第28話 静寂は続く
想乃が事務所を飛び出したあと、創守はひとり立ちつくしていた。
「なんなんだ……?」
想乃がブチ切れた理由が、創守にはわからなかった。ここにきて鈍感が悪さをしているのだ。
「普通あんな怒るかねぇ……。てか僕そんな悪いこと言ったか?」
創守が想乃に言ったことは正論だった。
学費は想乃の両親が支払っている。これに関してはほとんどの家庭もそうだろう。祖父母や親戚が払っていることもあるだろうが、自分で払っているというのは多くはない。
もちろん自分で払っている高校生もいるわけだから可能ではあるのだが、今までバイトをすぐにクビになっていた想乃には不可能なことなのだ。
ただ、想乃にも学校をサボってしまう事情はある。行こうとする気持ちはあるものの、どうしても足が動かなくなるときがあるのだ。
『サボるなら学校をやめて自立したほうがいい』という創守の言葉はまちがいではない。無駄に時間を過ごしているよりは、早くに職を見つけたほうがよりよい人生になるからだ。
だが、想乃は学校をやめたいとは思っていない。思っていたら、わざわざ保健室登校なんてしない。不安な気持ちを隠しながらも、行けるときに行くというのを続けているのだ。
創守は想乃が他の生徒と同様、普通に学校に通う女子高生だと思っている。想乃が自分のことを話していないから当然のことだ。
想乃は自分のことをよく知りもしない創守だったからこそ、強く当たってしまったのだろう。
「はぁ……」
(あいつのことだから、明日にはけろっとした顔で来るだろ)
創守はのんきにそんなことを思いながら研究所へと入った。
「とりあえず事務所のドアの鍵は遠隔操作できるようにするか」
今日中に終わらせてしまえば、明日からは開けるのが楽になる。
インターホンが鳴ったらリモコンに取り付けた画面で想乃かどうか確認。想乃ならボタンひとつで鍵を開けて、関係のない人間ならそのままお帰りいただく。
創守は集中して作業に取り組んだ。
いつもの邪魔が入らないからか、作業は順調に進み、予想よりも早く終わった。だいたい一時間といったところだろう。
「よし、試してみるか」
リモコンを持って本棚ドアを開ける。
「おーい、ちょっと一回外に出て……」
誰もいない事務所を見て思い出す。
「そうだ、いないんだった」
創守はため息をつき、自分で内側から鍵をかけた。そして再び研究所へと戻り、リモコンを操作する。
ガチャン……。
鍵が開いた音がした。確認してみる。
「よし、成功だ」
これにて遠隔操作で開錠作戦は完了となった。
うれしい気持ちはあったが、いつもより静かなのが少し気になった。創守はこれ以上気にならないように今日はもう帰ることにした。
——翌日。
創守のスマホには想乃からの連絡はない。
想乃は寺口と違って朝から連絡するような気の遣えない人間ではない。午後になってから連絡が来る可能性はある。
創守は家でごろごろしながらスマホで電子書籍を読むことにした。
「まだないか……」
午後になってスマホを見てみるも、想乃からの連絡はない。このまま夕方まで連絡がなければ、今日は休まずに来るのだろう。前に創守が言ったとおり、連絡を入れてくれるのならば。
十七時のチャイムが外から聞こえてきた。
事務所にいるのは創守ただひとり。そして、想乃からの連絡はない。
「あいつ何してんだ……」
創守は想乃に電話をかけてみた——つながらない。そのまま何度か試してみるも、いっこうにつながる気配がない。
「まさかあいつ、ほんとに来ないつもりか……? まぁいいか」
創守は事務所に置いてある電車ソファーに座った。ただ座っただけで、起動はさせない。今はゆらゆらとする気持ちにはなれないのだ。
他の発明品はというと、事務所に外部の人間が入ってきてバレることがないように研究所に置いてある。というか飾ってある。ネームプレート付きで。
想乃がよく使いたいと言うから、創守は仕方なく電車ソファーだけ事務所に置いたのだ。
「静かだな……」
ちなみにタブレットがなければ電車モードにはならない。ただ揺れるだけのソファーだ。これなら壊れかけのマッサージチェアとでも言っておけば、外部の人間にバレることはない。
これは想乃に言われて気づいたことだった。そのときも、創守は想乃のすごさに感動していた。
「こうも静かだと、なんか調子狂うな」
創守はしばらく天井を見上げていたが、昨日と変わらないと思ったのか、今日も早く帰ることにした。
——また翌日。
想乃が事務所を飛び出したのは水曜日。昨日はなんの連絡もなく、創守が連絡してもまったくつながらなかった。
そして今日は金曜日。もしこのまま連絡がなければ、変な感じのまま週末に入ることになる。週末は暗黙の了解でお互いに連絡は取らないのだ。
「さすがに今日は連絡あるだろ」
朝にスマホを確認したときは、昨日と同様に通知はゼロ。朝は問題にならないとして、午後はどうだろう。
創守は午後いちでスマホを確認してみた。いまだになんの連絡もない。
「まさか、あの日なんかあったんじゃ……」
あの日というのは、想乃が事務所を飛び出した日のことだ。創守は想乃が不注意で事故にでも巻き込まれたのでは、と縁起でもないことを考えていた。
「あんな感情的になるのは初めてだった……。もしかしたらってこともある」
創守は心配した。それと同時に、自分がここまで人のことを心配するとは思わなかった。
寺口に言われたとおり、創守は人に興味がない。だが、今回は違ったのだ。自分が深くかかわっている。自分のせいで。そう思わざるをえないからなのか、頭の中は想乃のことでいっぱいだった。
「いや、考えすぎはよくない。だいたいこういうのは
夕方になれば、何事もなかったかのようにインターホンが鳴る。創守はポジティブに考えた。
だが、バイトの時間になっても想乃は現れなかった。事務所は静まり返っている。
「電話してみるか」
創守はポケットからスマホを取り出し、想乃に電話をかける。
しばらくコール音は鳴るものの、つながる気配はゼロ。その数分後にもう一度試してみるも、あいもかわらぬ結果となった。
「マジでどうしたんだよ……」
創守は今日も研究所を早く閉めることにした。ここに長くいても、今の創守には何もできることはないのだ。
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