第26話 笑顔の裏側

 短いようで長い週末が終わり、月曜日がやってきた。想乃は朝から気分上々だ。


「今日もじゃんじゃんアイデア出すぞー!」


 ペットボトル砂車が完成したことで、想乃は晴れて研修終了となった。実はあのあと発想力が爆発し、いくつかアイデアを出していた。


 まずは『坊主用自動バリカン』だが、これは抜毛吸収ヘルメットの派生のようなもので、ヘルメットをかぶるところまでは同じだ。違うところといえば、内側にバリカンが搭載されていて、それが自動で髪の毛を刈ってくれるということ。もちろん長さは調節可能で、何とは言わないが全国の強豪校が欲しがることまちがいなし。

 創守は最初は乗り気だったが、よく考えるまでもなく却下した。自分も想乃も使わないものを作る意味がないという理由だ。当然か。

 そもそも想乃は自分が欲しいものを作ってもらうはずなのだが、頭に浮かんだものがおもしろければとりあえず口にするのだろう。


 次は創守の発明品第六号となる『ブラックライト付き超小型指示棒』だ。サイズは小指くらい。底面にあるボタンを押すと一瞬で通常サイズになり、もう一度押せば元のサイズに戻る。そしてボタンを長押しすれば指示棒の先が光る。これがブラックライトだ。

 想乃はアイデアを説明するときにカッコつけたいというくだらない理由で創守に頼んだが、実用的でおもしろいということでそのまますぐに作られた。

 これは手品の道具みたいだからと『マジックポインター』という名前が付けられたが、創守のネーミングセンスが向上することは一生ないかもしれない。


 最後は『想乃アンドロイド』というぶっ飛んだアイデア。これは言わずもがな、見た目や中身、そして行動までもが想乃にそっくりなアンドロイドのこと。

 想乃は学校に行くのが面倒で、自分の代わりに行かせるつもりだったのだ。

 創守はこれもバリカン同様、考えるまでもなく却下した。想乃にはさんざんなことを言われたが、そんなものを作れるならとっくに自分を作っていると正論をぶつけ、見事にあの想乃を黙らせた。


 ただ実のところ、創守は想乃に言われるまでこのアイデアすら思い浮かんでいなかった。

 心の中で叫ぶほどには興奮した創守だったのだが、猫型ロボットじゃあるまいしと冷静になり、想乃に悟られないように正論を出したのだ。今回はそれがうまくいったようで、創守の面目は保たれた。めでたしめでたし。




 パジャマ姿の想乃はいつもどおり鏡の前に立ち、元気が出るおまじないをする。鏡の中の自分と拳を突き合わせ、笑顔でつぶやくのだ。


「今日もがんばれ!」


 これをやると、想乃は元気が出る。そう思うようにしているのだ。


「想乃! あんたいつまで寝てるつもり! 遅刻するわよー!」

「起きてるー!」

「お母さんもう出るからね! お弁当、テーブルの上に置いておくから持っていくのよー!」

「はーい!」


 母親が先に家を出た。想乃はそこから準備をはじめる。

 朝ごはんを食べて、歯を磨いて、顔を洗って、最後に着替える。

 想乃はお弁当をリュックに入れ、家を出て学校に向かった。


 想乃が在籍している学校までは、自宅から自転車で二十分ほど。向かっている間は別の学校の生徒とよくすれ違う。

 想乃は特に気にしていないが、たまに知人を見かけることがあり、そのときだけは気づかれたくないと思っている。


「あっ、想乃じゃん! 久しぶりー!」


 信号待ちをしていた想乃に声をかけたこのキャピキャピした女子高生は、中学時代の友達である中代なかしろ花鈴かりん。気づかれたくないと思っているうちのひとりだ。


「おー、久しぶりー」


 創守と話すときとは比較にならないくらい落ち着いている。これがよそ行きの想乃だ。

 別に仲が悪いというわけではない。むしろいいほうだった。ただ、花鈴とは別の高校に進んだことで疎遠になっていたのだ。卒業してから今まで一度も連絡を取っていないほどに。


「そっちの学校どう?」

「まあまあかな」

「なんだそりゃ」

「そっちは?」

「うちは楽しいよ。勉強も部活も充実してるし」

「ふーん、リア充ってわけね」

「えへへー」


(話が続かない……。久しぶりに友達に会うとこうなるから嫌なんだよなぁ)


 想乃は早く信号が変わるよう、影に隠れた青人間に念を送った。


「何してんの?」

「えっ?」

「すごい眉間にしわ寄ってたから」

「あー、ちょっとピントが合わなくて」

「あれ、視力悪かったっけ?」

「めっちゃいい」

「なんで合わないのよ」

「それはあたしの目に聞いて」

「ふふっ、あいかわらずね」


 念を送っていたのはバレなかったが、言い訳がひどすぎた。

 想乃は顔に出さないように気をつけながら、もう一度念を送りはじめた。


「てかうちにもなんか聞いてよ」

「へ?」

「せっかく会ったのにこっちばっかしゃべってるし」

「……好きな食べ物は?」

「初対面か!」

「じゃあ、なんかバイトしてる?」

「質問のギャップよ! まぁしてるけど。想乃は?」

「一応」

「へー! どんな?」

「んーっと……家事代行サービスみたいなやつ」

「えっ家事できんの?」

「できるわ!」

「あははー、ごめんごめん」

「花鈴はなんのバイト?」

「うちはカフェだよ」

「おっしゃれー」

「でしょでしょ。カフェで働いてる自分なんかいいわ……ってなるもんね!」

「それは知らん」

「えーなんでよー」


 なんだかんだ会話が弾んだところで、信号が青に変わった。


「あっ、青だ」

「んね」

「じゃあうちあっちだから、またね!」

「またねー」


 想乃は花鈴が先に行ってくれて助かったと思った。ああいう状況での動き出しのタイミングというのはかなり難しい。気を遣いまくるのだ。

 想乃は心の中で花鈴に敬礼し、自転車を走らせた。




「ふぅ……落ち着けあたし」


 校門のそばまで来ると、想乃はいったん深呼吸をする。そして人が少なくなったところで、ささっと中に入っていった。


 駐輪場に自転車を止め、すぐに立ち去る。

 他の生徒たちが昇降口から校舎に入っていくのに対し、想乃は別の入り口に向かっていた。


「よし、大丈夫だ」


 誰もいないことを確認し、靴を持って校舎に入る。そこから廊下を少し歩くと、目的地に到着した。


 想乃は引き戸を開けて中に入った。


「あっ、衣里さん。おはよう。今日は来てくれたんだ」

「おはようございます」


 保健室の先生の優しい笑顔に、想乃は思わず笑みがこぼれた。

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