第16話 発想力の片鱗

「じゃあ改めて、今日からよろしく」

「よろしくお願いします」

「このまま研修がはじまるわけだけど、さっき言った仕事内容に関しては僕が何かを教えるとかはないから、自分で考えて行動してください」

「あっ、そういう感じ。いわゆる放置プレイってやつですか」

「言い方が気になるけど、まぁ似たようなもんだからいいか」


 想乃の研修がスタートした。研修といっても、創守が教えることは何もない。創守はただ研究所にこもり、ひとりで発明を進めるだけだ。


 創守が研究所のドアである可動式本棚を動かして中に入ったあと、想乃は事務所内でひとりになった。


「よし。やりますか」


 想乃は右肩を左手で押さえながらぐるぐる回している。さんざん文句を言っていたが、その動きからはやる気が見える。


「初日はここをきれいにするか」


 想乃はまず事務所内の掃除からはじめることにした。

 ひどく汚れているというわけではないが、創守はここを借りてからほとんど掃除をしていなかったため、まあまあ汚れている。

 想乃は創守があらかじめ買っておいたほうきとちりとりを手に取った。


「この時代に、しかも周りよりも先を進まなきゃいけない発明家が、まさかほうきとちりとりなんてねぇ」


 世間一般では掃除機を使うことが多いだろう。紙パック式もあれば、サイクロン式もある。コード付きもあればコードレスもある。組み合わせもさまざまあり、家電量販店に来るお客さんは見れば見るほど悩んでしまう。

 近年ではお掃除ロボットに床掃除を任せることも多くなっている。未来では人間が手を使わなくても掃除が完了することになるかもしれない。


 そんな世の中にもかかわらず、創守は電気すら使わないアナログ方式を取り入れていた。それがほうきとちりとりだ。


「ここは学校かって」


 想乃はそう言うものの、場所によっては学校でも掃除機を使っているところもあるだろう。今はそんな時代なのだ。


「ねぇツクモン! なんで掃除機にしなかったんですかー?」


 大声を出しても反応はない。研究所を隠しているこの壁は防音だからだ。かといって、あとから取り付けた本棚ドアの裏はスカスカなはず。つまり、創守は聞こえているのに無視しているのだ。


「……聞こえないか」


 そうとは知らぬ想乃は、おとなしく今あるの利器を使う。


「でもこうして使ってるとなんかエモいなぁ」


 想乃はいつのまにか楽しみながら床掃除をしていた。楽しい時間は短く感じるというのは本当で、気づけば三十分近く経っている。


「おー、超きれい!」


 少し前までが嘘のように事務所の床はぴっかぴか。床とともに心もきれいになったのか、終わってみれば不満はなく、想乃はただただ気分がいいだけだった。

 まさかき掃除がこんなに楽しいものだとは。そう思った想乃は、そのまま片付けも始めることにした。


「まだ時間はいっぱいあるし、ツクモンが出てくるまでに終わらせちゃお」


 事務所の見えるところには、用途がわからない謎のリモコンや本棚にあったであろう書籍の数々。飲み残しがあるマグカップや、なぜと言いたくなるメトロノームもある。


「なんでこんなところにあるの」


 事務所内の片付けはこれの連続。謎が多すぎてだんだん楽しくなってくる。

 これまた時間はあっという間に過ぎ、気づけば片付けも済んでいた。


「圧・倒・的・爽・快・感!」


 想乃はここまでの進捗を創守に伝えるため、本棚ドアをノックした。すると、数秒後に本棚が横に動き、創守が中から出てきた。


「どうした?」

「あっ、とりあえず床掃除と片付けが終わったのでその報告を……って聞こえてるじゃん!」

「へっ?」

「いや、ノックしたあとに出てきたってことはノックが聞こえたってことですよね? ならあたしの大声も聞こえたはずですよ! なんで掃除機にしなかったかって」

「あー、もしかしたら集中しすぎてたのかもなー。それでノックが聞こえたときはちょうど集中が途切れたときだったんだよ。うん、絶対そう」

「ふーん。そんなに集中できたってことは、何か新しいアイデアでも浮かんだんですかぁ?」

「い、いやまぁ、ぼちぼち……ね」

「なら聞かせてもらおうじゃないですか! そのアイデアってやつをね!」


 想乃の後ろには誰もいないはずなのに、そこに群勢がいるかのような圧を感じる。これは想乃からあふれる気の力とでも言うのだろうか。

 その見えない圧力に創守はおされ、口が開いたままになっている。


「どうしたんですかぁ? やっぱりさっきのは嘘だったんですかぁ?」


 想乃がここぞとばかりに創守をあおる。


(ここで負けたらこの先ずっと勝てないぞ……)


