第6話 女の勘は怖い

 創守の内心はぐらぐら揺れていた。今にもここから立ち去りたいくらいに。


「それ……僕じゃないよ」

「嘘だぁ」

「ほんとほんと! 同姓同名なだけでしょ」

「うーん……」


 想乃はかなり怪しんでいる。それが顔にも出ている。


「僕もあのニュース見たけどさ、たしかあの人、サングラスかけてなかった?」

「ですね」

「それでなんで僕って思うのさ。ちゃんと顔を見れたわけじゃないのに」

「サングラスくらいじゃ、このあたしはだまされませんよ」

「いやいや、だますって……」


 創守はどうにかして逃げ口を探さなければと思った。さもなければ、これからの平穏は消し飛ぶ。現役女子高生にこの事実がバレてしまっては、あっという間にネットの海に広がってしまうのだ。


「別にあの人はだまそうと思ってサングラスかけたわけじゃないでしょ。義務だから仕方なくメディアに出るしかなくて、それで怖いからサングラスだけでもってなったんだと思うよ。全世界に映像が流れるわけだしね」

「えっ、義務なんですか? てかなんでそんなこと知ってるんですか?」


 創守は墓穴ぼけつを掘ってしまった。日本でもニュースは流れるが、そこまで細かく見る人は少ない。それに、そもそも義務であることをわざわざ伝える必要もないわけだから、その情報がテレビから得られるのかは疑問だ。

 当選者が名乗り出ない状態が長引けば、身分を明かすのをためらっているのではという憶測が広まり、そこから義務の話につながる。

 だが、創守はわりとすぐにメディアの前に出た。もう墓穴はかあなに片足が入っている状態だ。


「えっ、ニュースで言ってなかった? たしかアメリカの多くの州が、宝くじの高額当選をした場合は身分を明かさないといけない、みたいな」

「あれ、そうだっけ? あんま覚えてないや」

「もしかしたらもっと前にやってたニュースかも。今回の当選じゃなくて僕が子どものころのやつ」

「あー」


(よし、これならニュースを見返されても問題ない)


 創守はなんとかピンチを脱した。


「まぁそれはそれでいいとしても、やっぱりお兄さんの顔はミスター益江に似てるんですよねー。てか、もうそれにしか見えなくなってきたもん」


 想乃の頭の中では、ミスター益江がサングラスをはずした顔のイメージができている。完全に信じているのだ。自分の認識能力を。


「もしかしたら、ドッペルゲンガーなんじゃない?」

「あははー、なにそれ。言い訳にしては幼稚すぎでしょ」

「なんだよ。てか君さ、思ったことそのまま言いすぎだよ。もっとこう、オブラートに包んだほうがいいって」

「えー、めんどくさーい」

「おいおい……」

「じゃあ聞きますけど、発明家って科学者みたいなもんですよね?」

「うん、違うね」

「その科学者が、この科学の時代にドッペルゲンガーなんて信じてるんですか?」

「あれ、聞いてる?」

「信じてるんですか?」

「あっ、無視するのね」

「聞いてます?」


(なんなんだよ……)


「あーもう聞いてる聞いてる! だからそれはあれだよ。言葉のあやだよ」

「ふーん……」


 またも創守は口撃から逃れた。これが生きている年数の差というやつなのか。


「それより、君は忘れてることがひとつあるよ」

「えっ、なんですか?」

「その……ミスター益江だっけ? その人と僕とでは決定的に違うところがあるでしょ」

「あれ、そうだっけ? うーん……そんなところあったかなー」


 想乃はニュースを思い出していた。だが、違うところといってもサングラスくらいしか思い浮かばなかった。白い肌に対してサングラスの存在感が強すぎるのだ。


「ほんとに覚えてないの? けっこう違かったと思うけど」

「そりゃお兄さんが決定的って言うくらいだから違うんだろうけどさー。人って案外、顔しか見てないもんだよ」

「いや、顔だけでも違うと思うけど」

「ふふん。それはさっきも言ったけど、顔はほんとに同じだと思うよ」

「はぁ……まぁそれはとりあえずいいとして、髪型だよ髪型」

「髪型?」

「そう。今の僕を見てどう思った?」

「うーん……未完成の鳥の巣?」

「またはっきり言うのかよ」

「あははー、すみませーん」

「じゃあミスター益江はどうだった?」

「えーっと……あっ! そういえばサラサラだった!」

「だろ? そこが僕とは大違いなんだよ。僕のこの頭は天然パーマ。生まれたときからずっとこの髪型だからね」

「あー、そっかー。じゃあやっぱり別人なのかー。残念」

「だから最初に言っただろ。僕じゃないって」

「でも、アイロンとかで一時的にストレートにすることはできますよね? 癖毛の男子が雨降ったときだけ異常にストレートになってたことがあるんで、それと同じ感じなんじゃないですか?」


 創守はギクリとした。


(つくづく鋭い女だな。このまま話が長引くといつかまた墓穴を掘ることになる。そうなる前に早くこの場を終わらせないと……)


 創守は適当な返事をして研究所へ戻ることにした。


「僕はめんどくさがりなんだ。それもかなりのね。そんな僕がわざわざサラサラヘアーなんてするわけないだろ。ナンセンスだよ」

「なんか逃げてないですかぁ? やっぱり図星だったんじゃないですかぁ?」

「違うわ! もういいだろ? 僕は君に付き合ってるほど暇じゃなんだ。帰らせてもらうよ」

「えー、もうちょっと話そうよー」

「しつこいなぁ。そういえば僕に言ってたけど、君もモテないんじゃない? こんなにしつこい人は初めてだし」

「んなわけないでしょ! モッテモテよ、モッテモテ! 誰もがこの美貌びぼうに釘付けなんだから!」

「へー。まぁ少なくとも僕は違うけどね」

「うっざ!」

「じゃあそういうことだから」

「あっ、ちょっと待ちなさいよ! もう……」


 想乃はイラつきと悔しさのあまりその場で地団駄じだんだを踏んだ。

 創守はそんな姿をいっさい見ることなく、そそくさと研究所へと戻っていった。

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