった。あーこれ、本当に最悪だな私。最悪で最低で、つらくて、苦しい。でも、竹中くんの幸せを願うことなんてできない。

竹中くんが、ずっと片想いしてたら良いのに。

ううん、でもそれでいて、私のこと好きになってくれたら良いのに。

自分でも何を言いたいのかわからない。さっき少しでも竹中くんの瞳に映れたって感情も混じって、嬉しいのか悲しいのか、最高なんだか最悪なんだか、わからないままにとにかく苦しい。

竹中くんが言った「長瀬、さん?」が耳の奥で反芻して、竹中くんの紗奈を見つめる横顔が閉じた瞼の裏でチカチカする。

「あー…」

小声で呟いてみる。誰の耳にも届かないこの声は、教室の騒がしさに吹き飛ばされそうになりながらも、机の上にぽとりと落ちる。なんだかよくわからないまま、また何かを声に出したい衝動に駆られる。

あー、

「廊下側の席で良かった」

出てきた言葉に、自分でも驚く。

そっか、結局そうなのか。

どうせそうなるのか、と苦笑いがこぼれた。

ああ、もう、くそ。こなくそ。

廊下側の席で良かった。

紗奈を眺める君の横顔は、まるでラムネ瓶にひそんだ、でも確かに存在する甘さみたいで、弾ける炭酸が魅力的で、それを独占できる廊下側は特等席で、村田の後ろなんていっちばん間近で、そういえばこんなに近くであの顔を見たのは初めてだなって、


ラムネ瓶がポン、と開く音がした。

恋に落ちる音は人によって違うらしいねーなんてことを、紗奈が言ってたのを思い出した。


2つの恋心がシュワシュワと弾ける。

どうしようもなく、

窓辺の横顔に心を奪われる、

窓辺の君の横顔が好き。

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窓辺の横顔 落差 @rakusa

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