第10話 探偵宿る女子高生
「てかなんでここ来たんですか? またあたしが来るって思わなかったんですか?」
けらけら笑ったあとだったからか、想乃は涙目になりながら創守に聞いた。
「いや、それは思ったよ」
「えぇ?! じゃあなんで? あっ、もしかして……。いやだなぁ、それならそうって言ってくれればいいんですよー」
「はい?」
「あたしに会いたかったってことですよね!」
「違います」
「照れなくてもいいですよ! 正直になりましょう!」
「いや、マジで違うから。勘違いやめてくれる?」
「はいはい、今はそうしておきまーす」
創守はなかば呆れながら大きくため息をつき、ゆっくりと立ち上がった。
「あれ、怒っちゃいました?」
「別に。ただこれ以上ここにいても面倒なだけだから帰るんだよ」
「ふーん。あっそうだ。お兄さんって発明家って言ってましたよね?」
「あぁ、うん」
「なら自分専用の研究所的なものってあったりするんですか?」
「……ない」
「へー」
「もういいだろ? じゃあな。君も気をつけて帰れよ」
「はーい」
(あの変な間は絶対なんか隠してる)
そう思った想乃は創守が公園から出ていくのを確認したあと、バレないように尾行をはじめた。
「歩くの遅いなぁ。もっと早く歩いてよ……やばっ」
創守が後ろを振り返る。キョロキョロして、また歩きはじめる。創守は何度かこの行動を続けた。想乃の尾行を警戒しているのだ。
だが、想乃も馬鹿ではない。バレないよう電柱の裏に隠れたり、歩く人にまぎれたりして慎重に後ろに続く。
創守がわざと遠回りをしていたこともあり、しばらくの間は探偵と調査対象のようなかたちが続いた。
ただその関係にも終わりが訪れる。創守がビルの地下へと消えていったのだ。それを見た想乃の心は
「あそこに秘密の研究所があるのかも!」
そのまま追いかけようとしたが、いきなり行っても尾行していたことがバレてかなり怪しまれる。それだけならまだしも通報される可能性だってある。
想乃はどうするべきか考えた。いや、考えようとして終わった。
「嘘ついたほうが悪いんじゃん。尾行されて当然でしょ」
こうしてストーカーは生まれるのである。
想乃は問題のビルに近づいた。どこからどう見ても普通のビルだ。
そのまま地下へと進む。
防犯カメラには気づいたが、顔を隠したりはしなかった。なかなか堂々としている。
インターホンを見つけた。カメラ付きだ。押せばその時点で気づかれる。それでも想乃は、迷わずボタンを押した。
「はい」
低い声が聞こえてきた。作っているのだろう。
想乃は笑った。
「いやいや、バレバレですって!」
「失礼ですが、どちら様ですか?」
「そこにいるのはわかってるんですよ、ミスター益江!」
「……はぁ」
ため息が聞こえてきた。それも特大サイズの。
数秒後にドアが開いた。
「おい、ストーカー! なんでついて来たんだよ!」
「あははー、めちゃめちゃキョロキョロしてておもしろかったですよ!」
「マジで警察呼んでいい?」
「じゃあバラします」
「あぁぁぁくそぉぉぉ!」
「静かにしてください。近所迷惑ですよ」
「もうダメだ……僕の平穏な人生はここで終わりなんだ……」
「なに言ってるんですかー。ここからが始まりですよ!」
「君という災厄につきまとわれてるんだぞ? 終わりだよ、終わり!」
絶望感を漂わせている創守を見て「さすがにやりすぎたかな」と思った想乃だったが、ここはあえて引かないほうがいいと感じ、とりあえず中に入ることにした。
「失礼しまーす」
「あっ、おい!」
入ってみると、なんともつまらない部屋だった。想乃の表情からは落胆が見てとれる。
「なんですかここ。なんにもないじゃないですか」
「何かあるなんて言ってないけど。君が勝手について来たわけだし」
「でもあれは絶対に嘘でした! あたしにはわかります!」
「あれって?」
「あたしが自分専用の研究所があるか聞いたときに一瞬だけ止まったじゃないですか。もうバレたからいいかと思ったけど、やっぱりここだけは死守しようみたいになったからですよね?」
「あー、あれね。喉が詰まっただけだよ」
