第23話 史上最高のソファー

「今回あたしが思いついたのは、寝落ちソファーです!」

「寝落ちソファー?」


 自信満々な想乃。創守は今の段階ではあまり期待していない。


「はい。まずそもそもの話なんですけど、いちばん気持ちよく寝れるのって寝落ちだと思うんです」

「それは人によるでしょ」

「そんなことないです! だってどんな最高級ベッドで寝たとしても、疲れが取れないことはあると思うんですよ」

「庶民的なベッドでしか寝たことないからわかりません」

「それはあたしもそうですけど、そこはもうどうでもよくて。つまりあたしが言いたいのは、普通に寝てたら絶対に疲れが取れるわけじゃないってことです」

「はぁ」

「でも、動画見てるときとか本読んでるときとかにたまに寝ちゃうことあるじゃないですか」

「あるね」

「そのときっていつのまにか寝ちゃってて、そのまま朝になってたみたいな感じが多いですよね?」

「あぁ、たしかに」

「そこです!」

「え?」


 想乃がマーカーを創守に向けた。実際には音は鳴っていないが、動きの大きさとスピードがあいまって、ビュンという効果音が聞こえてくるようだった。


「そのまま朝になったときって、なんか目覚めよくないですか?」

「うーん……やっちまったって感情のほうが強いけど、たしかに眠くはないかも」

「ですよね! つまり、寝落ちは熟睡できてるってことです!」

「そうかぁ? どっちかっていうと気絶だと思うけど」

「それはそれでいいですよ。結局は眠くなければいいんで」

「はぁ。で、具体的な仕組みは? 今のままだとまったく予想ができないんだけど」


 想乃は待ってましたと言わんばかりに、ホワイトボードにでかでかと絵を描きはじめた。


「この世の座れるものでいちばん寝落ちできるといったら……電車です!」


 想乃が描いたのはソファーの絵ではなく電車の絵だった。


「電車の座席に座ってるときって、めっちゃ眠くなりません?」

「たしかに」

「あれはあの座席がすごいんじゃなくて、電車の中だからなんですよ!」

「ほう」

「あのなんとも言えない揺れにガタゴト響く線路の音。あれがあるから眠くなるんです」

「疲れとかもあるんじゃない?」

「それは一部にすぎませんよ。だって他のイスで寝落ちなんてします? しないですよね?」

「まぁそうね」

「つまり、電車の揺れと音を再現することができれば、史上最高のソファーになるんです!」


 またもババンと効果音が入ったような気がするが、それは想乃の勢いがすごいだけだ。

 創守はその迫力に驚いてはいるが、このアイデアがとにかく気に入ったようだ。


「うん。今回のは認めざるをえないね」

「じゃあ作ってくれますか?」

「もちろん」

「やったー!」


 このあと創守は必要なものを買いに事務所から飛び出していった。置き去りにされた想乃はというと、あげたお土産を開けてひとりで食べていた。


 創守が外に出てからは時間がどんどん過ぎていき、戻ってきたときには二十時ちょっと前だった。


「ごめん、遅くなった」

「いいですけど、今から作るんですか?」

「うん。明日のバイトの時間までには完成させるよ」

「えっ、徹夜?」

「そうだけど?」

「いやいや、ちゃんと寝なきゃダメですよ! 体に悪いです!」

「いいか。人間ってのはいつ死ぬかわからないんだ。だからできるときに全力でやるんだよ」

「おぉ……なんかそれっぽいこと言ってる。でも、よい子はマネしちゃダメだぞ!」

「誰に言ってんだよ」


 終業時間になって想乃が帰宅したあと、創守はひとり研究所にこもり、史上最高のソファーの製作に取りかかった。



 ——翌朝、六時過ぎ。


「うわっ、もう朝!? でも……作れてはいる」


 創守は完成させていた。日付が変わってから一時間ほどしか経っていなかった。もともと徹夜するつもりが、ゾーンと呼ばれる極限の集中状態に入ったことで、創守は一世紀先のレベルに到達していた。

 ただ、そんな近未来の能力は体への負担がかなり大きいようで、ソファーを動かすことなく寝落ちしていたのだ。


「僕はとんでもないものを生み出してしまったな」


 創守の発明品第四号は『電車ソファー』と名付けられた。そのまんまというのはさすがのネーミングセンスだが、これはこれでありだろう。


 それから創守はお昼ごろまでだらだら過ごしたが、ちょうどいい時間帯だと思い、研究所を出て蒲田駅に向かった。

 そして、到着するやいなや京浜東北線のホームまでノンストップで進み、停車していた電車に飛び乗った。


「ふぅ……」


 創守の手にはタブレット端末がある。電車が動き出すと、座席の上にそのタブレットを水平に置いた。

 こいつは何をやっているのだという視線がちらほらあったが、創守はまったく気にしていない。それよりもワクワクが勝っているのだ。


 ちなみに創守がいま何をしているのかというと、電車の揺れ具合をデータとして集めつつ、この場から聞こえる音を録音しているのだ。

 これをあとで電車ソファーに読み込ませることで、京浜東北線モードが使えるようになる。もちろん、別の路線のデータを集めればそれも使える。


 集めた路線データはタブレットを操作することで切り替え可能。家にいながらいくつもの電車を感じることができ、それぞれの寝落ちライフを楽しめるというわけだ。


(とりあえずはこんなもんでいいか)


