第14話 あふれ出る業務内容

 創守はソファの上で目が覚めた。

 昨日の形だけ面接のあと、今までにない疲労が襲ってきたのだ。いつもならちゃんと家に帰ってベッドでぐっすりなのだが、想乃の相手は想像以上にハードなのかもしれない。


「さて、夕方までに仕事内容を決めておかないと」


 ぼやぼやしたままで考えても昨日と同じものしか浮かばない。そう思った創守は一度家に帰って朝ごはんを食べることにした。

 事務所内には食べ物が何もない。創守はあえてそうしている。ここにそれを置いてしまったら家がなくても生活できてしまうというのもあるが、そこまでしてしまうと自分がダメになると思ったからだ。人間としてではなく、いち発明家として。


 創守は外に出た。新鮮な空気を吸い込むと、肺の中の古い空気がすべて入れ替わるような、そんな感覚がした。実際には一部の空気は残るわけだからそんなことはないのだが、このときの創守はたしかにそう感じていた。


「よし、帰るか」


 さっきまで曇っていた頭の中は、今はもうすっきりしている。朝日を全身に浴び、狂ってしまった体内時計が元に戻る。これで心も体も整った。


 五分も歩けば家に着く。この五分は昨日までのとは違う。もう想乃にバレるかもしれないということは気にしなくて済むのだ。これがどれだけの違いがあるかは、実際に想乃に追われる立場にならなければわからないだろう。


 創守は家に着いてドアを開けた。いつもながら部屋の中はシーンとしている。ここに来ればいつでも味わえるこの空気。これは大切にしなければと創守は思った。


「なんかあったっけ」


 冷蔵庫を開ける。しばらく何も注文していなかったこともあり、中身はすっからかんだった。

 創守は仕方なく戸棚にあるカップラーメンを手に取った。電気ケトルで水を沸騰ふっとうさせ、カップに注いで三分待つ。時間が来れば、おいしいおいしい朝食のできあがりだ。


「あー、なんか久しぶりだな」


 カップラーメンは非常食用に取っておくだけで普段は食べなかった。今日ここで食べるのは本当に久しい。

 創守は手を合わせてから食べはじめた。


「やっぱりうまいな……さすがだ」


 創守の頭の中には、安藤あんどう百福ももふくなる人物がいた。彼はインスタントラーメンの開発者だ。


 開発というのは発明と似ているが少し違う。発明は新しいことを考えて作るところで終わってもいいが、開発はそこから実用化まで考える必要がある。大げさに言ってしまえば、個人で終わるかそうでないかというわけだ。


 創守がやっていること、そしてこれからもやることというのは発明だ。自分だけ満足して終わりでもいい。創守はそう思っている。

 だが、開発となるとそこにはたくさんの人の顔が見える。一緒に考え作る者たち、そしてそれを使う者たち。つまり、社会と密接につながっているのだ。

 これは創守にとっては難しい。宝くじに当選したからではない。もともとの性格的な問題だ。簡単にいえば、目立ちたくないのだ。


「ごちそうさま」


 創守はカップラーメンを食べ終えると、軽く部屋の掃除をはじめた。これは食後の軽い運動だ。そうしていれば頭も回転することだろう。


 しばらく経って、創守は想乃に任せる仕事をひとつ思いついた。それは階段掃除だ。昨日言った掃除はあくまで事務所内のこと。事務所外の掃除はまた別の仕事だ。誰がなんと言おうと、別の仕事なのだ。


「とりあえずこれで三つか」


 事務所内の掃除。お茶出し。事務所外の掃除。三つのうちふたつが掃除だと、想乃はまちがいなく馬鹿にしてくる。そんなのしか浮かばなかったのかと。

 だが、今はそれでいいのだ。バイトも最初は簡単な仕事しか任されない。このあたりまえを目の前に突きつければ、とりあえず新人は黙るしかないのだ。


「そうだ、ゴミ出しもあったな。これで四つだ」


 創守は思わず鼻歌が出ていた。ストレスがないとこうも頭が回るのかと。この単純明快なシステムを今まで忘れていたのだ。

 もちろん、この現象は誰にでも起こることだ。日々生活していれば必ずストレスは溜まる。これをうまく発散しなければ、本来の能力を発揮できなくなってしまうのだ。


「おっ、事務所内の片付けもあったか。これで五つ目。なんだなんだ、今日はやけに順調だな」


 ここまでポンポン浮かんでいるが、これはやはり想乃がいないからこそであろう。想乃の相手をしているほとんどの時間が、ストレスの源泉かけ流し状態なのだ。これは温泉と違って負の要素しかない。

 もちろん、長く入っていれば湯あたりすることはあるのだから、温泉にも気をつけなければならない。だがそれは自分でどうにかできる。気分が悪くなる前に出ればいい。

 ただ、ストレス源泉かけ流しに関しては自分でどうこうできるものではない。さらには湯あたりと違って短時間で悪影響が出る。そしてそれは長時間続き、徐々に心をむしばんでいくのだ。

 想乃は創守の意思に関係なく寄ってくる。これが創守にどうにかできるだろうか。いや、できない。


「あっそうだ、備品買い足しもあるな。これで六つ目。さすがにこれだけあればある程度の期間は持つか」


(バイトには研修期間がある。それをあいつに伝えればいい)


 今までにない順調さを感じ、創守は思わずニヤリとした。

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