第17話 とてつもない技術力

 ——ピーンポーン。ピーンポーン


 インターホンが鳴っている。


 ——ドンドンドン!


 誰かがドアを叩いている。


「おーい! どうした? そこにいるんだろ? 開けてくれ!」

「うわやばっ、寝てた!」


 想乃は創守が帰ってくるまでの間ずっとイスの上で精神統一していたはずだったが、気づけば寝落ちしていた。

 留守番を頼まれたときに一応鍵をかけておいたのだが、どうやら創守は鍵を持っていくのを忘れたらしい。


「すみません、いま開けまーす!」


 想乃は慌てて鍵を開けた。


「ごめん。急いで出たから鍵忘れちゃった」

「いやいや、あたしのほうこそすみません、勝手に締めちゃって」

「当然のことなんだから気にしなくていいよ」

「あ、あざます」

「それより見てよこれ! どう? イメージどおり?」

「あー、ちょっと違いますけど別にいいんじゃないですか?」

「そうか違うのか……まぁこれを型にして新しいヘルメット作ればいいか」

「あっ、そうそうそれです! それが言いたかったんです!」

「だよな。今から作ってくるけど、どうする? 帰る?」

「そこは見ていく? じゃないんかい!」

「いやいやそれはないよ。ひとりで作らないと集中できないから」

「うわぁ、天才が言いそう……」

「で、どうすんの?」

「とりあえず時間になるまではいます」

「あっそう。二十時までに終わるかはわからないけど、もし出てこなかったら勝手に帰っていいからね」

「あっ、はい」


 耳からさらっと流れ落ちた言葉を、想乃は拾い上げて驚く。

 二十時までに終わるかわからない。ということは、終わる可能性も少しはあるということ。つまり、創守は残り一時間弱でヘルメット型抜け毛掃除機を作ろうとしているのだ。

 作るだけでもすごいのにそんな短時間でやってしまっては、発明王と呼ばれるエジソンもびっくりだろう。


「あっそうだ。さっきのなんの用だっけ? なんで僕出てきたんだっけ?」


 創守は想乃に呼ばれて研究所から出てきたことをすっかり忘れている。ひとつのことに集中すると、他のことはおろそかになる。創守の悪いところだ。

 そんな創守に対して想乃は呆れもせず、同じことを伝える。


「とりあえず床掃除と片付けが終わったのでその報告をしようと思って呼びました」

「えっ、もう? 早いな」


 創守は視界に入ってはいたものの、まったく気にしていなかった事務所内を意識して見た。


「おー、めっちゃきれいになってる!」

「でしょー?」

「いやぁこれは汚しがいがあるな」

「はぁ? ふざけんなし」

「冗談だよ。ありがとな」

「うす」

「まぁでももうちょっとゆっくりやっていいよ。あんまり早いとやることなくなっちゃうから」

「なかなかおかしなこと言ってますな」

「そう?」

「てか研修期間ってどれくらいか決まってるんですか?」

「あ、あぁそれね。あとで考えておくよ」

「絶対ですよ? 忘れたら罰金一万円ですからね!」

「わかったわかった。じゃあもうはじめるから、時間まで好きにしてて」

「はーい」


 創守は研究所に入り、本棚ドアを閉めた。


「どうしよっかなー」


 想乃は今できる仕事をやろうと思ったが、それでやることがなくなると「一週間に一回でいい」とか「呼ぶまで来なくていい」なんて言われる可能性があると思い、スマホゲームでもして待ってることにした。


