第11話 大金の使い道

 創守は久しぶりに笑い疲れた。といっても、最後にそうなったのがいつだったかはまったく記憶にない。

 宝くじで高額当選すれば、誰でも死ぬほど笑いが止まらなくなるものかと思うが、創守は恐怖ゆえに冷静さを欠かなかった。もしそこで笑っていたとしたら、サングラスを改造するなんていう発想は一ミリも出てこなかっただろう。


「それでその……百円は?」

「まだ言うの? 迷惑料とかこっちがもらいたいくらいなんだけど」

「えー、徳川埋蔵金ぐらい持ってる人が?」

「いやそこまでないから。あれ億単位じゃないでしょ」

「そうなんですか? 全然知らなーい。適当に言ってみただけだし」

「まぁそう言われてるだけで見つかったわけじゃないから僕も知らないけどさ」

「じゃあ知ったかじゃん」

「うるさ」

「知ったかぶった罪でプラス一億円お支払い願います」

「いや高すぎだろ!」

「だって知ったかのって高いって意味じゃないですか」

「誰だよそんなアホみたいなこと教えたの」

「もぉそんなに熱くなっちゃってぇ、冗談に決まってるじゃないですか」

「いや、君の場合はありえるでしょ」

「それどういう意味ですか? あたしが馬鹿だって言ってます?」

「うん」

「うわぁ、侮辱ぶじょくされたー。ということで、プラス二億円の支払いをお願いいたします」

「だから高すぎだって。しかもなんで増えてるんだよ」

「そんなの決まってるじゃないですか。あたしが欲しいからですよ!」

「すんごい自己中」

「はい、プラス四億円です。次は八億ですから、そろそろ発言には注意したほうがいいですよ」

「あー、倍になってるのね。次の次は桁が変わるから注意しないと、って誰が払うかよ!」

「あはは、ひとりノリツッコミとかウケるー」


 想乃に遊ばれ続けた創守は、自分は何をやってるんだとふと我に返った。


「てか君いつまでいるつもり? やることもないし、もう帰ったら?」

「えー、まだ来たばっかじゃないですかー」

「それはゲームセンターとかテーマパークとかに行ったときに言うセリフだよ。ここはそんなんじゃないから」

「一般人にとってはある意味そういう感じだと思いますけど」

「あーまぁ、それに関しては否定できないな」

「でしょ?」

「いやでも隠れてるってだけでここはまだそのレベルに達してないから」

「隠れてるってだけで非日常なんですけど」

「ああ言えばこう言う」

「でもそうじゃん!」

「わかったから、もう帰ってくれよ! 僕はそんなに暇じゃないんだよ」

「そんな怒鳴らなくてもいいじゃないですか……」


 工事現場のようにうるさい想乃がしゅんとしたことで、創守は少しだけ申し訳ない気持ちになった。


「ごめん」

「あはは、だまされたー。あたしって演技の才能もあるのかー。いやぁ困った困った」

「つらい……つらすぎる……」

十万石じゅうまんごくまんじゅうみたいな言い方ですね」

「えっ、もしかして埼玉出身?」

「ばりばり東京です」

「なんだよ」


(少しでも仲間意識を持った自分が馬鹿だった……)


 そう思った創守は、看板を作るときに余った木の板を使って無理やり想乃を押し出そうとする。


「もう帰れ」

「えっ、ちょっとなんなんですか! なんで木の板?」

「こうでもしないと帰らないだろ? それに、少しでも触ったらセクハラとか言われそうだし」

「ちょっと待って! もう少しここにいさせてよー」

「ダメだ。さっさと帰れ」

「えー、ケチ!!」


 研究所から押し出された想乃は、事務所でブーブー言っている。あまりのうるささに創守は事務所からも追い出すことにした。


「やめて! それ以上あたしに近づかないで!」

「じゃあ素直に帰ってくれ」

「むり!」

「うざっ!」


 しばらく無駄なやりとりが続いたが、疲れたふたりはその場で座り込んだ。


「マジでしつこい。警察呼びたい」

「いま呼んだらどっちが捕まるかは明白ですよ」

「いやいや、ちゃんと説明すればわかってくれるはず」

「証拠映像もないのに警察が信じますかねぇ」

「いやカメラならそこに……うわっ、そうだ。どうせ中は自分だけだからって階段のところにしか取り付けなかったんだ」

「あたしは呼ばれただけで、入ったらすぐに暴行されました」

「おい。人を犯罪者扱いするな」

「じゃああと少しだけいてもいいですか?」

「わかったよもう……あと少しだけな」

「いぇーい! 正義は必ず勝つ!」

「なんで僕が悪になるんだよ」

「その頭はどう見ても悪役でしょ」

「君もたいがい口悪いよな。人のこと言えないぞ」

「いやだなぁ、正直なだけですよ」

「あっ、そう……」


 創守は想乃のしつこさには勝てないと思い、いったん抵抗するのをやめた。

 一方、想乃は気になっていたことを聞いたら帰ろうと思った。


「あの、ひとつ聞いてもいいですか? これ聞いたら帰るんで」

「うん」

「宝くじで当たったお金って何に使うんですか?」

「……まぁこれからの発明にかな」

「でもそれだと全然残りますよね?」

「それは僕が何も浮かばないからって意味か?」

「違いますよ。いやでもそれもあるか」

「おい」

「まぁそれはいいとして、普通にやってても全然減らなそうだなって思うんですけど」

「まぁね。馬鹿みたいな金額だし」

「じゃあ提案なんですけど」

「提案?」


 想乃から出た言葉をおうむ返しする創守。


(なんか嫌な予感がする……)


「あたしをここで雇うってのはどうですか?」

「……は? なに言ってるの……?」

「だーかーら! あたしがここでバイトするのはどうですかって聞いてるんです!」

「いや、ちょっとなに言ってるかわからない」


 創守の予感は的中した。

 想乃の口から発せられたのは、まさにやぶから棒な提案だったのだ。

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