第30話 モジャモジャが役立つとき

 週末は創守にとって必要不可欠だった。うるさいバイトから離れて心も体も休めるためだ。

 だがそのうるさい存在が突然いなくなると、この二日間はほぼ無意味だと感じる。想乃が音信不通になったことで、心身ともに休ませるほど疲れてはいないのだ。


「はぁ……なんかなぁ」


 無駄に早く起きてしまった創守は虚無感に襲われた。いつもより頭の中が空っぽになっている。疲れていれば二度寝でごまかせるのだが、今の状態では無理だ。


「ちょっと気分転換でもするか」


 超が付くほどのインドア派である創守は、基本的に週末は家で過ごす。だが、そんな創守でも外に出たくなるときはある。気分が晴れない日は特にそうだ。


(どうせならいつもは行かないところに行こう)


 向かう先は京急蒲田駅。徒歩で行くとまあまあ時間はかかるが、そんなものはあり余っている。時間は有限ではあるものの、ワクワクもドキドキもない時間というのは、創守にとっては無限に感じられるのだ。



 ——家を出てから約二十分。


 スマホの地図を確認すると、あともう少しで京急蒲田駅が見えるようになるとわかった。


(……駅に行って何するんだ?)


 目的もなく歩くのが散歩ではあるが、そこに疑問を持ってしまった創守は駅に向かうのをやめた。これも散歩の醍醐味だいごみと言える。

 蒲田に引っ越してから数年経っているが、ここまでの道は知らないものだらけだった。それだけでも脳にいい刺激が与えられたことだろう。


(帰ろう)


 創守は突然だが帰ることにした。自分の脳にいくら刺激を与えても、想乃のようにいいアイデアが出るわけではないと思ったのだ。

 なんとも悲しい現実に、創守は少しだけため息をつく。ただ、実際はそこまで落ち込んでいなかった。むしろ、想乃のありがたみがわかってよかったと思っていた。



(おっ、あっちに橋があるのか……)


 別のルートで帰っている途中、創守は少し離れたところに橋を見つけた。橋があるということは、だいたい下に川が流れている。もしくは電車が通っている。それ以外にもあるだろうが、創守はお気に入りの学校の近くに流れる川の可能性があると思い、寄ってみることにした。



 数分ほどで橋に着いた。

 下を見てみると——川が流れている。呑川のみかわというらしい。

 蒲田駅のあるほうに目を向けると、創守の予想は的中していた。視線の先に日本工学院専門学校が見えたのだ。


(へー。意外といいなここ)


 この橋の名は、仲之橋なかのはし。想乃との仲を考えているときにたまたま見つけたものだったが、名前からして妙に運命を感じる。


「はぁ……やっぱり僕から言うべきだよなぁ」


 とてもきれいとは言えない川を眺めながら、そうつぶやく創守。その表情からは、決意のようなものが見て取れた。

 しばらく風に当たりながらゆっくりしていたが、このままここにいたら勘違いされそうだと思い、創守はもう帰ることにした。



 帰宅してからは特別なことは何もしなかった。いつもどおり映画を観て、いつもどおり電子書籍を読む。

 そんないつもどおりの時間でも、いつもと違うところはあった。想乃の顔が頭から離れなかったのだ。


(いなくなってもうるさいんだな……)


 創守は悲しげな表情で笑った。



 ——翌日。


 創守は朝から予感がした。なんとなく想乃が来るのではないかと。

 いまだに連絡はない。ただ、例えようのない感覚が創守の肌をピリつかせていた。


(来たときのためにドッキリでも仕掛けておくか)


 創守は人に興味がない。そのせいか、ケンカをしてしまったあとの対応がわからない。

 原因は少なからず自分にあるということは、この週末に想乃のことを考えてわかっている。自分の発言がなければ、あんなに感情的になることはなかったのだから。

 だが、適した解決方法が浮かばなかった。その結果、ドッキリを仕掛けることでこちらは気にしていないというのを伝えようと思ったのだ。実際はかなり気にしていたが、創守は大人の包容力を見せるときだと思ったのだろう。見せ方は常識からズレているが、そこに創守らしさがある。


(でもどんなドッキリにしようか。驚きはするけどおもしろいものがいいよなぁ……)


 しばらく頭をひねっていると、突然「あっ!」と声が出た。いつもは何も浮かばないはずなのに、ひとつのアイデアが浮かんだのだ。


「これ使えばいいじゃん」


 それは創守が生まれながらに持っている最強の武器——モジャモジャの天然パーマだった。


「これをインターホンが押されたタイミングで上から落とす。そうすればかなり驚くだろ」


 といっても、今から坊主にするわけではない。その必要はないのだ。なぜなら、毎日のように抜毛吸収メットを使い、回収した抜け毛を捨てずに取っておいたからだ。


 創守はさっそく研究所に向かった。




「まさかこれが役に立つとはな」


 研究所に着くやいなや、袋詰めにされた自分のアイデンティティーを見る。

 いつどこで何が発明に役立つかは誰にもわからない。だからこそ、不要なものでもある程度は保管しておく。それが創守流なのだ。


「まずはこいつでカツラを作るか」


 創守は抜け毛をうまく組み合わせ、ものの十数分で今の髪型とそっくりなカツラを作った。


「いやぁ、素晴らしい……」


 自分の分身を見て自分で褒める創守。その表情は、まるで美術館で静かに芸術作品を見ているようだった。


(あとはこれをインターホンの真上に設置して、ボタンが押されたタイミングで遠隔で落とす)


「ははっ、我ながら完璧なアイデアだ」


 創守は事務所のイスをひとつ持って外に出た。そしてイスを踏み台にし、インターホンの真上にカツラを取り付けた。


 その場で動作チェックをしてみる。創守がスイッチを押したと同時にカツラが下に落ちた。


「よし、完成だ。あとはあいつが来るのを待つだけ……だっ!」


 完成を喜ぶ創守に、突然もうひとつのアイデアが浮かんだ。


「そうだ。そのほうがいい」


 創守は事務所にある紙とペンを使い、カツラにもうひとつの仕掛けをほどこした。

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