第20話 無理なお願い

 いかに技術力がすごい創守でも、作れないものはたしかに存在する。それはあたりまえだ。なんでもかんでも作れてしまっては、それこそノーベル賞ものだし、人間国宝だ。

 あまりにも次元が違いすぎると、地球外生命体——いわゆる宇宙人と思われてしまう可能性がある。はたまた、荒稼ぎや自分の名誉が目的でタイムスリップしてきた未来人と思われてしまうこともあるかもしれない。


 創守は技術に関しては他よりもかなり優れているが、それはあくまで現代の人間と比べての話なのだ。



「悪いけどそれはできない」


 事務所でバイト中の想乃から「記憶をタンスみたいに出し入れできる装置を作ってほしい」と言われ、創守は即答した。


「なんでですか! これができたらツクモンは世界最高の発明家になれるんですよ?」

「そんなフィクションの世界にありそうな装置が作れるわけないだろ。僕はこれでも一般人なんだ」

「えー、どうにかならないんですかー」


 なぜ想乃が記憶タンスなるものを欲しているのか。それは勉強内容を覚えるのが苦手で、発明品でどうにかしたいからだ。


「そもそも勉強は自分でやるものだろ。発明に頼るな」

「そんなこと言って、自分が作れないから逃げてるんですよね?」

「はぁ……」


 創守は呆れた。ただ、これ以上この話題で時間を使うのは無駄だと思い、できない理由を話すことにした。


「仕方ないからなんでできないか説明する。一回しか言わないからちゃんと聞いておけよ」

「あっはい」


 創守はせき払いをしてから話しはじめた。


「まず研究者たちが悪いなんて思われたら申し訳ないから、僕が知ってる範囲でどれだけ研究が進んでるか教えるよ」

「うす」

「実は脳内の記憶を映像化しようとする研究は前から行われていて、そこで対象になっているのが脳波や神経活動なんだ。それらを解析することで記憶とか感情とかが再現できるかもしれないっていう感じ。ここまではいい?」

「はい」

「んでその研究の現状なんだけど、視覚から得た情報をモヤモヤした感じで映像にすることはできてるらしいんだよ。例えば、画面にある文字列を見てその文字列が細かくはわからないけど、それがある位置はわかるみたいな感じ。あとは……人が少しだけ動いてる映像を見て、その人の輪郭とか動きとかがなんとなくわかるかなみたいな感じ」

「んー、とりあえず今のところはなんとなくレベルでしかわからないってことですか?」

「そうなるね。もちろんこれは僕が知ってる範囲だから、もしかしたらもっと先に進んでる研究機関もあるかもしれないけど」

「じゃあその人たちと協力してくださいよ!」

「無理言うな。存在するかもわからないし、存在してもどこにあるかもわからない。そもそも存在したとして、そんな世紀の大発明を見ず知らずの底辺発明家に教えてくれるわけないだろ」

「えー」


 想乃の顔に不満と書かれている。創守はそれに対し、追い討ちをかけるように問題点を言う。


「あと、この研究には問題点があるんだよ」

「問題点?」

「うん。脳ってのは電気信号で動いてるだろ? その電気信号を読み取る技術が進んでいくと、今度は逆に情報を持った電気信号を送ることもできるようになる」

「うんうん」

「そんなことができるようになったら、まちがいなく悪用される。例えばそう、記憶操作」

「えっ!?」

「どっかの国のお偉いさんの記憶を操作して『この国がこんなやばいことをやったか今すぐ攻撃しましょう』なんてことになったら、秒で戦争になるだろうね」

「やばっ」

「どんな技術にも危険は付き物だけど、脳をどうこうしようってのはかなり危険なんだよ。それこそパンドラの箱かもね」

「こわっ」


 想乃は得体の知れない大きなものにおびえるような顔をしている。創守はそれを見て、野生の勘でも働いているのだろうかと思っていた。


「じゃあそういうことだから」

「あっ、ちょっと待ってください!」


 創守が研究所へ戻ろうとしたそのとき、想乃は創守を呼び止めた。ついさっきまでは天敵から逃げる小動物のような表情をしていた想乃だったが、今は好物を目の前にした幼子おさなごのようだ。


「なに?」

「また浮かびました!」

「また? 早すぎだろ」

「自分、天才ですから」

「はいはい。で、どんなの?」

「静電気を放出して部屋中のホコリをいっきに吸い取る装置です!」

「ほーん……」


 創守はいったん興味を示したが、しばらく考えて答えを出した。


「ごめん、それも無理だわ」

「えー、なんでよー」

「イメージしてるのってテスラコイルで放電させるみたいな感じだよね?」

「なんですかそのテスラコイルって」

「んー、これは動画見たほうが早いから調べてみ」


 想乃はスマホで検索して動画を見た。


「あー、そうそうこんな感じ!」

「だよね。じゃあやっぱり無理だ」

「だからなんでですか!」

「家電製品とかの精密部品に影響が出る。てかたぶん壊れる」

「あー、でも電力を抑えればいいんじゃないですか?」

「仮にそれで影響をなくせても、今度は装置として役に立たなくなる。電圧が低くなれば電流も小さくなるからね」

「うーん……」

「それに部屋中に流せるほどのレベルだったら、ホコリは吸われるどころか燃えるだろうね」

「それいいじゃないですか! 吸わずに燃やす。ゴミを集める必要もなくなるし」

「いや、一瞬で燃え尽きてくれるならいいけど、そうじゃなかったら場合によっては火事になるよ」

「あそっか」

「いつかの未来ではできるかもしれないけど、現代じゃ無理だね」

「ざんねーん」


 想乃ががっかりするなか、創守は想乃の発想力に舌を巻いていた。なんでこうもいろいろ浮かぶのか。なんでそんなにポンポン浮かぶのかと。

 あんまり意識していると嫉妬しっとに変わってしまうと思った創守は、モジャモジャ頭を横に振っていらない考えを捨てた。


「じゃあそういうことで」


 二回連続で自分のアイデアが却下されたことで、さすがの想乃ももう何も浮かぶまいと創守は思ったが、想像力の女王にそんなことは関係なかった。


「あっ! 待って待って!」


 喜びに満ちた声で再び呼び止められた。


(こいつはいったいどれだけアイデアが浮かぶんだ……)


 創守は少しだけ引いていたが、それよりも期待のほうが強かった。

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