 データ収集の時間は長ければ長いほどいい。そして回数を重ねることでより深みが出てくるようになる。

 だが、いつまでもここにいては集められるのはひとつだけ。せっかくならもうひとつくらいは欲しい。


 創守は途中で降りて山手線に乗り換えた。


「よかった……」


 この時間帯は比較的空いている。座席にタブレットを置いても問題はない。もちろん奇妙に思われることはあるが、そんなのは創守にとってどうでもいいことだ。


 しばらく時間が過ぎ、山手線のデータもある程度は集めることができた。満足した創守はいったん帰ることにしたが、帰りのデータも集めることは忘れなかった。




 研究所に着くと時刻は十五時を回っていた。

 創守は集めたデータを電車ソファーに読み込ませ、さっそく両路線を試すことにした。


「まずは京浜東北線」


 起動ボタンを押し、タブレットから京浜東北線を選択する。


「おー!」


 耳元からは録音データが聞こえてくる。

 電車ソファーの下はランニングマシンのようになっており、その場で走行している状態を再現できる。その絶妙な揺れ具合は、まるで本当に電車に乗っているかのような感覚になる。

 停車するときの感覚も再現できており、創守は思わず笑みがこぼれた。


「次は山手線だ」


 今度は山手線を選択して路線を切り替えた。いや、乗り換えか。


「さっきとけっこう違うなー」


 揺れと音は路線の数だけ増やすことができる。つまり、それだけの違いを楽しめるのだ。

 欠点としては自分でデータ収集をしなければいけないことだが、それはそれで楽しめるし、実際に乗ったときの記憶がいい味を出してくれるだろう。

 この欠点はそこまで気にするものでもないのだ。


「これはあいつが言ってたとおり、史上最高のソファーだな」


 しばらく乗り続けていると効果が出てきたようで、創守の目がとろんとしてきた。

 そしてそのまま寝落ちした。




 バイトの時間になると、想乃がバタバタと音を立てながら階段を下りてきた。その音で目が覚めた創守は、インターホンが鳴る前にドアを開けた。


「うわっ、びっくりしたぁ。てか音だけで気づくって変態じゃん」

「あんな音を出す生き物はこの世に君しかいないからね」

「人を珍獣みたいに言いおって……てか完成しました? 寝落ちソファー」

「完璧だよ。名前は電車ソファーだけど」

「えっ、使いたい使いたい!」

「いいよ」


 創守は使い方を簡単に教えた。

 電車ソファーに座った想乃は、目がキラキラしている。


「スイッチオン!」


 起動ボタンが押され、選択された京浜東北線が動き出す。


「うわすごっ! やばいやばい! めっちゃ電車じゃん!」

「だろ? 我ながらあっぱれだよ」

「この音もリアルでいいですね!」

「そりゃあリアルの音だからね」

「山手線も試していいですか?」

「どうぞ」


 想乃はワンタッチで山手線に乗り換えた。同じ電車に乗ったまま路線名が変わることはあるが、この電車ソファーは路線そのものが切り替わる。


「おー! ぜんっぜん違う! おもしろー!」


 乗り鉄が認めることはないだろうが、想乃のような一般人ならこれで大満足だ。


「電車ソファー自体は完成してるんだけど、今あるデータはまだとりあえずの段階だから、これからまだまだ進化するよ」

「どうすればいいんですか?」

「使いたい電車に乗ってこのタブレットを座席に置けばいい。それで揺れも音も集められる」

「へー」

「長く乗れば乗るほどデータがしっかり取れてより本物に近くなるから、暇なときにでも頼むね」

「……はっ? あたしがデータ集めるんですか?」

「だって新しいことやりたがってたろ? 研修の仕事じゃないとか文句も言ってたし、ちょうどいいじゃん」

「えー、これくらい自分で行ってくださいよー!」

「僕は忙しいから」

「どこが!」

「まぁいいじゃん。ちゃんと電車代は出すから、どこにでも行ってくれ」

「その言い方だと帰ってくるな感がすごいんですけど」

「気のせい気のせい」


 このあと、想乃はしばらく電車ソファーに座り続けたが、寝落ち寸前のところで創守に無理やり起こされ、残りの時間は研究所内の掃除をすることになった。今までは事務所の外か中だけだったが、少しだけ進歩したようだ。

 想乃は陽気に鼻歌を歌いながら、研究所での新しい仕事を想像していた。これが創守の気まぐれだったとも知らずに。

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