創造と発想

第13話 形だけの面接

 創守がしつこい想乃を仕方なく雇うことに決めてから一日が経った。

 あのあとふたりは連絡先を交換していたため、いつでも連絡が取れる状態になっている。これは創守にとって好ましくない状況だった。なにしろ、いつ着信が入るかわからない状態では、気になって気になって発明などできないからだ。もともとなんのアイデアも浮かばない創守には泣きっ面に蜂である。


 ただ、当の想乃は創守が思っていたよりも常識人であった。連絡先を交換したからといって、執拗しつように電話をかけることはしなかった。


(さすがにツクモンに悪いもんね)


 自分が創守の発明を止めている原因のひとつだとは思っていないが、悩んでいたのを知っているからこそ、自分がいないときくらいは静かにさせてあげたいと思っている。これでは性格がいいのか悪いのかわからない。


(でもいろいろ聞かないとだから研究所には行かないと)


 想乃は自転車に乗り、ツクモ研究所へと向かった。



「とうちゃーく!」


 ビルの前に着くと、想乃の顔には笑みが。自分を雇えとは言ったものの、まだ何をするのか聞いていなかった。それがこのワクワクを生み出していた。


 階段を下りた想乃はインターホンを押した。

 来るのがわかっていたかのように、すぐに声が聞こえてきた。


「いきなり来てなんの用?」

「冷たいなー。かわいいバイトがせっかく来てあげたのに」

「呼んでないけど」

「いいじゃないですか別に」

「……で、なんの用なの?」

「なんの仕事するかとか、週に何回働くかとか、そこらへん全然決めてなかったなって思って」

「たしかに……」

「いいから早く開けてくださいよ」

「はいはい」


 開錠音が聞こえた。想乃のこともあってか前よりも用心深くなった創守は、自分がいても常に鍵をかけておくようにしているのだ。


「あざまーす。あっ、バイトだからおはようございますか」

「いいよどっちでも」


 想乃が中に入ると、ドアはすぐに施錠された。今の速度はとてつもなかった。目にも止まらぬというのはまさにこのことを言うのだろう。


「ここでいいよね?」

「えっ、なんで? 研究所に入るに決まってるじゃないですか」

「えー」

「だってそこが仕事場ですよね?」

「まぁ」

「じゃあ!」

「……いや、やっぱりこういうのはまず形から入らないと」

「どういう意味ですか?」

「面接せずに直接雇うことになったから、君のことはまったく知らないわけだろ?」

「はい、君って言ったー」

「別にずっと名前呼ばなくたってよくない? 友達同士でも名前で呼んだりお前って言ったりするでしょ」

「うーん……認めざるをえないか」

「ふんっ」

「でもだからってずっと君って言うのはやめてくださいね? あたしにはちゃんと想乃って名前があるんですから」

「はいはいわかってますって」


 口元がゆるゆるになっている創守を見て想乃は本心をすぐに見抜いたが、とりあえずはスルーしておくことにした。


「てか話変えないでくれる?」

「あれ、なんの話してましたっけ?」

「面接もしてないからって」

「あーね。えっ、じゃあ面接するんですか?」

「いや、形だけね。どうせ不採用にできないし」

「おー、なんか新しい試みですね」

「君のせいだけどね」

「あたしのおかげって言い方もできますけど」

「もういいからそこ座って」

「はーい」


 創守はめんどくさそうにしている。想乃はあいかわらず楽しそうだ。それもそのはず。必ず受かる面接をやるというのはただのインタビューみたいなものだからだ。一般人、ましては現役女子高生がそれをやるとなれば、ウキウキしてしょうがないだろう。


「じゃあはじめます」

「はい」


 創守が形だけではあるが真顔になったことで、想乃もそれに合わせて真顔になった。


「お名前は?」

「えっ、それ言う必要あります?」

「実際のバイト面接も先に電話で名乗ってるでしょ」

「あー、たしかに。じゃあ、衣里想乃です」

「君は高校生だよね?」

「はい。高校二年生です」

「そこまでは聞いてない」

「うっ……」

「ん?」

「なんでもないです」


 想乃はまで言うのをこらえた。創守が面接をいいことに強気になっていることはわかっていたが、ここでいつもの自分が出ては負けな気がしたのだ。


「なんでここで働こうと?」

「発明家の近くで働けるという機会はそうそうないです。そんなチャンスが目の前にあったら、誰だって応募しますよ」

「ほうほう」


 創守の表情が穏やかになった。


(単純だなー)


