第19話 技術乱用のすすめ

 研究所に着いた創守は、さっそく新しい発明を考えることにした。


「蒲田キャンパスにいるすべての学生たちよ。僕の脳みそで覚醒かくせいしたまえ」


 創守は脳内をイメージしながらしばらく目をつぶった。

 そしてため息をつき、目を開けた。


「もう一回」


 特に何も浮かばなかったのだろう。創守は再び目を閉じた。そしてそのまま数秒が過ぎたところで、またもため息が聞こえてきた。


「三度目の正直だ。次はうまくいくはず。絶対に……」


 創守は二回目も失敗に終わったことで内心では焦っていた。三回目も失敗したら、あのときに逆戻りだと。


 三回目は時間をかけた。一回目と二回目を足してもまだ足らない。少なくとも足して倍にするくらいは必要だ。

 そして計算された時間になったとき、創守は肩を落とした。モジャモジャ頭もどこか弱々しく感じる。


「なんでなんも浮かばないんだよ。意味がわからん。あそこの力じゃダメなのか?」


 学生たちの力を疑う創守だが、見当違いもはなはだしい。そもそも力を吸収することなんてできやしないのだ。

 ただそれは、さすがの創守もわかっている。わかってはいるが、自分に発想力がないことを認めたくないのだ。


「寝よ」


 これ以上は時間の無駄と思ったのか、創守は研究所から出て事務所にあるソファーに倒れこみ、そのままふて寝した。



 ——十七時五分前。


 創守の耳に、かすかだが音が入る。インターホンのチャイムだ。

 数秒おきに聞こえてくる。止まらない。


 創守はイライラして飛び起きた。


「誰だよもう」


 創守は誰だか確認せずにドアを開けた。


「はい」

「うわっ、びっくりした。てか遅い! 何回鳴らしたと思ってるんですか!」


 訪問者は想乃だった。バイトが始まる時間なのだ。


「あぁ、そっか。もうそんな時間か」

「えっ、もしかして今まで寝てたんですか?」

「うん」

「なんか新しいのを作って疲れたからですか?」

「いや、なんも浮かばないから寝た」

「かぁー、もったいない」

「いいだろ別に。たまにはそういうこともある」

「たまにって……最初に会ったときも公園で寝てたじゃないですか! しかも理由も同じ! なんも浮かばなかったら寝るってやめたほうがいいですよ!」

「あーもう、うるさいうるさい。君の声は起きたばっかの耳にキンキン響くんだよ」

「へぇ? じゃあいくらでも響かせてあげますよ!」

「やめてくれ」


 想乃が来たことで仕方なく起きた創守。なんとも目覚めが悪そうな顔をしている。

 それに対して想乃は元気ハツラツ。この対比がツクモ研究所のいちばんの特徴だ。


「今日は何すれば……って聞いても自分で考えるんでしたよね」

「いえす」

「この時代にはかなりめずらしいですよね。そもそも研修中に自分で考えて行動しろって、あんま研修の意味ないですし」

「いやいや何を言うか。研修中にそれをやることで問題解決能力が格段に向上するわけよ」

「それはここで必要なんですか?」

「さぁ? 必要になるかは君次第だよ」

「いちばん必要なのはツクモンのほうじゃないですか?」

「はぁ? なんでだよ」

「このイマイチな現状は、アイデア問題を解決する能力が不足してるからですよ」

「言いやがった。こいつはいちばん言っちゃいけないことを言いやがりましたよ奥さん」

「マネしないでください」

「はいはい。僕はおとなしく研究所にこもってますよ」


 創守はとぼとぼ歩いて研究所に入っていった。その背中はいつも以上に小さく見えた。


「ほんとにもったいない人だなー。あんなに早く作れるから超天才なのに」


 想乃は昨日のヘルメット型抜け毛掃除機のことを思い出していた。あれは一家にひとつはあってもいいくらいかなり実用的だ。そんなすごいものをものの数十分で作ってしまうというのは、世界でも限られた人しかいないだろう。もしかしたら世界で唯一の可能性だってある。


「なんかいい方法ないかなぁ……」


 そう思ったのもつかの間、想乃の頭にひとつの方法が浮かんできた。


「そうだ、そうだよ!」


(あの技術力をこのままにしておくのはもったいないんだから、あたしが欲しいものを作ってもらえばいいんだ。これこそバイトの特権でしょ!)