「これでお金もらえるとか最高なんですけど」


 想乃はこれまでのバイト先を思い出し、今がいちばんいいと心から思った。



 ——創守が研究所にこもってから十分ほど経った。


「うぅ……気になるぅ」


 想乃は研究所の中をのぞきたいという衝動に駆られていた。今まさに隣で発明が行われていると思うと、気になって気になって仕方がないのだ。


「でも……」


 想乃の頭によぎるのは、童謡『つるの恩返し』だった。もしのぞいてしまっては、今の関係が終わってしまう。そんな気がしたのだ。


「やめとこ。親しき中にも礼儀ありって言うし」


 想乃はなんとか見たい気持ちを抑えた。これで関係が壊れずに済む。



 それから再びスマホゲームに熱中して、気づけば二十分が過ぎていた。


「あと約三十分……」


 二十時になれば想乃は帰らなければならない。絶対にそうしないといけないわけではないが、残っていては創守に何を言われるかわからない。無駄ないざこざは避けたいのだ。


 想乃が歩きながらそわそわしていると、突然、本棚ドアが動き始めた。


「えっ……」

「完成したぞ! 僕の発明品第二号!」


 創守が笑いながら研究所から出てきた。


「もうですか!? 早すぎでしょ!」

「そりゃ僕は天才だからな!」


 創守の手には想乃がイメージしたとおりのヘルメットがある。ただ、それはあくまで見た目の話。機能面がどうかはわからない。


「それちゃんと動くんですか?」

「あたりまえだ。じゃなきゃ出てこない」

「やってみてください!」

「僕はさっき試したからもう取れない。ほらこれ」


 創守は自分の抜け毛を想乃に見せた。


「うわぁ、きもっ!」

「おい! きもいとはなんだきもいとは」

「すみません、つい」

「まぁいい。次は君がやるんだ」

「えっ、あたし? なんか嫌なんですけど」

「引くなよ。そもそも君の発想だから君が使うと想定して作ったんだぞ。まぁでも僕も使いたかったから、頭のサイズに関係なく使えるよう大きめに作ったけどね」

「へ、へー」


 想乃は自分のために作ってくれたんだと思い、少しだけ顔が熱くなるのを感じた。


「じゃあさっそくやってみてくれ」

「……どうやって使うんですか?」

「かぶってボタン押すだけだよ」

「えっ、それだけ?」

「そりゃそうだろ。掃除機だってボタンひとつで吸い込むんだから」

「あぁたしかに」


 想乃は創守に言われるがままヘルメット型抜け毛掃除機をかぶった。


「ボタンは頭頂部にあるから」

「はい……」


 そして恐る恐る起動ボタンを押した。


「うひゃあー、くすぐったい! なんなんですかこれ!」

「そういえば言ってなかったな。ヘルメットの中には五本の指みたいのがあって、それがいい感じにわしゃわしゃすることで、簡単に抜ける毛とすでに抜けて落ちずにいる毛を動かし、あとはヘルメット内が全体的に掃除機になってるから、いっきに吸い取ってくれるってわけだ」

「ふぇ〜。でも慣れると気持ちいいですね」

「時間制限はないから、あんまり長くやると必要以上に抜けるかもしれない。気をつけろよ」

「いやそれ早く言ってよ!」


 想乃は聞いた瞬間にガバッとヘルメットを取りはずした。


「ははっ、ごめんごめん」

「笑い事じゃないですよ。レディーがどれだけ髪に命使ってると思ってるんですか!」

「悪かったって! でもそれいいでしょ?」

「……悪くはない」

「素直じゃないねぇ」

「うるさい!」

「じゃあどれだけ取れたか見てみようか」

「あそっか。どうすればいいですか?」

「さっきのボタンを長押しすると放出モードに切り替わるんだ。中の吸い込み口が少しだけ大きくなって、そこからいっきに毛がはき出される」

「へぇ、おもしろーい」


 想乃はボタンを押そうとしたが、寸前でやめた。


「見ないで……」

「えっ?」

「見ないでって言ったの!」

「なんでだよ」

「ツクモンってほんと女心がわかってないよねー」

「はぁ? たかが髪の毛だろ。店で切ってもらうときと変わらないよ」

「あれは切られたものじゃん! これは抜け毛! ぜんっぜん違うから!」

「はいはいそうですか」

「ビニール袋ください。コンビニのでもいいんで」

「なんで? そのままゴミ箱に入れればいいじゃん」

「持って帰るんですよ! こんなところに残したくないんです!」

「なんだよこんなところって」

「いいから早くしてください。時間になっちゃいますって」

「はぁ、わかったよ」


 創守は近くにあったコンビニの袋を想乃に渡した。


「あっち向いてて!」

「へいへい」


 想乃は創守が後ろを向いたのを確認したあと、ヘルメットのボタンを長押しした。すると、ボフンッという音とともに大量の毛が袋に放出された。


「あははー、やばー!」

「うまくいった?」

「はい! すごいですよこれ!」

「だろ? やっぱり僕は……」

「振り向くなー!」


 このあと想乃は袋をリュックに入れ、そのまま「また明日!」と叫んで事務所を飛び出した。

 創守はというと、そんな想乃の行動を疑問に思いながら、ヘルメット型抜け毛掃除機を錯覚グラスの隣に置いた。『抜毛ばつもう吸収メット』と書かれたネームプレートを添えて。

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