 そう思った想乃は顔に出さないよう心の中で笑った。


「希望の曜日はありますか?」

「とりあえず夕方の五時からであればいつでも大丈夫です」

「週何日を予定してます?」

「毎日でもいいですよ!」

「いや、それは困る。かなり」

「じゃあ週三から週五とかですかね」

「はい。他は知らないけど僕は土日祝日はちゃんと休むから、基本的に平日だけになるけどそれは問題ない?」

「はい」

「ふむふむ」


 研究所ではなく自分の都合を言う創守に、想乃はあと少しで笑うところだった。

 心を落ち着かせ、自分から質問を投げる。


「あの、仕事内容ってどんな感じになりますか?」

「そうだな……掃除したり飲み物出したり、飲み物出したり掃除したり、まぁそんな感じかな」

「ふたつしか出てないですよ!」

「そう? 気のせいじゃない?」

「絶対ふたつです! あたしは耳がいいんですから! それより、発明の手伝いとかはないんですか?」

「手伝い? 素人しろうとの君に何ができると?」

「うぐっ……」


 何もできない。想乃は言い返すことができなかった。


「まぁ他に何かあればそのとき言うから」

「わかりました」

「えっと……ここまではどうやって来てます?」

「自転車です」

「なら交通費はいらないね。あとは……時給か」

「時給! 一万円とか? もしかしたら十万円?」

「冗談にしては現実味があってつまらないね。そんな君には時給五百円が妥当だとうだろう」

「ご、五百円!? なんですかそれ! ブラックすぎますよ! むしろブラックのほうがホワイトですよ! ここは無法地帯か!」

「面接中ですよ? 落ち着きましょう」

「これが落ち着いていられるかー!」


 創守はふざけて言っているようには見えない。だからこそ想乃は断固反対の姿勢をとった。そのまま受け入れてしまっては、それこそ負けなのだ。


「あなたは雇われる立場なのです。そこはちゃんと理解してますか?」

「してますとも! でもこれだけは絶対ダメです。違法ですから!」

「でもここ会社じゃないし、ただの個人的な研究所だし。言っちゃえば、ただ自主的に手伝いをするだけだよね? それってボランティアと同じでしょ」

「うっ……」

「つまりは労働基準法の適用に値しないわけだ。時給あげるだけありがたいと思ってほしいね」

「うわーん、バカ! ケチ! おたんこなす! モジャモジャ! 地獄に落ちろ!」

「おいおい、ひどいな……」


 想乃の圧に負けたのか、創守は考えを改めた。というかそもそも真顔で冗談を言っていただけだった。これまでの仕返しだったというわけだ。


「じゃあ最低賃金でも大丈夫?」

「それはもう! それなら問題ないです!」

「昇給もないけど、問題ないよね?」

「……この際それはよしとします」

「よし。じゃあ決まり! これにて面接を終了します。ありがとうございました」

「あざました!」


 創守の冗談には気づかなかった想乃だったが、なんとか人並みの仕事ができることになり、心の底から喜んでいる。

 今まですぐにクビにされていたというのは不憫ふびんだが、ここならそんなこともない。お客さんが来るわけじゃないし、従業員と呼べるのは創守ただひとり。その創守は最初から想乃を拒否していたこともあり、想乃は耐性ができている。つまり、想乃にとっては今まででいちばんの仕事場なのだ。


「いやぁ、なんかおもしろかったですね」

「……悪くはなかったかな」

「でも雇うのはあたしひとりだけですよね?」

「そりゃそうだよ。増えるイコール高額当選がバレるだからね」

「あははー、じゃあこれはあたしとツクモンだけの秘密ですね!」

「……まだ誰にも言ってないんだ」

「言うわけないじゃないですか。約束はちゃんと守りますよ」

「ふーん」


 創守の口元がまたゆるんでいる。少しは想乃のことを信じるようになったのだろう。


「それで、今日は何すればいいですか?」

「えっ、もう? 明日からでよくない? 今日はちょっと疲れたからもう寝たい」

「えー」

「頼むよ」

「わかりました。じゃあ明日必ず来ますから、それまでに仕事内容ちゃんと決めといてくださいね!」

「うん」


 事務所を出るとすぐに鍵がかかる音が聞こえた。

 想乃は思わず笑ってしまったが、創守が本当に疲れているようだったため、反応せずにささっと階段を上がった。


(これから楽しくなりそう!)


 想乃はクスクスしながら自転車に乗り、左足でペダルを踏んだ。

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