 想乃は勝手にウキウキしている。創守の許可が下りるかどうかなんてこれっぽっちも考えていない。まさに自己中の権化ごんげである。


「そうと決まればさっそく作ってもーらお!」


 かわいい感じで言ってはいるが、創守からすればおぞましいことこの上ないだろう。


 想乃は本棚ドアをドンドン叩き、中にいる創守を呼んだ。


「なんか用?」

「ツクモンに作ってほしいものがあるんですけど、いいですか?」

「僕に? どういうの?」


 心なしか創守の表情が明るくなっている。作ってほしいと言われれば、自分の力が必要とされていると思うもの。想乃はそこを利用したのだ。創守なんかよりよっぽどちゃっかりしている。


「爪をきれいに磨いてくれる装置なんですけど……」


 ここぞとばかりに上目うわめづかいをする想乃。創守にはまったく効いている様子はないが、はたして……。


「おー、おもしろそうだな。具体的にはどんなイメージしてる?」


 この男、簡単すぎる。作るとなるとなんでも乗り気になるのだろうか。


「そんな細かくは考えてないんですけど、手の指を全部その装置に入れて起動させたら、いっきに全部ピカピカになる感じです」

「なるほど……」

「いつもはひとつひとつやるので時間がかかっちゃって……。だからもしそんな装置があったらめっちゃ助かるなーって思うんです」


 創守はしばらく動きを止めたあと、ニヤリと笑った。


「よし。それ作ろう!」

「えっ、いいんですか?」

「うん。なんもしないで時間が過ぎるのはもったいないし」

「やったー! ありがとうございます!」

「じゃあ今から作っちゃうから、とりあえずなんかやってて」

「はーい」


 研究所へと入っていく創守の背中は、さっきよりも大きく見えた。やる気に満ちあふれている。そんな感じだ。


「よし。あたしは階段掃除でもしてよー」


 想乃はほうきとちりとりを手に取り、事務所から出て階段の掃除をはじめた。

 階段は外から飛んでくる砂もあるため、きれいにするのは難しい。そもそもきれいにしたところで、 風が吹けば元どおりだ。つまり、目に見える大きなゴミだけ取れば問題ない。

 それが終われば次はドアとインターホン。これはれ雑巾で軽くけばきれいになる。

 ここまでの流れにそこまで時間がかかるわけもなく、想乃は三十分もしないで掃除を終わらせた。


「終わり終わりー」


 ドアを開けて事務所に入る。

 喉がかわいた想乃は、お茶を作って飲むことにした。だが、事務所にあるのは急須きゅうすと茶葉のみ。まさかこれも古いものを使うのかと思ったが、想乃はまたエモいと思いながら適当な分量でお茶を作った。


「うえぇ、まっず……」


 初めてかつ適当で成功するわけもなく、できあがったのはただただまずいお茶だった。


「ちゃんと作れるように練習しよ」


 想乃がそんなことを思っていると、本棚ドアが動き出した。これはもう完成の合図だ。


「できたぞー! 僕の発明品第三号! 名付けて、ネイルきらりん!」

「待ってました!」


 想乃はネーミングには触れず、創守の手にあるものに注目した。よく見ると、ネイルドライヤーに似ていた。


「なんか見たことあるような感じですね」

「えっ、そうなの?」

「はい。ジェルネイルを固めるときとかに使うやつにそっくりです」

「へー。ジェルネイルなんて初めて聞いたな。てか似たようなものあるんだ……」

「いやいや、用途が違いますから別物ですよ!」

「あっそう? ならいっか」


 創守が落ち込むところをなんとか回避できた想乃は、そのまま使い方を聞く。


「それで、これはどう使えばいいんですか?」

「指入れてボタン押して待つだけだよ」

「まぁそうですよね」


 指をいっきにやる場合は自分だけだとあごを使わないとボタンを押せない。これはレディーにとってはかなりデメリットだと想乃は思ったが、そこには触れないことにした。


 想乃は十本の指をセットし、創守にボタンを押してもらった。


「あっ、なんか動いてる!」

「中では細かい粒が付いたスポンジみたいのが上下左右に動いてる。傷つかない程度のいい感じの摩擦できれいにするんだよ」

「良心的ですね」


 数十秒経つと、自動で止まった。指を出してみる。


「うわっ、すっご!」

「めっちゃきれいだろ?」


 想乃の爪がまるで宝石のようにピカピカと輝いている。ちなみに、先に試した創守の爪も同様だ。


「やばいですよこれ! 乙女のハートわしづかみですよ!」

「そんなに喜ぶとは思わなかった」

「女性はネイルにも命使ってるんです!」

「へー」


 創守はそれについては無関心だ。想乃の話を適当に聞き流しているように見える。


「あの、これ持って帰ってもいいですか?」


 想乃は流れで聞いてみた。どうせ大丈夫だろうと思ったが、返事は意外なものだった。


「悪いけど、それは無理」

「えっ、どうして?」

「僕は発明はしたいけどそれが世に出るのは望んでないんだ。君の家で他の誰かにバレる可能性があるから、使いたいならここで使ってほしい。もちろん君の自由に使っていいから」


 さすがにここでわがままを言うわけにはいかないと想乃は思い、素直に従うことにした。


「わかりました!」

「悪いね」

「ぜんっぜん大丈夫です! 作ってくれただけでうれしいですから!」

「ありがとう」


 でもこれで欲しいものはなんでも作ってもらえる。それがわかった想乃は、これからのバイトが楽しみで楽しみで仕方なくなった。

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