第8話 創設記念日
設置された防音壁の端っこには、
「あれをここに置けば……うん、なかなかロマンだ」
創守の言うあれとは、可動式の本棚のことだ。それを
やっていることは本棚を動かすだけだが、それで隠し通路が現れるというのは、やはり男のロマンと言えるだろう。
「さっそく注文するか」
創守は何度か行ったことのあるリサイクルショップに電話をした。そこには以前、この研究所に合いそうな可動式の本棚が置いてあった。まだ在庫があるかどうかはわからない。だが、今の創守はなんとなく大丈夫な気がした。
「あぁ……それでしたらまだありますよ」
「おー、よかったです。ちなみに横幅と高さはどれくらいですか?」
「えーっと……横幅は一メートルで、高さは一・九メートルですね」
「あっ、じゃあそれ注文します」
「ありがとうございます」
「配送にはどれくらいかかりますか?」
「明日の朝には届くようにしておきますよ」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
この創守という男はつくづく運の良い男だ。だからこそ、一夜にして億万長者になれたのだろう。
(よし、早めに考えておくか)
創守は本棚をどう改造するか事前に考えておくことにした。
——翌日。
注文した本棚が組み立て前の状態で研究所に届いた。わざわざ解体してもらったのは、そうしないと地下室まで運べないからだ。
だが、これは望みどおりに組み立てられるということで、創守にとっては好都合だった。
創守がひねり出した改造案はふたつ。
ひとつは、特定の棚の一部を上下に動かすことでキャスターのロックを操作できるようにすること。
もうひとつは、キャスターが下から見えないようにすること。
創守は頭の中で本棚を組み立てた。問題なさそうな顔をしている。
そのまま作業に移って数時間が過ぎたころ、ロマンの塊である本棚が完成した。
本棚を壁の穴の前に移動させ、いろいろな角度から見てみる。どこからどう見ても壁の穴はきれいに隠れている。隙間から光が見えることもない。
ロック操作用の棚とキャスターの動作にも問題は見られない。
「よっしゃあ、終わったー!」
創守は直立のまま両手をこれでもかというくらい横に広げた。あまりにもきれいなその姿は、まるでリオデジャネイロのコルコバードの丘にあるキリスト像のようだった。
どうやら自分でもそう思っていたようだが、それはキリストに対して失礼だ。
今の創守には、害獣や害鳥から田畑を守るために一生を
さて。
地下へと続く階段スペースを全体的に映像に残せる防犯カメラに、訪問者が不審者かどうかを中から確認できる普通のインターホン。そして、細長い事務所の端に置かれた研究所への通路を隠した可動式本棚。
これでひととおりの対策が完了した。もしものときも慌てずに行動できる。
「これが僕の研究所か……」
創守は感動した。まさか自分専用の研究所を持つなんて夢にも思わなかったのだ。それもこれも、すべてはアメリカでの宝くじ高額当選のおかげだ。高額すぎて危ない橋を渡らなければいけないときが何度も来るかもしれないが、それはそれでスリルある人生となり、誰もが経験しないようなことも経験できる。
勝ち組とはこういうことを言うのだろう。
「でも、僕だけこんなに運が良くていいのかな……まぁいっか」
自分に舞い降りた幸運は自分だけのもの。それを他人に分けようとしてしまえば、知らず知らずのうちに不幸を招き、そのまま負の連鎖に巻き込まれる。他人の運を気にしても仕方がないのだ。
「よし。研究所もいったん完成したわけだし、せっかくだから何か作ろうかな」
創守は気を取り直して記念品のようなものを作ることにした。記念品といえばいろいろ思い浮かぶものはある。盾やトロフィーのような豪華なものもあれば、名前が刻まれたボールペンや万年筆のような質素なものもある。
「うーん……」
考えに考えた結果、創守は何がいいのかさっぱりわからなくなってしまった。
「いや、これもダメなのかよ!」
アイデアが降ってこないのは発明品だけではなかった。作ることに関してはどれも同じなのかもしれない。
「んじゃあもう看板でいいや」
これは考えるまでもないものだったのか、創守はすぐに作業を開始した。以前ホームセンターで手に入れた木材をちょうどいい形に切り、毛筆ででかでかと『ツクモ研究所』と書いた。これで完成だ。
看板といっても、これは外に置くわけではない。研究所に入ってすぐのところに見えるように置くのだ。
「この辺でいいかな」
これからこの隠れた研究所でさまざまな発明品が生まれることを願いつつ、創守はゆっくりと看板を設置した。
「さてと……あとは発明か」
考えても新しいものは何も浮かばないことはもうわかっている。簡単なものでさえも頭を悩ませるのだということも。
創守はとりあえず今あるものをいろいろ改造していくことを思いついた。もしかしたらそれを繰り返していれば、何かヒントが得られるかもしれない。
その期待を胸に研究所のど真ん中に立ち、創守はその場でゆっくりと回った。
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