「見苦しいですよ」
「ほんとだって!」
想乃は創守のわずかな反応に気づいていた。
「でもここが家にはとうてい思えないんで、たぶんどこかに隠し通路みたいのがあるんですよね?」
「は、はぁ?! アニメの見すぎだろ!」
「あららぁ? 慌ててますねぇ。図星かー」
「アホか。見てみろ。ここはただの事務所! どこに隠し通路なんてあるんだよ」
創守の目線がチラチラと奥のほうばかり。隠すのが下手なのか。
想乃は端っこにある本棚の前まで行った。
「この本棚」
「な、なんだよ」
「怪しいですねぇ」
「は? こんなの普通だろ」
「いやいや、ミスター益江が怪しいんですよ。さっきからチラチラ見てましたし」
「気のせいでしょ」
「チッチッチ。あたしの勘がここだって言ってるんですよねー」
「あっ、おい勝手に触るな!」
想乃が手当たり次第に棚を調べていたそのとき、棚の一部がガクンと下がった。
「あっ……」
「あははー、ありきたりー」
本棚を横に動かすと、隠されていた部屋が見えた。
「なんなんだよ君は……」
「どうも天才です」
想乃は決めポーズをしたあと、奥へと進んだ。入ってすぐ『ツクモ研究所』と書かれた看板があるのに気づいた。
「ぶふっ、ツクモ研究所ってそのまんまじゃん!」
「いいだろ別に」
「でもすごーい! これが研究所かー! もったいぶってないで早く教えてくれればよかったんですよ!」
「教える義理はないだろ」
「あははー、ですね」
一般人が研究所に入ることなんてそうそうない。人生で一回も入らない人だっているだろう。想乃はそれが感覚的にわかっているのか、目は輝きに満ちている。
そんな想乃を見た創守は、案外かわいいところもあるんだと思った。だが、そのあとすぐに自分をビンタした。少しでもそう思ってしまった自分が情けないとすら思った。
「あっ! あれってもしかしてインタビューのときに着けてたグラサンですか?」
「あぁ、うん」
「へー!」
想乃はサングラスが置いてある棚に近づいた。
「錯覚グラス……? これの名前ですか?」
「そう」
「これ着けたらどうなるんですか?」
「レンズ部分に特殊な細工がしてあって、これをかけた顔をカメラ越しに見ると実際とは少しだけ違って見えるんだよ。わずかな違いだからカメラマンが気づくことはないし、映像を見た人も僕の素顔はわからないってわけ」
「へー、すごっ! さっすが発明家!」
「ま、まぁな」
創守はまんざらでもない顔をしている。発明家として褒められるのは相当うれしいのだろう。
「でもこれホントに使えるんですか? あたしは気づいちゃいましたけど」
「君がおかしいんだよ。家族にもバレてないんだから」
「ふーん。じゃあやっぱりあたしが天才ってことか!」
「はいはい」
「他にはなんかないんですか?」
想乃がそう聞くと、創守の顔に影が差した。
「……ない」
「もしかして、あれからまだなんにも浮かんでないんですか?」
「……うん」
「ありゃりゃ。そいつは重症ですな」
「うるさいなー。そんなの僕がいちばんわかってんだよ」
「ですよね」
「はぁ……」
(あっ、そうだ)
空気が重くなったところで、想乃は西蒲田公園のことを思い出した。
「あのぉ」
「なに?」
「百円返してもらってもいいですか?」
「はい? 何を言ってるの? 僕がいつ君に借りた?」
「この前ミスター益江を探しに西蒲田公園に行ったんですけど、あそこの駐輪場は当日利用でも有料なんです。百円はそれです」
「は? なんで僕が払わなきゃいけないの?」
「迷惑料ですよ。いると思わせた」
「ふっ、ふふふ……はっはっはっは!」
「えっ、こわっ。急になんですか?」
創守がいきなり大口を開けて笑い出した。想乃の言ってることがあまりにもおかしくて変なツボに入ったのだ。
「はぁ、はぁ……やっぱり君はやばいね。ある意味おもしろいけどさ」
「あ、あざます」
どこがそんなにおもしろかったのかは謎だったが、重たい空気がすーっと消えていくのを感じ、想乃も自然と笑っていた。
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