 そう思った創守はなんとか声を出し、時間をかけて思いついたアイデアを言うことにした。


「これだけ言われたらこっちも黙ってるわけにはいかない。仕方ないから教えてやる。僕のアイデアを」

「どうぞ」


 創守はゆっくり呼吸を整え、再び声を出す。


「聞いて驚け……消しカス食べる君だ!」

「消しカス食べる君? なんですかそれ」

「説明しよう! 消しゴムのカスが机の上に溜まっていると、センサーが反応してそれを自動で食べにいくのだ!」

「はぁ」

「どうだ、すごいだろ?」

「ちなみにそれって消しカスだけしか食べないんですか?」

「そりゃそうだ。消しカス食べる君なんだから」

「うーん……卓上クリーナーの進化版かと思いましたけど、消しカスだけなら劣化版ですね」

「な、なんだと!? 自動で消しカスを食べるんだぞ? めちゃくちゃロマンじゃないか!」

「ロマンねぇ……。そもそもお掃除ロボットの小さいやつとかどこかにありそうですし、新しい感じがしないんですよね」

「……ふっ、だよね。実は僕もそう思ってた」


 創守はおとなしく引き下がった。調子に乗れるほどのアイデアじゃないことは自分でもわかっていたのだ。


「てかあれだけ時間あってそれですか? いかにもあたしの掃除機って声から思いついたようなアイデアですね」

「わ、悪いか! これが僕だ! 益江創守はこういう男なんだ!」

「堂々と言わないでくださいよ」

「……」


 想乃は呆れた。と同時に、頭の中にいいアイデアが降ってきた。

 

(言いたい……。でも自分からはちょっとツクモンに悪いよね)


 そう思った想乃は、どうにかしてこちらに流れを持ってくることにした。


「なんでそんなことしか浮かばないんですか。もっと他にあるでしょ」

「他に? じゃあ何があるって言うんだよ。言ってみ」


 創守は想乃の思いどおりに動いた。

 想乃はしばらく考えるふりをしてから口を開いた。


「……抜け毛掃除機です」

「抜け毛掃除機? カーペットに落ちたペットの抜け毛を吸うっていうあれか?」

「違いますよ」

「じゃあなんだよ」

「あたしが思いついたのは、人間用の抜け毛掃除機です」

「人間用? 落ちてるやつなら普通の掃除機でいいだろ」

「落ちてる毛じゃなくて、落ちそうな毛を吸うやつですよ」

「……どゆこと?」


 創守の眉間にはふたつの深い谷ができている。

 想乃はそこまで難しいことは言ってないつもりだったが、頭の固い創守でも理解できるように、簡単かつイメージしやすい説明をすることにした。


「人って一日に百本くらい髪が抜けるってよく言うじゃないですか」

「うん」

「それってかなりうざいんですよ」

「う、うざい?」

「はい。くしで髪をとかしてたらいつのまにか大量の毛が引っかかってたり、お風呂の排水溝に毛が溜まって水が流れなくなったり、それはもううざったいんです」

「あー、たしかに」

「それであたしの案につながるんですけど、毎日抜けるってわかってるんだから、毎日それが落ちる前に吸い取ればいいって思ったんです」

「ほう」

「でもただの掃除機じゃおもしろくないっていうか、そもそも今のでいいじゃないですか」

「だね」

「だからヘルメット型にするんですよ!」

「ヘルメット?!」

「はい。毎朝それをかぶって起動させると、その日に抜け落ちる予定の髪の毛が吸い取られるんです! どうです? すごくないですか?」


 想乃は自分の頭の中にあったイメージを余さず出した。創守を見ると、驚いたのか目が大きく開いている。


「すごい……すごいよ! よくそんなこと思いつくな!」

「でしょ? そろそろあたしのこと天才って認めたほうがいいですよ」

「いや、それは遠慮しておく」

「なんでよ!」

「でもすごいよ、マジで。ちょっと今からヘルメット買ってくるわ。留守番頼む」

「えっ、ちょ、今から!?」

「頼んだぞー!」


 創守はそう言うと、かけ足で外に出ていった。


「あははー、ほんとにいま行くんだ……」


 事務所でひとり、ポツンと立つ。しばらく経って、想乃はあることを思い出した。


「てかさっき名前で呼んでたよね? えっ、勘違いじゃないよね? ツクモンちゃっかりしてるわぁ……」


 想乃は不意に名前で呼ばれたことがとにかくうれしかった。いつもなら感じないはずなのに、妙な恥ずかしさもあった。


(自分から呼べって言ったのになんであたしは恥ずかしがってんのよ)


 このあと創守が帰ってくるまで、想乃はイスの上であぐらをかき、精神統一をした。さっきの気持ちを忘れ、いつもの自分に戻るために。

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