過去と未来

第25話 もしかしては怖い

 想乃を雇うことになってから二回目の週末。

 創守は朝になっても起きず、ベッドの上でだらだらしていた。


「なんか映画でも観ようかな」


 少し前に購入していた自宅用のパソコンを開き、サブスクの画面を見る。検索もせず、適当にスクロールしていく創守。

 量が多すぎて気になるものを見つけられないでいると、突然スマホに着信が入った。


「誰だ?」


 画面を見てみると、高校時代の友達である寺口てらぐち康樹やすきだった。


「えっ、寺口? なんで今? まさか……ね」


 創守は恐る恐る電話に出た。


「もしもし」

「おっ、出た出た。俺のこと覚えてるか?」

「まぁ」

「なんだよテンション低いなー」

「朝だからな」

「いま何してた?」

「パソコンで映画でも観ようかなって」

「へー。あいかわらずインドアなんだな」

「ほっとけ。てかいきなりなんの用?」

「いや、数年前に連絡したきりでなんもなかったから、ふと生きてるかなって思ってさ」

「なんだよそれだけか」

「なんだよとはなんだよ! せっかく電話してやったのによー」


 創守はほっとした。アメリカでのニュースを今になって思い出し、これ幸いと電話してきたんじゃないかと思っていたのだ。


「特に用ないなら切るぞ」

「おいおい、ちょっとは話そうぜ」

「何をだよ」

「それぞれの近況報告、みたいな?」

「それを知ってどうすんだよ」

「ったくお前は、人に興味がないのも変わってないのかよ」

「余計なお世話だ」

「じゃあまずは俺から話すぞ」

「えー、聞かなきゃダメなの?」

「いいから聞け」

「はぁ……じゃあどうぞ」


 寺口は大学を卒業後、保険会社に営業として入社した。他社に比べてノルマは低いとのことだが、今年は進捗が悪いらしい。


(そういうことか……)


 創守は寺口が電話してきた理由を察した。


「僕は間に合ってるから他を当たってくれ」

「なんだよ、まだなんも言ってないだろ」

「言わなくてもわかる。どうせすぐ解約していいから契約してくれとか言うんだろ」

「お前は俺をなんだと思ってる」

「違うのか?」

「……少しはあった」

「ほらな! やっぱ保険業界は怖いわー」

「ネタ的にちょっと聞いてみようかなくらいしか思ってなかったわ!」

「ほんとかよ」

「ほんとほんと」


 創守は寺口のことを信じてはいなかった。そもそも期間が空いてから連絡してくる人間は、やましいことを考えている確率が高い。これは創守が思っていることだが、現実も同じようなものだろう。


「それで、お前はどうなんだよ」

「どうって?」

「たしか高校卒業したあとプログラマーとして就職したよな? それでいつかフリーになるとかなんとか言ってたじゃん。結局あれからどうなった?」

「あぁ……会社はやめてフリーになったよ」

「おいおい、勝ち組かよ……」


 創守はとっさに嘘をついた。プログラマーをやめたことを隠したというよりは、いま何をやっているのか聞かれないようにするためだった。


「いいよなぁ、フリーランス」

「そ、そうか?」

「だって自由だろ? 自分のやりたいようにできるってのは、やっぱりうらやまだよ」

「でも契約とか税金とかその他もろもろは自分でやらないとだから、思ってるほど楽ではないぞ」

「ほーん。雇われのほうが面倒は減るってことか」

「うん」


 創守はやめる前の記憶を呼び起こしながらなんとか話を合わせた。

 今こそ想乃のアイデアである記憶タンスが欲しいところではあったが、ないものねだりをしていても脳内活動の邪魔になる。

 創守は寺口に合わせることだけに集中した。


「てかさ」


 しばらくして、寺口がある提案をしてくる。


「ビデオ通話にしない?」

「はぁ? 嫌だよめんどくさい」

「いいじゃねーか。減るもんじゃないし。それに、変化を楽しめるかもしれないだろ?」

「変化ねぇ……まぁいっか」


 創守はビデオ通話に切り替えた。同時だったようで、寺口の顔がすぐに見えた。


「おいおい、モジャモジャは健在かよ! おもろ!」

「うるさ。そっちもなんも変わってないな」

「まぁ人間そんなに簡単には変わらないってことだな。はっはっは!」


 寺口が大口で笑っている。それをじっと真顔で見る創守。早くこの無駄な会話を終わらせて映画を観たいと思っているのだ。


「はぁ、やっぱり違かったかぁ」


 そんなとき、寺口は残念がりながらと言った。創守はそれに引っかかった。そして同時に嫌な予感がした。


「違うって、何が?」


 創守は平常心を保ったまま、あの話じゃないようにと願いつつ聞いた。


「ちょっと前にさ、アメリカで宝くじの高額当選した日本人がいたっていうニュースあったじゃん?」

「あぁ、そんなこともあったね……」

「あれさ、お前と同姓同名だったからもしかしてって思ったんだけど、お前があんなサラサラなわけないもんな! はっはっは!」

「うっせ。もしあれが僕だったら友達とのんきに電話なんてするかよ」

「まぁそうだよなー」


 創守の予感は的中した。今まで想乃という例外を除いては家族ですらも連絡してこなかったのに、寺口は『もしかして』という自分の下心に従って数年ぶりに連絡してきたのだ。


「でもいいよなぁ……たしか五百億くらいだっけ?」

「さぁ? もう忘れた」

「マジかよ……お前は大金にも興味がないのか」

「僕は現実派だからね」

「かぁー、つまんない男だねぇ君は」

「うるさ」

「んじゃまぁお互いに生存確認はできたわけだから、ここらで終わりにするか」

「僕はずっと前からそうしたかったよ」

「創守くん。それは思ったとしても心の中にしまっておくものだよ」

「僕の脳みそにそんなものをしまう場所はない」

「なにナポレオンみたいなこと言ってんだよ」

「もういいだろ?」

「冷たいねぇ。お前に心はないのか?」

「だるいだるい」

「はぁ……いつのまにこんなひどい人間になっちまったんだよ。時間ってのはまったく怖いものだねぇ」

「もういい? 寸劇に付き合ってるほど僕は暇じゃないんだけど」

「へいへいわかりましたよ。切ればいいんだろ切れば。ほなまたな」

「じゃあな」


 創守は寺口が放った最後の関西弁ボケを拾わなかった。自分が墓穴を掘る前に早く電話を終わらせたかったのだ。今ごろ寺口は寂しそうにしているだろうが、創守はやっと安心できた。


「ふぅ、危ないところだった……」


 今回はバレなかったからいいものの、またいつ誰が連絡してくるかわからない。

 創守は友達からの電話はなるべく避け、あまりにもしつこい場合はビデオ通話なしで終わらせると心に誓った。


「さて、洋画のコメディから探すか」

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