第21話 危ないお願い
「それで、今度はどんなの?」
創守はイスに座っていた。さっきまでは本棚ドアのそばで立ったまま聞いたり話したりしていたが、想乃の止めどない脳汁を前にし、これはまだまだ続きそうだと思ったのだ。
「現実的で実用的なものだったらいいんですよね?」
「まぁそうだね」
「じゃあ……盗撮してきた人のスマホにウイルス送ってぶっ壊すってのはどうですか?」
「と、盗撮?」
(またぶっ飛んだ考えをしてきたな……)
創守はそう思ったが、今のところできなくはないと直感が働き、そのまま話を聞くことにした。
「はい。あたしみたいにおとなしそうでかわいい女子高生って、電車とかバスとか、あとは駅のエスカレーターとかでたまに盗撮されるんですよ」
「君がおとなしい? いやいやいや、ご冗談を」
「これでも外では静かなんですぅ!」
「ふーん、よそ行きってやつか」
「あたしみたいのはオーラ消さないと注目集めちゃいますから」
「へー」
「反応うっす! てか、かわいいには触れないんですね。心では認めてたってことか。照れちゃうなー」
「そこはまぁ、自分で思ってるだけならいいかってね」
「みんな思ってるわ! アイドルになれるって言われたこともあるんだから!」
「どうせ小さいころに親戚に言われたんでしょ? そんなのみんな通る道だよ」
「ち、違うしー! 知らない人からも言われたしー!」
「はいはい。で、盗撮されたときの具体的なイメージは?」
適当に流された想乃はふくれたが、創守にとってはそんなことより話の続きのほうが重要だった。
「はぁ……ここからは最初に言ったのに付け加える感じなんですけど。パンツに特殊な模様というかマークというか、まぁそんな感じなのがあって、それがカメラで撮られると勝手にウイルスが飛ばされてスマホが使えなくなるみたいな感じです」
「あー、それはちょっとおもしろいかも」
「でしょ? ほんとはそもそも異変に気づければいいんですけど、やっぱどうしても変態どもに気づくのって難しいんですよ。手口も進化してるだろうし。だから少しでも反抗できるものがあればいいなって」
「なるほどね」
創守はなんとなくイメージできたが、ここである重大なことに気がついた。
「話を聞いた感じでは作れると思うんだけど……」
「だけど?」
「僕が君のパンツを作るってこと?」
「あっ……」
想乃はいちばん気にするべきことが抜けていた。それに気づかされたのも悔しかったが、創守に少しでも想像されたと思うと恥ずかしくてどうにかなりそうだった。
「僕はただ発明したいだけだから別にいいんだけど、さすがにサイズとか聞くのはちょっとね……」
「今のなし! 忘れてください!」
「だよね」
「忘れました? まだ覚えてたらそのモジャモジャ引きちぎりますよ!」
「そんな簡単に記憶が消えるわけないだろ!」
「じゃあ記憶消す薬を作って自分で飲んでください」
「悪魔かよ」
創守はなんとか想乃をなだめたが、もうヘトヘトだった。
だが、そんな状態の創守に新たな風が吹き込む。想乃が気を取り直してすぐに次のアイデアを出してきたのだ。
「不審者撃退チョーカー?」
「そうです。あたしみたいな
「へー」
「そういうヤツらって、だいたい後ろからガバッと襲ってくるじゃないですか」
「襲われたことないから知らないけど、まぁバレないようにやるならそうするだろうね」
「そんなことされたらあたしみたいなか弱い乙女は抵抗できないんですよ。口も押さえられて声出せないでしょうし」
「あたしみたいなね……」
「なんか言いました?」
創守は思わず口に出してしまったが、さすがは運の良い男。たまたま想乃の耳には入らなかった。
「なんでもない。続けて」
「あっはい。えーっと……あれ、どこまで言いましたっけ?」
「抵抗できないとか、口押さえられたら声出せないとか」
「あーね。あたしも詳しくはわからないですけど、不審者は後ろから口を押さえてそのままどこかに連れていこうとすると思うんです。で、そのとき相手の体はほとんど密着してる状態なはずです」
「たしかに」
「そこで不審者撃退チョーカーの出番です」
「ほう」
「後ろから襲われたときにこっちがなんか合図みたいのを出すと、チョーカーの周りからめっちゃ鋭い針が出るんです」
「ブルドッグが使ってそうな首輪みたいな感じ?」
「そうです! それが相手に突き刺さってひるんだところで、股間を思いっきり蹴って逃げます。これで勝ちです」
「最後のはチョーカー関係ないんだ」
「まあまあ、そこはいいじゃないですか」
「まったく君は……まぁそれより、またとんでもないことを考えたね」
創守は想乃の発想の幅がすごすぎて驚きが止まらない。
「ちなみに動かし方もイメージしてるの?」
「はい。起動する仕組みはわかりやすければなんでもいいんですけど、例えば咳払いみたいに喉を二回振動させたらとか、相手が首を絞めてきたときの圧を感知するとか、そんな感じですね」
「なるほどねぇ」
「どうです? ツクモンならできますよね?」
「まぁ話を聞いた感じだと作れるとは思うけど」
「けど?」
「そんな危険なものを作るわけがない」
「えー、なんでですかー?」
「鋭い針が相手にぶっ刺さるわけでしょ? ダメに決まってるじゃん」
「だって襲ってきたヤツが悪いんじゃん」
「股間に引導を渡すくらいならいいと思うけど、そのチョーカーの存在がバレた時点で警察に捕まるでしょ」
「そっかー、ダメかー」
想乃はまたもアイデアが通らずで肩を落とした。
創守はふと時計を見る。あと少しでバイトが終わる二十時だ。
「もうすぐ時間だし、今日はここまでだな」
「そうですね。今はもう浮かばないですし」
突飛な発想は四回連続で実らなかったわけで、さすがの想乃も脳汁は止まったようだ。
ただ、想乃にとっては学びある一日だった。創守にも作れないものが存在すること。そして、作ることはできるけど常識的に作らないものが存在すること。
このふたつは想乃の今後の発想力に影響を及ぼすかもしれない。だが、知らないまま時間を浪費するよりはマシだろう。アイデアは無限だとしても、時間は有限なのだ。
「明日明後日あたしに会えないのは寂しいと思いますけど、来週また会えますから我慢してくださいね」
「寂しいわけないだろ。勝手に人の感情を決めるな」
「どうかなぁ? 日曜とか早く明日になれって思っちゃうんじゃないですか?」
「ならないならない。むしろ一生日曜でいい」
「はいはいそうですか! じゃあもう帰りますね」
「気をつけてな」
「はーい」
想乃がバイトをはじめてから最初の週末。来週からまた多くのアイデアに心をかき乱されることになる。
創守はとにかく頭を休めようと思った。
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