第24話 研修終了は革命的なアイデアで

「いつになったら研修終わるんですかー?」


 電車ソファーが完成してから数日が経った。あれから新しいアイデアは浮かばず、特に変わったこともなく過ごしてきた想乃だったが、そろそろ他のこともやりたくなっていた。


「いつだろうね」

「あとで決めておくって言ったじゃん! 忘れてたなら罰金一万円ですよ!」

「忘れてはない。それに、あとではいつ来るかわからない。ってのは便利な言葉なんだよ」

「うっざー! だからそんなにモジャモジャなんですよ」

「はいはいそうですねー」


 創守に流され、イラつく想乃。このふくれた顔ももう何度目だろうか。

 想乃は給料に関しては今のままでいいと思っているが、このままずっと簡単な仕事だけなのはどうしても納得がいかなかった。


「発明家なのにこんなのも思いつかないんですか?」

「研修期間ってさ、別に思いつくとか関係なくない? 決まってるならそれまでがんばる。決まってないならもう大丈夫だと思わせる。僕はそういう感じだと思うけどー?」


 電車ソファーに揺られながら適当に言っているかと思えば、その内容はいちいち納得させられる。創守はぼーっとした顔をしてはいるが、中身はちゃんとした大人なのだ。


「うーん……」

「そろそろいいかなって思わせる何かが、君には足りないんじゃないのー?」

「くっ……言い方がうざすぎる。こんな大人にはなりたくない。いや、絶対にならん!」

「そうかいそうかい」


 創守はそのまま寝落ちしそうになっている。そんな顔を見て想乃はさらにイラつき、創守の両肩に手を乗せて思いっきりぐらぐら揺らした。


「オラァァァ! ちゃんとせんかーい!」

「おぉい、なぁんだぁよぉぉぉ。やぁめぇろよぉぉぉ」


 想乃は今までの恨みつらみをすべてぶつけるように、数秒の間は同じ強さで揺らし続けた。

 そして創守の顔がだんだんとやばそうな感じになっていき、そこで仕方なくやめた。


「うぅ……吐きそう……。ラーメン汁ごと戻ってくるかも……」

「うえぇ、きもいから絶対やめて!」

「そんなこと言ったってうぷっ……」


 創守が目を見開きながら口を押さえている。どうやら上がってきたようだ。


「飲んで! 絶対出さないで! 見せたらぶん殴ります!」


 慌てながらも変わらず理不尽の極みである想乃。

 創守はここで殴られては末代までの恥だと思い、逆流ラーメンを無理やり胃に押し戻してなんとか耐えた。


「危なかったぁ……さすがにやりすぎだぞ!」

「てへぺろ」

「なにがてへぺろだよ。あれは完全にテロだぞ! へぺなんてかわいいもんじゃないんだよ!」

「ちょっとなに言ってるかわかりません」


 頭がやられたのだろう。創守が言っていることは意味不明だ。


「あっ……」


 と思ったら何かひらめいたような顔になった。脳がちょうどいい感じに動かされたのかもしれない。


「なんですか?」

「思いついた……」

「え?」

「思いついた!」

「な、なにを?」

「研修期間がいつまでかってやつだよ」

「なんだ、そんなこと」

「そんなことって……聞きたがってたじゃん」

「いやそれはそうなんですけど、ちょっとオーバーなんですよ、反応が」

「いいだろ別に。僕にとってはそれくらいのことなんだから」

自虐じぎゃくですか?」

「うるさい」


 心なしか創守のモジャモジャ頭に活気が出てきたように思える。想乃は少しだけ笑いそうになったが、口を軽く開けて舌をほっぺに当てることで我慢した。


「それで、いつまでですか?」

「いつってわけじゃないんだけど、革命的なアイデアを出してくれたら研修期間は終了にしてもいい」

「革命的なアイデア?」

「うん。今までいくつか君のアイデアで発明してきたけど、それを超えるようなアイデアが欲しいんだ」

「なんでですか?」


 創守は右手で頭をかきながら答える。


「正直さ、君のアイデアにはほんとに感心してるんだ。でも僕はもっとおもしろいものに出会いたい。もっとおもしろいものを作りたいんだ。だからアイデアが欲しいってわけ」

「ふーん……」


 この提案は想乃にとって願ったり叶ったりだった。発想力には自信があるからだ。

 ただ、ひとつ返事で引き受けてしまうとそこで終わってしまう。そう思った想乃は、自分からもひとつの提案をすることにした。自分にとって最高の提案を。


「わかりました。でもあたしからもひとつ提案があります」

「ん?」

「研修期間が終了しても、あたしが作ってほしいものがあったら作ってください」

「図々しいな」

「ツクモンは作るのを楽しめて、あたしは欲しいものが手に入る。お互いにとって最高じゃないですか! 断る選択肢あります?」

「まぁ、たしかに」

「でしょ? だからお願いしますよ旦那!」

「……わかった」


 創守の了承を得て、想乃はガッツポーズをした。とそのとき、想乃の脳みそに新たなアイデアが降りてきた。しかもこれは今までのとは少し毛色が違う。

 高ぶる気持ちを抑えつつ、想乃はホワイトボードの前に立った。創守は自然とイスに座る。


