第22話 初めての遅刻

「やっと月曜だ! ツクモン元気にしてるかな?」


 想乃は創守の連絡先を持ってはいるが、仕事に関係のないことで連絡は取らないようにしている。それはもちろん休日にも当てはまる。自分のせいでストレスが溜まってしまっては創守に悪いと思っているのだ。

 創守にとっては関係を持った時点でかなりのストレスになっているのだが、ストレスメーカーである想乃はそのことにまったく気づいていない。


 一方、創守からも想乃に連絡を取ることはできるが、休日中の創守にはわざわざ想乃に連絡をする理由がない。そもそもその選択肢すらないのだ。


 ふたりはそんな微妙な距離感を保ったまま、それぞれの時間を過ごしている。


「てか早くバイト行きたーい!」


 想乃は創守をさんざんからかっていたが、本当は自分がいちばんバイトが恋しいと思っていた。

 こんな感情を持つ人間が、はたしてこの世にいるのだろうか。日曜日の夕方にもなれば、翌日の学校や仕事が憂鬱ゆううつになる、いわゆるブルーマンデー症候群になってしまう人は多くいるだろう。

 たとえそうはならなかったとしても、想乃のように待ちに待ったという気持ちになる人はいないはず。もしいるとすれば、それは洗脳されたワーカホリックくらいだ。


「はぁ……学校だるぅ。またサボっちゃおうかな……。でもバイトまで時間あるからなー」


 あたりまえのことを言っているが、今の想乃にとってはバイトのほうが優先順位が上なのだ。

 結局バイトの時間までは特に何もすることがないわけで、現役女子高生の想乃は学校へ行った。



 ——時刻は十六時三十分。バイトがはじまるまではあと三十分ある。


 想乃は土日に溜まったバイトへの感情を早くはき出したいせいで、学校が終わったあと家に帰らずそのままバイト先に直行していた。


(ちょっと早すぎたか)


 五分前行動はよしとされるが、それよりも早すぎると迷惑になる。三十分前などもってのほかだ。

 有名店の行列に並ぶというのならもっと早くてもいいが、着替えもいらないわ接客もしないわのバイト先ならば、最悪一分前でもいいくらいだ。


(商店街で時間つぶそー)


 いま研究所にはまちがいなく創守がいる。インターホンを鳴らせば入ることはできるのだ。だが、そこまでしてしまうと楽しみにしていたのがバレてしまう。

 想乃は階段を下りたがっていた心をなんとか押さえつけ、歩きで蒲田駅近くの商店街に向かった。



 ツクモ研究所から蒲田駅まではそこまで時間はかからない。創守が駅の近くに研究所を置いたのは利便性からというのもある。


(ここ来るのも久しぶりだなぁ)


 西にも東にもある商店街。この時間でも多くの人でにぎわっている。

 しばらくぶらぶらしていると、いろいろな香りが鼻をくすぐる。そのせいか、想乃の巨大な胃袋は食べ物を欲しがった。普段からかなり食べる想乃だが、うらやましいかな、太る気配がまったくない。若さというのもあるかもしれないが、そういう体質なのだろう。


(なんか食べよっかなー。そうだ。ついでにツクモンにお土産でも買っていこ)


 想乃は軽く食べ歩きをしたあと、適当な茶菓子を買った。


「あっ……」


 そんなとき、十七時のチャイムが聞こえてきた。夢中になって時間を気にしていなかったのだ。


「遅刻じゃん!」


 想乃は研究所まで全速力で向かった。




「やばいやばいやばい」


 慌てながらも転ぶことなく階段を下りる。そしてインターホンを鳴らした。


「はい」

「すみません、遅刻しました!」

「いま開ける」


 数秒後にドアが開いた。想乃は怒られるかと思ったが、出てきた創守からはそんな気配がしなかった。


「どうした?」


 それよりも心配していたのだ。


「ほんとは三十分くらい前に着いてたんですけど、早すぎても迷惑だと思って商店街で時間つぶしてたんです。それで夢中になっちゃって、チャイムで気づいたって感じです」

「あっそう。ならよかった」

「えっ?」

「いや、いつもはすぐ来るからなんかあったんじゃないかってさ」

「心配してくれたんですか?」

「そりゃするだろ」

「うわぁ、あたしツクモンに大切にされてるー!」

「あのなぁ……」


 想乃がいつもどおり創守をからかうのに対し、創守は呆れながら続ける。


「君がどこで何をしようが僕には関係ないけど、バイトの時間になっても来なくてなんの連絡もなかったら誰だって心配するだろ」

「それはあたしがまだ子どもだからってことですよね?」

「大人も子どもも関係ない。人としてあたりまえのことだよ」

「……すみません」

「今度はちゃんと連絡しろよ」

「了解です!」


 創守が言ったことはもっともだと思った想乃は、その場で敬礼した。


「てかなに持ってきたの?」


 創守は想乃が持っているものに注目した。


「あっ、これお土産です。さっき商店街で買いました」

「お土産? わざわざいいのに。でもありがとう」

「いえ」


 創守は袋の中身を確認し、事務所のテーブルに置いといてくれと想乃に頼んだ。


「そういえば、土日はなんかいいアイデア浮かびました?」


 想乃はどうせと思いながら聞いた。


「ゼロ」


 創守の反応は予想どおりだ。


「あははー、やっぱりー!」

「わかってて聞くとか、さすがだな」

「あざます」

「褒めてない」


 想乃は鼻をふふんと鳴らし、満面の笑顔になった。


「どうせそんなことだろうと思ってましたよ! またあたしのアイデア聞いてください!」

「いいけど、今度はちゃんとしたやつを頼むよ」

「お任せあれ!」


 想乃は立ち上がり、ホワイトボードの前に立った。近くにあったために自然な流れではあったが、想乃はボードを見て疑問に思った。


「あれ、これ買ったんですか?」

「うん。ちょっと前に注文してたのが土曜に届いたんだよ」

「へー。もしかして……あたしのため?」

「いや違うけど。まぁ自由に使っていいよ」

「いぇーい」


 想乃は会議でプレゼンでもするかのように、マーカーを手に持って話しはじめた。

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