第18話 怪しげなルーティン

 清々しい朝がやって来た。東から流れてくる風に意識を向ければ、ラーメン屋が仕込み中であるとわかる。

 太陽の光が優しく照らすのは、なにも蒲田だけではない。それを包含ほうがんする東京であり、日本であり、そして世界である。

 これまであげたのは場所だけだが、照らされるのは生き物も同じ。魚や鳥などの動物から、草や木などの植物まで。この世界に存在するさまざまな生き物が、その光の恩恵を受ける。

 四十七あるうちのひとつの、これまたいくつも細かく分かれたうちの一部にあるアパート。そこの窓から顔を出す創守にでさえも、はるか遠くの宇宙から放たれた灼熱の光は、今日も優しく照らしている。


「んー、いい朝だ!」


 昨日の夜に発明品第二号と出会えたこともあり、創守は朝から気分上々だ。

 このままの流れで第三号、第四号と発明していけば、脳みそにいい感じの刺激が与えられ、アイデアが雨のように降ってくるに違いない。


 創守はささっと準備を済ませ、サンダルを履いて家を出た。


「今日は久しぶりにあっち方面に行くか」


 気持ちのよい朝はサンダルで散歩をすると決めている。寒かろうが暑かろうが関係ない。足先から感じる季節を頭のてっぺんまで流れさせると、心も体もすっきりするのだ。

 これはあくまで創守のルーティンである。


「一年中これくらい気持ちよければいいんだけどねぇ」


 創守はしばらく歩を進め、日本工学院専門学校が見えるところまで来た。


「さて、君たちのエネルギーとアイデアを少しばかり分けてもらおうか」


 創守はそう言うと、ひじを伸ばして両手を学校側に向けた。もちろん近くには誰もいない。そうでなければ通報されてしまう。学校の目の前まで行かずに見えるところで止まるのも、誰にもバレずにこれをやるがためだ。


「キテますキテます」


 創守は感じることのないものを感じていると思い込みながら、ただひたすらに両手を学校に向ける。腕が下がらないよう維持するのは、自重じじゅうでもかなり筋肉を使う。これはトレーニングも兼ねているのかもしれない。


 創守の体がだんだん下がってきた。この形のまま姿勢が低くなるのは、今の創守か奥義を体得した中二病くらいだろう。


「エネルギーが体の中に流れ込んでくる」


 一度だけ人に見られてどこぞの宗教とまちがえられたことがあったが、こんなことを口にしていればそれも当然だろう。

 こんなことをしてなんの意味があるのかと思うが、本人がよければそれでいいのだ。


 エネルギーが体中に行き渡ったのか、創守のモジャモジャ天然パーマから心なしか活力を感じる。


「よし、これでエネルギーはいいだろう」


 やはりそうだった。創守の調子を判断するにはこのモジャモジャがいいのかもしれない。


「次はアイデアを頂くとするか」


 今度は左手を学校側に向け、右手を頭の上に乗せた。これは創守が考えたアイデア吸収ポーズだ。イメージに大きく貢献する右脳にアイデアを流し込むため、右脳が管理する左手を学校側に向けることで効率よく吸収できる。そして右手を右脳側の頭に乗せることで、左手から得たものを右手から入れ込むという流れを作り出せるのだ。


 もちろんそんなことが実際に起きることはないのだが、流れをイメージすることで似たような効果を発揮できる。創守はそう信じている。


「いいぞ。何かが流れ込んでくる。その調子だ」


 この姿を見られたこともあったが、そのときは霊能力者だとまちがえられた。これはさっきのとは違って何度か見られたことがある。そのせいか、日本工学院の蒲田キャンパスにはとてつもない霊が存在していると周辺地域で噂されている。


「くっ……さすがに疲れた。でも、まだまだだ」


 人の噂に興味がない創守は、そんな話があるということはいっさい知らない。噂を作り出している張本人であるにもかかわらずだ。


「見える、見えるぞ。あそこに巨大なアイデアの塊が!」


 今度は見えるはずもないものを見えると思い込む。これがプラシーボ効果のように働き、イメージが頭の中であふれるようになる。創守はそう信じている。


 これはエネルギーの吸収と違ってかなりの時間を使う。それほどまでに創守はアイデアを欲しているのだ。それもそうだ。普段から発想力があればわざわざこんなことはやらないのだから。


「よし……今日はこれくらいにしといてやろう」


 いかにも弱い悪役が言いそうなセリフを言い放ち、創守はアイデア吸収ポーズをやめて通常状態に戻った。通常状態と言ってしまうとなんらかの力を感じてしまうが、ただの人間にそんなものはない。あくまで世間一般で考えた通常に戻ったというだけだ。


「あんまりやりすぎたら学生たちに悪いからな」


 創守は学校そのものではなく、学生ひとりひとりから吸収しているていで、あのふたつの儀式的な動きをやっている。

 まったく心配する必要はないわけだが、一応気にかけることにしている。そうすることで、罪悪感を少しも感じずに済むのだ。


「戻るか」


 創守は怪しげなルーティンを終わらせたあと、来た道とは違うところを歩いて研究所へと戻っていった。

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