「さっそくですが、わたくしの最強の脳みそに新しいアイデアが来ました」

「いきなりだな。なんかヒントでもあったの?」

「ありません」

「はぁ?」

「発想——つまりアイデアというものは、他からヒントを得た場合とそうじゃない場合が存在します」

「どした? なんかに取りかれた?」

「お静かに願います」

「すみません」


 創守はいつもと違う想乃を見て学会にでも来てしまったのかと思いつつ、もしかしたらと期待する。


「今回、わたくしは後者です。他からヒントは得ておりません。神はわたくしに、素晴らしいアイデアを授けてくださいました」

「それだと神からヒントを得たって言えない?」

「お黙りなさい!」

「はい」

「ううん……失礼。では続けます。神はわたくしに、発想力を与えてくれました。その力が今、発揮されたのです」


(言い直してるじゃん……)


 創守は少し呆れながらも、そのアイデアとやらを聞く。


「それで、どんなアイデアなんです?」

「お教えしましょう。の神がかったアイデアを」

「ぷっ、あたくしって……本性が漏れてますけど」

「何をおっしゃっているのか、わたくし、わかりませんわ」

「めんどい。もういいよそのキャラ。早く進めてくれ」


 邪魔された想乃の口がとんがっている。まるでスーパーでお菓子を買ってもらえなかった子どものようだ。


「もう、せっかく楽しんでたのにー」

「いいから早くして」

「鬼かよ……。じゃあ言いますね。あたしが思いついたのは、水車風ペットボトル発電措置です」

「な、なんて?」

「だーかーらー。水車風ペットボトル発電装置!」


 創守の眉間がギュッと寄っている。何がなんだかわからないという状態だ。


「ちょっと待っててください」


 そんな創守に気を遣ってか、想乃はホワイトボードにわかりやすく絵を描いた。


 水車風ペットボトル発電装置は四つのペットボトルで構成されていて、その中には砂が入っている。そしてそれを支える回転軸には発電機が取り付けられていて、ペットボトルが水車のように回転することで電力を発生させるというものだ。


「っとまぁこんな感じです。あたしはこういうのに詳しくないんで、これでどれだけの電力を発生させられるかはわかりませんけど、少しずつでもバッテリーに充電しておけば、緊急時に役立つと思うんです」

「これは……」


 創守が絵を見ながら立ち上がる。しばらく見たあと、目を閉じてあごに手を添えた。

 想乃は少しだけ緊張した。無理もない。これで決まればバイトがより楽しくなるのだ。


「ははっ……」


 少し経って、創守の口から小さく声が漏れた。笑っている。


「どうですか?」


 想乃はすかさず答えを求めた。すると、創守はおもむろに目を開けて想乃を見た。


「想乃! やっぱり君はすごい!」

「あ、あざます」

「さっそく作ってくるよ!」


 創守は袋の中にまとめられていたペットボトルを取り出し、そのまま研究所に入っていった。



 ——それから約一時間後。


「できたぞ! 僕の発明品第五号!」

「えっ、もう?!」

「名付けて『ペットボトル砂車すなぐるま』だ!」

「あいかわらずダサい」

「こいつのすごいところは、一度動かせば半永久的に回り続けることだ!」

「なにそれやばっ!」

「中の砂がちょうどいい具合に動くよう調整するのにはかなり時間かかったけど、まぁなんとかなった」

「電力は? どれくらい充電できるんですか?」

「構造上そこまでスピードは出せないからすぐには充電できない。だいたい二日で小型モバイルバッテリーをフル充電できるくらいだよ」

「けっこうかかりますね」

「しょうがないさ。でも電気代はかからないし、たとえ壊れてもすぐに作り直せる。これぞまさしく革命的なアイデアだよ!」


 創守の表情が今まででいちばん明るくなっている。モジャモジャ頭の調子もベストな感じだ。

 想乃は一緒になってはしゃぎながら、創守が言ったことを思い出した。


 ——革命的なアイデアを出してくれたら研修期間は終了にしてもいい。


「あのぉ……」

「わかってる」

「えっ」

「これで研修終了だ。お疲れさん」

「ホントに?! やったー!」


 想乃はその場で飛び跳ねながら喜んだ。 これで正式に欲しいものを作ってもらえるようになったのだ。


「でも今までの仕事はずっとやってもらうから」

「えぇ!? なんで!?」

「あたりまえだろ! 君はバイトなんだから」

「ぶーぶー!」

「嫌ならやめてもいいけど?」

「わかりましたよ。やります! やらせてもらいますぅ!」

「んじゃあ改めてよろしくな」


 無事に研修が終わり、想乃は心の底から喜んだ。今までは研修が終わる前にクビになっていたのだから、そうなるのも当然だろう。

 自分の成長か、それとも創守の優しさか。今はよくわからなかったが、想乃はなかなか冷めないこの興奮を忘れないよう、記憶の一ページに刻んだ。

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